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「お待たせしてすみません」




18時半。ポアロでの仕事を終えた僕は急いで待ち合わせ場所へと向かった。


メールに書いた指定場所は「改札前」。思っていた通り、駅の前は休日であることも相まって人でいっぱい。二人で違和感なく紛れるには充分な人数。
ごった返す駅の中で数時間前に見た沙月の姿を見つけ、人混みを縫いながら彼女と合流する。




「沙月は何が食べたいですか?」


『安室に合わせるけど……もう敬語なんて使わなくて良いんじゃない?』


「あはは…今日は“ポアロの安室透”なので、つい……」




都内なら何でもあるだろうと適当に電車に乗り、記憶の中にある飲食店からいくつか候補をピックアップする。
こういう仕事をしてるとどうも知らず知らずのうちに“ちょうどいい”店に詳しくなるらしい。予想もしていなかった活用法に内心苦笑した。

「ここはどうだろう」とスマホ画面に表示したイタリアンの店を沙月に提案すると、彼女は快く頷いてくれた。駅から徒歩数分のその店は、落ち着いた色合いの壁に映える小さめのシャンデリアが特徴的。
その真下の席に案内され、店員に渡されたメニューを開く。




「好きなのを頼んでくれ」


『…ちゃんと払うわよ?』


「いや、いい。誘ったのは僕だし、あんまりこういう機会ないから」


『女性とご飯する機会くらい腐るほどあるでしょ…』




安いとは言えない値段の載ったメニューを見ながら沙月が軽く息を吐いた。
内容こそ教えていないものの、“バーボン”としての仕事をある程度察している彼女。
そういえばこの前のターゲットだった女性の写真は見られてたか。

「プライベートで誰かを誘って店に来たのは久しぶりだ」と彼女の心情を汲み取って返事をすると、沙月は「そういうことね」と短く返してきた。
僕が忙しくてなかなか時間が取れないことも、ましてやそんなことをする友達がいないことも、付き合いが比較的長い彼女には把握されている。




『…それで?』


「!」


『なにか話でも?…まさか本当にわたしと食事をしたかっただけだと?』




注文を受けた店員が去ったのを確認すると同時に沙月が問いかけてくる。
逸らすことを許さないような真っ直ぐな視線に、心臓がドクンと波打った。




 


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