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「ご注文が決まったら言ってくださいね」
コナン君が「お姉さん隣来て」と言うので沙月の席はたまたま空いていたコナン君たちの隣になった。
さっきも思ったけどいつの間に知り合っていたのだろう。後で詳しく聞いておくべきだな。
『安室のオススメは?』
「そうですね…得意料理ならハムサンドかな」
『じゃあそれを』
「ありがとうございます」
メニューを開いて少し考える素振りをした後、僕に声をかける沙月。
笑顔で僕のおすすめを注文するので倒れそうになった。いつどこでそんな可愛い王道テクを覚えた?
どうにか堪えながら厨房に戻る。
この店ではありがたいことに人気メニューとなっているハムサンド。沙月の口にも合うといいけど。
「お姉さん、沙月さんって言うんだ」
『そうよ』
「コナン君、知り合いなの?」
「この前ポアロの前で会ったんだ。安室さんに会えて良かったね」
『うん、ありがとう』
ハムサンドの用意をしながら三人の会話に聞き耳を立てる。
この前この店の前に?僕に会いに来て、運悪くシフトが入っていない日にぶつかったのか。
それで偶然コナン君と?
聞いているうちに何となく話が見えてくる。
「それでね、ケーキ食べさせてくれて…」
「あらそうだったの?すみません、ご馳走していただいて」
『いいえ、わたしがこの子に助けてもらったから』
「(一緒にお茶まで…)」
僕だって仕事以外じゃしたことないのに。
顔では平然を装ったが、内心ムッとしていた。
「お姉さん、ほんとに安室さんの彼女じゃないの?」
「!!」
『…ふふ、違うわよ』
「だって安室さんが呼び捨てにしてる女の人なんて初めて見たよ?
安室さんのこと呼び捨てにしてる人も…」
「コナン君、あんまりそういうことは聞かないの!…ごめんなさい。
でもわたしもそうかと思っちゃいました。すっごく美人だから、やっぱり安室さんの彼女はこういう方なんだって…」
『安室とは仕事仲間で、それ以上でもそれ以下でもないですよ。
初めて会ってからもう3年くらい経つから…もし親しく見えるのならそのせい。
偶然ネットで安室が話題になってるのを見かけたから、顔でも見ておこうかと思って』
「ハムサンド、お待たせしました」
二人との会話に花を咲かせる沙月。沙月とやるのは楽しい仕事ではないから当たり前だけど、こんな風に笑う彼女は久しぶりに見たかもしれない。こうしてると本当にただの女の子だ。
なんだか悔しくなって、注文の品を机に並べた後に空いていた沙月の向かいの席に座った。
『…え、何』
「感想を聞こうかと思って」
真向かいで頬杖ついて、普段の仕事じゃまず見せることのない営業スマイル。
自分で言うのもアレだけど、他の女の子だったらそれっぽい反応をしてくれると思う。沙月がネットで見たのと同じように僕だってそれくらいチェックしている。実際横に居る蘭さんとコナン君からは歓声に似た何かが聞こえ、店内にいた女の子からは悲鳴が聞こえた。
しかし目の前の沙月はと言うと。この顔はまた「胡散臭い」って思ってそうな顔だな。
『食べづらいんだけど…』
「気にせず、気にせず」
『気になるから言ってんでしょ…』
じとっとした視線をもらったがめげずに見つめ続ける。諦めたようにパンを頬張った彼女に、「どうですか?」とわざとらしく首を傾げた。
『…美味しいよ』
「ほんと?嬉しい」
『安室の自信作なんでしょ。美味しくないわけない』
「!」
飾らない言葉をさらっと言いのけた沙月。彼女らしい言い方に頬が緩む。
なんだかもう営業スマイルなのか自分でも分からなくなってきた。
尚も居座り続ける僕に、「感想は述べたはずだけど」と沙月が小さく零す。視線で“あっち行け”と言われているのがありありと分かった。が、こんな三十秒足らずで僕が退くわけもなく。
笑顔で聞こえないふりをしていると、諦めたのか彼女は僕の作ったハムサンドの続きをもぐもぐと頬張った。
仕事でもないのに僕に会いに来てくれたのも、僕のために服を選んでくれたのも、僕のおすすめを聞いてくれたのも。
全部が嬉しかった。仕事中じゃ絶対に見れないその姿を、この場所でもう少しだけ見ていたかった。
『……。
あのさ…もう手遅れだと思うけど、そういうことするとネットで大炎上するから程々に…』
「炎上?」
『今のところ、変な女が大人気の安室さんに色目使ってるとかなんとか言われること間違いナシね』
「…へーえ、そんな陰湿なことする人がいるんですか。
それなら僕に直接言えばいいのに。ねえ?」
営業スマイルそのまま、店内にいる人全員に聞こえるくらいの声でそう言った。瞬間、何人かがスマホをテーブルに置く音がする。
僕の行動の意味に気付いたらしい沙月とコナン君の顔が引き攣ったのが分かった。沙月の写真や情報がこんなことでネットにばら撒かれるのは僕からしても嫌なことだからこれでいい。
「タチ悪いわね」と呟いた沙月の声はまた聞こえなかったことにしておく。
「それに、」
『?』
「色目使ってるのは僕の方…ですし?」
ちょっと甘い声を意識して、目を細めて。
軽く上目で沙月に詰め寄る。
──ああ、これで落ちる人だったら良かったのに。
でもきっと、そういうところ含めて惚れてるんだろうな。
『…また変な薬でも飲んだ?』
「なっ…!その話を外でするのは…!!」
『いい加減仕事戻りなさいってこと。女の子一人に店番やらせるつもりなの?』
「…あっ」
『貴方店員でしょ?帰るときまた声掛けるから、ほら戻って』
「そうします……あ、最後にひとつ」
すっかり仕事を放っていたことに気付いて立ち上がる。さすがに長く喋り過ぎたか。
でも最後にどうしても言いたいことがあって、沙月の耳元に顔を近付ける。
「…この後、空いてる?」
「もし良かったら、ディナーでも」。
これで終わらせたくない。このまま帰したくない。
こっそり耳打ちすると、沙月が短く「いいよ」と周りに聞こえても構わないトーンで返事をくれた。
「今日シフト18時までだから、終わったら連絡する。
迎えに行くから場所だけ教えて」
『いいよ、来なくて』
「え」
『わたしが出向いた方が早いでしょ?』
思ってもみなかった返事に驚いた。
ここで僕が明らかに喜んだら沙月が言葉を選んでくれた意味がないから、「ありがとう」とだけ囁いて沙月から離れる。
「じゃあ、ごゆっくり」
『どうも』
あくまでもここでは、客と店員。
「安室さんと何話してたの?」
『大した話じゃないわ』
「仲が良いんですね!」
『まあ…悪くはないと思います』
“安室透”としてはこのままネットで炎上するくらい沙月と意味深なことをしてもいいんだけど、それだと“降谷零”としては困るし沙月にも被害が出るし。
焦る必要はない。この後の予定までこぎつけたのだから。
「安室さん、ご機嫌ですね」
「いつも通りですよ?」
食器の片付けをしていたら梓さんにそんなことを言われた。もう少し隠さなきゃダメか。
ちらっと沙月を見る。
ハニートラップがきっかけでこうなるのだったらもう少し早く引っ掛かっておけば良かった。
なんて言ったら沙月には呆れられるのだろうけど。
「(いや…現在進行形で引っ掛かってるのか?)」
これ以上に甘いハニーはない。
まあでも、それこそ引っ掛かってもいいのか。
「(…あ、笑った)」
僕が盗み見しているのに気付いた沙月がふわっと笑ってから目を逸らす。
本当、もしかして僕以上に裏表の差が激しいんじゃないかと疑うくらい。
「また怒られちゃいますよ」という梓さんの声で我に返った僕は、自覚があるとは言え恐ろしいトラップに引っ掛かってしまったとその場で軽く息を吐いた。
見慣れているはずの横顔が
(今日はまるで別人のように映る)
END.
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