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広大な敷地の中で動物達を見て周る。
言ってしまえばただそれだけのことだけど、動物が大好きな私にとってはとても楽しい時間だ。定期的に訪れたくなる場所のひとつ。
とはいえ興味のない人からすればあまり面白くないかもしれない。彼はどうなのだろうと行き先がここに決まった時から考えていたが、その心配は杞憂に終わった。
「ダチョウってあんなに大きいんだな?」
「次はトラがいるらしい。楽しみだ」
「沙月、イヌワシいた!あそこ!見えるか?」
事あるごとに袖を引っ張って教えてくるゼロに微笑みを返す。“動物園”という単語を出したのは私だけど、どうやら私以上に楽しんでくれているようだ。
バレンタインに互いに贈り合い、ホワイトデーに互いに返す。お菓子じゃなくとも、こういう形もありだなと新たな発見をした。
元はゼロが私へのお返しで提案してくれたものだったけど、この調子なら彼へのお返しを兼ねられていると思う。
「ライオンの群れは、オス一頭に対してメスが複数いるんだっけ?」
『そうね。一頭じゃないこともあるけど……ネコ科で群れて暮らすのはライオンくらいね』
「ん?…確かに、そういえばネコって群れるイメージないなあ。お前は施設にいない動物のことも詳しいんだな」
『さすがに、何でも知ってるわけではないけどね』
広い動物園は普通に見て周るだけでも相当の時間を要し、加えてゼロは動物園に来るのが初だったためにさらに時間を要し、すべてを見て周ると閉園に間に合わないと判断。
話し合った結果、途中で切り上げて出口へ向かうことになった。
「奥のエリアまで辿り着かなかったなー……」
『広いからね。ゆっくり見て周ると一日じゃ足りないわね』
「僕が立ち止まり過ぎたか…。それか、朝出るのが遅かったかな?」
『わたしも長く見る方だし、多少早くても変わらないわよ。
それよりはちゃんと寝てから来てほしいわ。せっかくの有休なんだから』
「言われた通り、昨日はよく寝たよ。6時間は寝たかな?」
『世間一般で6時間は“よく寝た”とは言い難いわね』
「そうか?厳しいなあ……」
動物園のスピーカーから流れる閉園の音楽を聞きながら駅へと向かう。お土産であろうぬいぐるみを抱えた子供とその親御さんを横目に電車に乗り込み、空いている席に並んで座った。
歩き回って疲れていることもあり、しばらく無言で電車に揺られた後。隣のゼロが不意に頭をこちらへもたれる。
動物園で貰ったパンフレットを開いて、「楽しかったな」と小さく呟いた。
「ホワイトデーでお前のリクエストだったのに、僕の方が楽しんじゃったかも……沙月は楽しめたか?」
『ええ。貴方がここまで喜んでくれるとは思ってなかったから、想定外の収穫だったわ』
「僕も想定外だったよ、正直なところ。お前の職場って小さな動物園みたいだから、それとあんまり変わらないと思ってた。…全然違った」
『当たり前でしょ?ウチは動物園じゃないんだから』
「うん、そうだな。……お前がいなかったら、有休取って動物園なんて考えられなかったよ」
――もしかしたら、一生来ることがなかったかもしれない。
特に珍しくも何ともない、行くのも難しくない有名な動物園のことを彼はそう形容する。動物園なんて、たとえ興味がなかったとしても小さい頃に親や学校の先生に連れられて行ったことのある人間が大多数じゃないだろうか。
彼にはそういう「当たり前」が通用しない部分があると薄々気付いてはいたが、今回意外な形でそれを思い知った。
ホワイトデーでも何でもいい。
適当な理由を付けて、今後はもっといろんな提案をしてみようか。
『次は今日行けなかったエリアに行ってみましょうか』
「行く!」
『…あ。でも、有休は取れるのかしら?』
「う……多分。上司にも部下にも何事かと思われるけど……」
『ふふ。動物園だなんて知られたら、一体どうなることやら』
窓の外に夕焼けが見える。降谷零の貴重な有休もそろそろ終わりを迎える。
“次”なんて言ってみたけれど、彼が丸一日休める日はあっても年に数回程度だろう。それこそ最速で一年後のホワイトデーかもしれない。
それでも、彼に何か残るものがあれば。
肩にゼロの頭の重みを感じながら、ぼんやりと今日の彼の楽しそうな姿を思い返していた。
特別なお返しを君に
END.
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