ネイル様とどっきり



ネイル様はあまり自分から私に寄ってくることはない。だからいつも私がネイル様のおそばにいて付き纏っているようなかたちになる。ネイル様は嫌じゃないのかななんて思うけれど、一時期そばに行かなくなったらわざわざ街中で地下に落とされ強制的にヘイブンに行くことになった。そんなことがあるので多少心は許されているのかな、なんて勝手に思い込んでいる。それにしても今日もネイル様は1人静かによくわからないものと向き合っていた。キーボードを叩いているネイル様も分厚い本読んでいるネイル様もかっこいいものだから構ってもらえなくても同じ空間にいれるだけで嬉しいからいいけれど。そんなふうに思いながら本から顔をあげると珍しくネイル様はこちらをみていた。

「今日は何を読んでいるの?」
「えっと…友達に勧められたマンガ…です」
「ふぅん」

ネイル様のお部屋には本がたくさんある。けれど彼の本は何を言っているか難しすぎてわからない。ネイル様に説明してもらったこともあるがほんの少ししか理解できなかった。それよりもわたしに説明しようと意識して言葉を噛み砕き、易しい単語を選ぼうとしてくれたネイル様にとてもきゅんとしてしまったのだった。そんなネイル様を毎回見ていたら心臓がもたないと思うし、なによりお仕事の邪魔だと思うので自分で読めそうな本を持ってきて読むことにした。今日の本は友達にすごい勢いで進められた漫画だった。彼女の勢いが凄すぎて正直何を言っているか分からなかったが、それだけ良いということなのだろう。そう思って持ってきて読んでいるが数ページ読んでこれが少女漫画であると理解した。確かに彼女の言っていた理由もわかるようなときめくもので、正直ネイル様がそばにいる状態でこの本を読むのは間違えた選択であったと言える。ぱらりとまた一ページめくってふと目を留めた。ヒロインが「彼氏が最近そっけない」と友達に相談し、その回答が載っているシーン。「いつも受け身だからじゃない?キスくらいしてみたら」なんて軽快に描かれている。わたしはついネイル様とそういう関係である自分を思い出し、受け身……と考えてしまった。ネイル様のお部屋に来ているのは自分だが基本的に何かをすることは少ない。ネイル様にくっついていると言っても触れる勇気もなく、外出の時に手を繋いでくれるのはネイル様からだし、キスしてくれるのだっていつもネイル様からだ。もしかして…このままじゃ…、そんな不安からちらりとネイル様を見るがこちらには一切気を留めていない様子だった。私からキスしてみたらネイル様は嬉しいんだろうか…?このままじゃ飽きられてしまうのか…?そんな不安がもやもやと心の中で生まれて本を捲る手を止めた。よし!この不安を止めるためにキスしてしまおう!自分の計画性のないところが今まさに発揮されていると自分でもわかる。けれど何事も不安になったら行動してみる派の私にとって悩んでいる時間というのはただストレスが溜まっていくだけだった。私は立ち上がってネイル様の方に向かう。彼はそれに気づいてキーボードを打つ手を止めると私の方を向いた。

「ね、ネイル様、今お時間いいですか…?」
「あぁ、どうかした?」
「いえ…あの!ちょっと屈んでもらいたくて…」

ネイル様は私よりも身長が高いものだからキスするのにこのままでは高すぎた。ぎこちない私を訝しげにしながらも屈んでくれたネイル様と視線が合う。いつも私の上にあるネイル様の顔がいつもより近づいて私はどきりとした。

「あの、あと目を閉じてもらえますか…」
「…」

ネイル様は私の言うことに素直に従ってくれた。疑わしそうな雰囲気は出していたが静かに従ってくれるネイル様に好きな気持ちが溢れる。今までも色々わがままに思えるようなことは言っていたけれど一度も怒られたことはない。今回もきっと…。そんな想いで、ここまで来たらもう止められないし、と少しだけ背伸びしてネイル様の唇にキスをした。

「…っ」

ネイル様、怒ってないかな。そうっと目を開けると彼は少し驚いた顔をして、何か言おうとしてか口を開き、そうして何も言わずに押し黙った。それから何秒か経った後に

「急にどうして」

と思ったよりもいつも通りな声色で私に問うた。むしろいつもよりも冷たいような、無機質な気がした。私はそんなネイル様に急に恥ずかしくなってきて、彼には訳のわからないであろう動機をつらつらと述べる。途中から自分でも何を言っているのかわからなくなってきてえっと、とかその、と意味のない言葉が増えてきた。そんなところで彼は一呼吸おくと

「つまりわたしに捨てられたくなかったからキスしたということ?」

と要点をまとめてくれた。わたしはそれにこくりと頷くとネイル様ははぁ、とため息を一つついた。それにびくりと俯いて前を向けなくなってしまった私に、するりと彼の手が頬を撫でる。え?とそれに反応する前に彼は私の顔を自分の方に向かせると優しく私の頬に触れたままキスを落とした。

「ね、ねいる、さっ…!?」

しかもそれは一回でなく何回も角度を変えて行われる。びっくりして後退りしようにも彼が腰に手を回しているから逃げることもできない。何が起きているのかわからなくて、嬉しくてくらくらして視界がぼやけてきたところで彼はキスするのをやめてくれた。

「君を捨てるような人間だと思われているなんて心外だな」
「ち、ちが、」
「冗談だ」

冗談とは言いつつネイル様は笑っていなくてひどく焦りが込み上げてくる。怒らせてしまった?そう思っているうちにネイル様はくるりと背を向けてしまうものだから私はネイル様、と駆け寄る。

「ネイル様、怒ってますか…?」
「…怒ってない」
「ほ、ほんとですか?じゃあなんでこっち向いてくれないんですか?」
「…」

わたわたと彼の後ろでもたついている私にネイル様は何も言わない。それが悲しくて取り返しのつかないような気がしてわたしは涙声になってくる。泣くべきではないのに

「ねいるさま、」

なんて落涙一歩手前の声で彼を呼んだ。情けない声にそれすら悲しみを増幅させ、どうしようもなく立ち尽くしていると彼は神妙な顔で振り返って

「泣くことじゃないだろう。君が…君が急にキスなんてするから遅れて動揺しただけ。情けない顔を見られたくなかった」
「ねいるさまぁ…!」
「っ、急に抱きつくと危ない…」

ネイル様のいつもと違う顔もぎこちない態度も怒りが原因でないことにホッとして抱きつく。彼は少しよろけてから私の頭を優しく撫でた。たしかにいつもよりネイル様の体温は高くて実際何か感じてくれたのだろう。私はぎゅっと抱きしめられながらネイル様の優しい手が、ネイル様の暖かさが大好きだと心の中で深く思うのだった。

/目次へ/
徒野