心惢 蕨@ - 1

 やっぱりきっと、これから長いこと生きて、あんなに自分のガキっぷりに感謝することはないだろうなぁ、と。

 瓦礫の山になった中学校を思い返して、眠気のままに瞼を閉じた。


心惢蕨@


 ゲーム機の持ち込みは禁止、携帯も禁止、遊び道具の持ち込みも勿論禁止。学校に通うにあたって、そのルールを受け入れさせられた学生が文句を言う時期はとうに過ぎ。
 特に何が変わるわけでもなく、ただ通う学校が小から中へ変わっただけの俺たちは、その変化を大袈裟に捉えて、少し大人びた気持ちで生きていた。

 とは言え、根本的に何も変わっていないのだから、やることは同じ。無邪気な男児がクラスの半分を埋め尽くし、遊んだり遊ばなかったりしている風景に変わりはなく、『ちょっと男子!?』と怒る委員長風の女子の存在にも慣れたもの。

「蕨、今日部活終わり遊んでいいって!」
「マジ!? じゃー俺人呼んどくわ!」

 そんな中でも俺こと心惢蕨は、一番元気なガキだった。妹と弟が産まれても不真面目で遊びたがりな性格は治らず、部活終わりに遊ぶなんて可愛いもので。
 放課後に遊ぶ機会が限られている友人が遊べる、と聞いただけで部活をサボることが常だった。自分のクラス、他のクラスの友達に声をかけて集団サボりを行い、近所の公園でサッカーやドッヂボールをするのが当時は何より楽しかった。

「いい時間だし腕相撲やろーぜ!」
「もうそんな経った!? 早えーよ」
「やる!枝どこだー?」

 当時一番流行っていたのは腕相撲。小学生の延長をやっているガキが嫌いなわけがない。組んでいない方の腕で机を持つの禁止だとか、声を出すやつは弱いだとか。そんな他愛のない自分ルールが横行していたけれど、それもまた楽しかった。
 公園の地面に落ちていた木の枝でトーナメント表を作り、ノートの切れ端で表のどこに入るか決める。今思えば切れ端に表を書けばよかったのにとは思うけど、これもまぁいい思い出だ。
 俺は力が弱くなかったから、腕相撲大会では上位に入っていた。二十人ぐらいいるトーナメントの準決勝位まで残っていたというのは、悪くない戦績だと思う。

「行け!行け蕨!勝て勝て勝て!」
「東ーッ!ファイトーッ!」

 その日は絶好調だった。初戦、二回戦を突破し、準決勝は少し手こずったものの、順調に決勝にまで登り詰めた。みんなの応援を背に(そんなものは全く意識していなかったけど)挑んだ決勝戦は、二分の長丁場を経て俺が敗北した。東はなんだかんだで力が強い。
 腕相撲をしたあと特有の疲労と、休日を遊び尽くした満足感に包まれて、のんびり友人と駄弁る。近所のやつは鞄を置いてから遊びに来ていて、そういう奴は指遊びをして暇を潰していたような気がする。俺も、そのうちの一人だった。





 その後のことは、かなり記憶が曖昧だ。大きな地鳴りに全員が地面に叩きつけられ、目を白黒させながら頭を守った。みんな散り散りに逃げていたような気がするし、離れるのが怖くて誰かと一緒に逃げ惑っていたような気もする。
 しかし、そんな曖昧な記憶の中で、ハッキリと確かなことがある。その日俺は近界民に執拗に追いかけられ、土地勘と若さと運動神経だけが頼りの、捕まったら死が確定する逃走中をやらされたこと。
 ──後の世曰く、第一次侵攻。近界民が三門市に襲来し、多くの人の命を奪っていった、という結果だけが残っている。

 築三十年の家が倒壊したと聞いた時は、ちょっと悲しいぐらいでそれ以上は何も思わなかった。けれど、第一次侵攻時一緒にいた友人が全員無事だったと聞いた時は、少しだけ泣いた。
 間違いなくあの日あの公園に人を集めたのは俺だったし、それによって誰かが死ぬことを許容できるほど、俺は大人ではなかったから。

『政府は、ボーダーとの協力関係を築き──』
「お兄ちゃん、ラジオ聴きすぎ!桜も聴く!」
「先生が呼んでる。校長室にいるってさ」
「先生が? しかも校長室? 俺を? ……まぁ、いいけどさ。なんかあったら笛吹けよ。多分そろそろ父さん帰ってくるから」
「はーい!」

 防災用にと買っておいたラジオから流れる音で、災害の名前を知った。災害の被害をマシにしてくれた存在を知った。非現実的で、遠い事のように思えるのに、身近でリアル。家族揃って避難所暮らしをしているというのに、あまり実感がない。
 ただ、妹と弟のストレス管理ぐらいはしようと思っていたぐらいで。勝手に何とかなるだろうと思っていたし、自分がなにかする側になる気はあまり無かった。

 近所の、俺が通っていた中学校は完全に倒壊しており、妹が通っている小学校に世話になっていた。つい先日卒業したばかりだからかまだ馴染みがあり、勝手知ったると言う感じで人の波をぬけてぶらぶらと歩く。
 来る機会が全くなかった校長室。誰がいるのかとかを全く考えず、“先生が呼んでいる”と言うところから馴染みのある担任とかが声をかけてきたんだろうと推察し、『心惢兄でーす、せんせー久しぶりー』と適当に自己紹介をしながら、失礼にならない程度に扉を乱雑に開けた。

「あぁ、久しぶり心惢。元気そうでよかった」
「ん……?」

 扉を開けた先は想定通りと想定外の半々、と言った感じだった。俺に真っ先に声をかけてきたのは六年の時の担任の先生。休み時間にたまにサッカーに付き合ってもらったり、バカ騒ぎを怒られたり、かなり仲が良かった覚えがある。
 もう片方は、全く知らない人だった。真面目そうな若い男の人。こういうのを好青年って言うんだっけ? なんてことを思っていたような気がする。とにかく、思いもよらない自体に俺は頭の上にクエスチョンを浮かべた。

「あぁ、驚かせてすまない。私は忍田真史。界境防衛機関、ボーダーと言う組織に所属している者だ」
「とりあえず座れよ、心惢。話し合いには先生も参加するから」
「は、はぁ……」

 忍田さんは混乱しているアホの俺にもわかるように、優しく、分かりやすく、時に資料を混じえて説明をしてくれた。説明が終わる頃には大きめな茶封筒いっぱいに紙がギチギチに詰まっており、先生はそれを入れるための袋を用意すると笑って言った。
 まぁ、結局忍田さんが何を言いたかったかと言うと、ボーダに入らないかと言うことだった。俺は何故かトリオンが多いから、その気が少しでもあるなら検査を受けて、よければ組織に入らないか、と。今思えば迅さんのSEなんだろうけど、当時は『そんなことを何故知っているのか』と非常に驚いた。

「まだ子どもだから、ご両親とよく相談して。検査をするだけでも構わないから、少しでも気になるならここに連絡をくれると嬉しい」
「ウス……あ、いや、はい。わかりました」
「先生もわざわざすみません、お時間をいただきました」
「いや、大丈夫ですよ。心惢はこういうの……もしかしたら興味あるかなと思ったんで。俺もコイツに用事ありましたし」

 膨らみ切った茶封筒に書かれた住所や名前を眺めながら、大人同士の会話を右耳から左耳へ流す。女児アニメに登場する女の子や仮面やら戦隊の男の人は、おそらくみんなこんな気持ちなのかな、なんてことを考えながら。

「お話の邪魔をしてもいけませんから、私はこれで失礼します。復興に尽力致しますので、ご協力のほど、よろしくお願い致します」
「はい、お疲れ様です……心惢、礼」
「あ、はい。お疲れ、様です」

 綺麗な四十五度のお辞儀にびっくりして動けない俺は、先生に促されるままに立ち上がってお辞儀をした。座りの悪そうな俺を見て先生は笑い、その声で肩の力がドッと抜けた。
 その後、職員室に置いてある先生の私物のレジ袋をもらう道のりの間、先生と話をした。

「何で興味あるって思ったの?」
「お前が今聞いた分を俺は先に聞いてたんだけど……まぁ男子はこう言うのみんな好きだから、かなぁ」
「あー、ヒーロー願望的な?」
「そう」

 俺にもあるよ、ちなみに今でも。先生はそう言いながら、いたずらっ子のように笑った。自分だけのことを指して言われたら、恥ずかしさとか逆張り的な気持ちが先行していただろうけど、男子みんなと言われるとまぁそうかも、という気がしてくる。先生とは偉大だ。

「先生だったら受ける?」
「うーん、受けると思う。でも今受けなくてもいつかは受けると思うから、今受けなくてもいいと思うぞ」
「? どういうこと?」
「多分三門は、怪物が来るのがスタンダードになる。先生の直感だけどな。そうなると、全国的に検査をするのが当たり前になるんじゃないかって……ちょっとムズいか」
「何言ってるかわかんねー。でも、検査を受けるのは今か未来かの差ってことは分かった」

 先生が後半言っていたことは難しくてよく分からなかったけど、真剣な横顔を見たら茶化す気にもなれなくて、抱えていた茶封筒をさらに強く抱えた。
 役に立つとか、ヒーローになるとか、そういうのは一旦置いておいて。これからの自分の身の振り方を考えるのには最適かも。そんなことを思って、検査に関しては前向きな気持ちだった。俺が今ボーダーにいるのは紛れもなく先生のおかげだ。