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(なんだ、あれ…)

帰宅部故に学校のない、土曜日。目線の先、グラサンをかけて火は点いてないようだが煙草を銜えたスーツ姿の、どう見てもなんか怖そうなお兄さんが、二人で、…いや一人か、で歩いている。言い直したのには訳があって、その強面、いや顔はグラサンではっきり見えるわけではないから雰囲気強面なお兄さん、その周囲をふわりと風が吹いたら飛んでいってしまうのではないかと思わせるようなうっすらと透けた身体で、ぐるんぐるんと高速周回している幽霊、基ロン毛のお兄さんを見てしまった慧は、思わず二度見してしまった。その二人組、基、強面お兄さんを。

どうやら人の視線に敏感らしいそのお兄さんは自分の視線に気付いたらしい、二度見してごめんなさい。何でもないように無理矢理視線を外して、進行方向に足を進めたつもりだったが、そもそも成人男性との足のリーチが違ったらしく、あっという間に距離を詰められ、声を掛けられてしまった。不躾に二度見してしまったのは此方に非があり、声を掛けられた以上無視する、逃げるといった選択肢はなかった。

「嬢ちゃん、俺になんか用でもあった?」

『いえ…そういう訳では。すみません、不躾に見てしまって。』

「いや、別に…」

つい、ついだ。普段なら人との会話中に霊に視線を奪われる事なんてないのに。ましてや吹き出してしまうことなんて、絶対にないのに。あろうことか、私とお兄さんの間に身体を挟んだ幽霊さんは透けて触れないことを分かっていながら、私の目の前で、強面のお兄さんにチョップを食らわせている。いやいや、そんな愉快な幽霊さんなかなか居ませんよ。

目の前でしおらしく謝罪していた女の子が、突然吹き出したら、なんて。結果は分かりきっていて。

「は?」

『いやほんとすいません!なんでもなくはないんですけど、あなたは何もしてないというか!!』

「は?」

『どうしてくれるんですか!突然憑いてる相手にチョップ食らわす霊がどこにいる、ん…です……か』

思わず口から出た言葉は、なんで飲み込み直すことが出来ないんだろう。まだ火の点されていなかった煙草が地面に落ちていくのを、驚いた表情を浮かべる幽霊さんの身体越しに見届けながら、片手で口を押さえたがもう遅い。

「霊、って…つーか、チョップって。」

『ロン毛のお兄さんが、貴方に。』

「ロン…もしかしてこん中にいる奴か?」

『あ、この人です。この人。』

まさかすんなり信じるなんて、と驚きつつも差し出された写真を覗き込むと、確かにいる。ちょっと若いけど、今目の前にいる幽霊さんと同じ顔が。5人で撮られた写真は少し色褪せているものの大切にしているだろう事はすぐわかる。こうしてこの強面のお兄さんにくっついているんだから、大切な人だったんだろう、お互いに。

「萩原、てめぇ…死んでまで人にちょっかいかけてんのかよ…」

『いや、普通信じます?霊とか。』

「は?嘘なのかよ?」

『いや、嘘じゃないですけど』

「霊とか信じちゃいねぇけど、あんたが二度見して来た理由としては、まぁ、許容範囲っつーか。」

『ありがとうございます…?守護霊みたいにくっついてますけど、仲良しだったんですね。こんな明るい幽霊さん初めて見ました。』

「いや、…つか待て。くっついてって、」

『この調子だと、私生活筒抜けですね。』

思わず笑ってしまったのは、しゃがみ込んで額に手を当てるお兄さんが、まじかよ…と小さく零したからである。ご愁傷様、なむ。友達に私生活筒抜けってやっぱり恥ずかしいよね。あと、友達という関係にも関わらず、死後ずっと付かず離れずなんて、よっぽどお互い大切な人だったんだろう、それを突然現れた女の子に指摘されて、照れくささもあるはず。口を滑らせてしまってごめんなさい。