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「随分広いんだな」と、隣を歩いている彼が周りを見渡して呟いた。




『キリンやシマウマが走るんだからこんなものでしょう?』


「まあそうなんだけど…。知識としては知ってるつもりだったけど、実物は想像よりずっと広いみたいだ」




「これは時間が掛かりそうだな」という言葉とは裏腹に、ゼロがどこか楽しそうに笑う。
普段は公安警察として寝る間も惜しんで働いている彼だが、なんと今日は有り余る有休のうちの一日を使い、私と二人で動物園に遊びに来ていた。


事の発端は、ゼロが今月初めに「ホワイトデー何がいいかな」と聞いてきたこと。今までは特に何も聞かれず当日前後にお菓子を貰っていたが、今年はなぜか要望を伺ってきた。
例年通りポアロで配るためのお菓子は今年も作るだろうし、それとまとめて私の分もこしらえてくれればそれで十分なのだが。わざわざ聞いてくるあたり、今年は何か違うことがしたかったのだろう。

しかし突然聞かれても特にこれといったものが思いつかず、どう返事をしようかと迷っていたところ。察した彼が「どこか行きたい店とかないのか?」と続けた。
普通に考えればちょっとお高いスイーツのお店なんかを挙げるべきところだろうが、生憎それすらも思いつかなかったので、逆に「おすすめはある?」と聞き返してしまった。
そしてそこからなんだかんだで“行きたい店”から“行きたい場所”の話になり、最近行けてないけど行きたいと思っている場所の話になり。最終的に、ホワイトデーとは直接関係がない「動物園」という場所に落ち着いた。


「相手が望んでいてお返しに相当しそうなら何でもいい」というゼロの言い分や、ホワイトデーとは関係ないものの一応デートの定番の場所ではあるという理由付けはあったが、決定打は「ゼロが動物園に一度も行ったことがない」というものだった。




「ここに書いてある順路の通りでいいのか?」


『良いと思うわ。行きましょう』




可愛らしいイラストの載ったパンフレットを広げて彼が道を確認する。そこに公安警察・降谷零の面影はない。
あったのは、まるで今から初めてのデートをするかのような期待と緊張を隠せない様子の一人の青年の姿。


手こそ繋がないけれど、これは間違いなくデートだ。仕事の合間でもない、仕事都合の出来事でもない。ゼロに至っては普段全く使わないと言っても過言ではない有休まで使って来た。
休みを合わせて“好い人”と二人で動物園へ。デート以外の何物でもない。
彼が朝からそわそわしているのは、きっと「動物園に初めて来たから」だけではないだろう。

彼の手を取れない代わりに、歩いていたら弾みで肩が触れるくらいの至近距離で隣をゆっくりと歩いた。




「えっ……と、最初はフラミンゴがいるみたいだな…?」


『なに、あからさまに動揺して』


「お前わざとやってるだろ……」


『そうね。貴方がわたしのために有休を使ってくれたんだから、これくらいはするわよ』


「……お手柔らかにお願いします」


『ふふ』




近い距離で目を合わせれば、分かりやすく彼が頬を染めて顔を背ける。その反応がおかしくて笑ったらゼロはばつが悪そうに肩を竦めた。
異性と二人で出掛けることも、密着することも、それだけじゃ済まないこともいくらでも経験してきただろうに。こんな些細なことでいちいち反応してくれるものだから面白い。こちらもやりがいがあるってものだ。
あんまり揶揄い過ぎると機嫌を損ねるかもしれないから、やり過ぎには注意だけども。


公には出来ないこの関係を人混みの中に隠すように、あちこちに点在している家族連れやカップルの影に紛れた。






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