心惢 蕨@ - 2
封筒を持ち帰ったところ、ボーダーの素性を調べるから待ってくれと言われ、二週間後、調べ終わった親に検査だけねと言われた。
検査を受けて判明したのは、俺がサイドエフェクト持ちであるということ。俺は、素手で触れ合った相手にトリオンを譲渡するサイドエフェクトを持っている。幼少期から無意識にサイドエフェクトを使用していた影響で、トリオン器官が成長して、トリオン量が多いんだそうだ。そんな音楽みたいな感じなんだと笑ったのを覚えている。冷静になったら笑い事では無かったのだが。
「以下の点から、御自身の身を守るためにも、ボーダーへの入隊をお願いしたいと思っております」
「ふーん、だってさ。なんか漫画みたい」
「息子がそんなことに……」
「そもそもこの器官が今になって初めて世に出たものですし、ご存知ないのも当たり前かと」
現実味がなく適当に流した俺は、重く受け止めている両親を見てそんな深刻なことなのかとしみじみした。しみじみするような事、と考え込み、考え込んだ結果、普段は気づかないような変なことに気づいてしまった。
「……え、あの、俺のその……超能力って、例えば俺が今父さんと握手したら、エネルギーが父さんに流れるんですか?」
「そうなります。蕨さんの場合は完全に一方通行のようですね」
「俺っ、……俺、侵攻の時、友達と腕相撲とか、してて」
自分が好き好んでやっていた遊戯が、自分のトリオン器官の成長を促していたこと。何より、自分がやっていた遊戯で、あの時自分の友人を危険に晒していたかもしれない可能性。
避難所でみんなと合流して、大きな怪我とかもなく元気で、良かったなんて言って笑ったけど、自分のせいで欠けてしまっていたかもしれない。そう思うと汗がどっと吹き出して、大きなため息が出た。無事でよかったという感情でいっぱいだった。
気疲れした俺を労った両親により、その日の検査はそれで終了した。水を買いに行った父さんと、ついでに薬を貰ったからと病院で会計をしている母さん。俺は病院の外で空気を吸いなががら、サイドエフェクトのことを深く考えないように必死に空を眺めていた。早く寝てしまって、このぐるぐる回る嫌な考え事を一旦停めてしまいたかった。
「よっ、なんかシケた面してんな」
「……不審者?」
「おれは迅悠一。ボーダーの人間だ」
俺と迅さんの出会いは、概ねこんな感じだ。
ナーバスな顔をしていた俺に遠慮容赦無しに話しかけてきた怪しいゴーグルの男性。それこそが迅さんだ。迅さんは『あまり時間が無い』『でもお前にはこれが一番効くっぽいから』なんて意味のわからないことをつらつらと語り、さらに長くつらつらと話を始めた。
「蕨のエネルギー……トリオンの量は、常人のそれを遥かに上回るレベルで多いってのは聞いたな? 条件により譲渡量が増えるかどうかは今はどうでも良くて、そこら辺を考慮しても有り余るほどに多い」
「不審者が俺の名前を知ってる……」
「これは他の奴には内緒なんだが、今回やってきた近界民は、三門市民からトリオンを奪うためにやってきた。つまり、トリオン量がより多い人間を追跡し、そのトリオン器官を奪取する性質だったんだ」
「ボーダーの人しか知らない情報をつらつら喋ってくる……」
「お前が他人にいくら譲渡していたとしても、お前並にトリオン量が多い友達がいないから、その周辺の近界民は全員お前に着いて行ってた。だからおれも一旦そっちは置いておいたからな」
何を言っているのかさっぱり分からなかったが、とにかく大丈夫らしいことはわかった。恐らく、俺を安心させるために言ってくれたんだろうなというのも、何となく理解した。
「つまりお前は、あの周りの人達を守った勇気ある少年って訳だ。ありがとな。じゃ、ご両親が帰ってくるからおれはこれで」
迅悠一と名乗った不審者が立ち去った直後、水を買ってきた父が不思議そうな顔をして帰ってきた。さっきまで項垂れていた息子がアホ面をしていたらそりゃ不思議にも思う。人の良さそうな顔に引っ付いた眉を、これでもかと下げて心配を押し出した父は、不安そうに声をかけてきた。
「蕨、水買ってきたぞ。飲めそうか?」
「父さん……俺さぁ」
「うん」
「俺、ボーダー入る!」
ただ、その時の俺はどうしようもなく“勇気ある少年”という単語に心くすぐられていただけなのだが、そんなもの不審者の存在を知らない父が知るわけもない。驚愕した声に父が大慌てで母を呼んだのは今思い出しても面白いし、妹と弟から猛反対されたのは記憶に新しい。
家族との長きに渡る相談の結果、定期的に検査は受けに行く、何かあったら隠さず報告する、ボーダーに入るのは高校入学後、成績が下がったらボーダーでの活動を控える、等を条件にボーダーへの入隊を許可された。一番苦労したのはぐずる妹と弟(主に妹)を宥めることだった。
「……び、らび……蕨!おい!そろそろ白塔さん帰ってくるぞ!」
「ぉあ、ワリ」
すっかり寝入っていたらしい。目を擦った先に広がっているのは茂浦隊の隊室で、寝入った俺に気づいた東が俺を叩き起こしてくれているところだった。
そこまでアホでもないが頭が良くない俺は、ボーダーに入ってから隊の先輩に勉強を教えて貰い続けている。初めて入った狭箱隊でもそうだった。学業とボーダーの両立は少し……いやかなり大変で、親がああまで念を込めて『成績が下がったら活動を休ませる』と言っていた理由がよくわかる。
「うわ白紙。バレたら怒られるぞ」
「バレ……るだろうなぁ、検査明けだから眠くてさぁ」
「定期検診明けに勉強会入れていいのかって俺聞いただろ〜?」
「それはお前もだし……バイタリティお化け……」
「お前の方が体力あるだろ。ほら、解けるとこぐらい解いとけよ」
促されるままに教材をめくれば、数式が紙の上で愉快にダンスを踊っている。今日はもうダメらしい。諦めてノートを閉じ、ペンをクルクルと回す。集中出来ていない事への謝罪文を考えながら、半分集中の切れてしまっている東に話を振った。
「勇気ある少年になれてるかなぁ、俺」
「少なくとも白塔さんにドヤされるって分かっていながらノートを閉じる姿は勇気あると思うけど?」
「そうじゃなくて」
「変なものでも食ったのか? まぁ、ボーダーに入ってこうやってガチになって活動してるのは勇気あるって言うか……格好いいんじゃね?」
「お互いな」なんて、自信過剰な文言を屈託のない笑顔で笑うのが面白くて、何とはなしに期待していた言葉がそのまま返って来たのが嬉しくて、なんとも言えない満足感に包まれる。他の人みたいに崇高な目的があるわけじゃない、保身と、ちょっとモテたら嬉しいぐらいの軽い気持ち。
「まぁそういうところあるよな、俺たち」
「流石に勇気に溢れてるっつーか、あんなことあってなお戦うとか、強すぎじゃん?」
「このまま成績も救われてーよ俺は」
「じゃあ手を動かせよ」
「クソー」
あの日、俺の元へ“暗躍”しに来た迅さんが、俺の心をくすぐるような言葉を的確に言ってくれたから。
あの日、避難所で、帰りたいと泣きじゃくる妹と弟がいたから。
あの日、俺と同じぐらい街を駆けずって逃げていた東が、同じように戦いの舞台に立っているから。
他人と触れ合うだけで危険に晒してしまう俺が、戦おうと思えるのだ。そういう些細な積み重ねを、これからも愛さねばと思うのだ。