ネイル様の猫
※夢主が猫です


ネイル様との出会いはひどく奇妙なものだった。生まれた時から身寄りがない私は所詮捨て猫というもので、親の顔も暖かさも知らない。そんな私がいつもの廃棄食品にありつけずゴミ箱を漁っていた時だった。微かにいい匂いがしてそれを頼りにゴミ箱に頭を突っ込んだ。するとそのゴミ箱にはゴミなんか無く暗闇に吸い込まれたのだった。滑り台のような斜面に止まることもできず滑り落ち、ふわりとした浮遊感のあとに衝撃が体に叩きつけられる。たどり着いた先の地面は冷たく無機質だった。ぼやけた視界には私のことを怪訝に見下す赤い目がある。

「猫?なぜ」
「ネイル様、こんな汚らわしい猫に近づいてはいけません。なんの病気を持っているかわかりません」

空腹から立ち上がる元気もなかった私はただ地面に叩きつけられたまま冷たい床に身体を委ねていた。ただコツコツと誰かが近づいてくる音と機械が話すような変な声が耳に入ってくる。ぼやける視界の中で最後の力を振り絞ってたすけて、と一言声を漏らした。きっとにゃあ、と力なく猫の声がしただけだろう。



目が覚めたら暖かかった。ふわふわしたものに包まれて体は柔らかく沈む。あぁ、死んでしまったのかな。そう思った。けれど死んだにしては身体は重く、うまく動かせない。微かな力で瞼を開け身じろぐとまた誰かの足音がした。

「…生きているな」

落ち着いた声色は少し無機質で、それなのに私に触れる手は酷く優しかった。にゃあ、と一鳴きすると彼はセバスチャン、と外国人のような名を口にする。ここはどこなんだろう?この人は誰なんだろう?そう思っていると昨日聞いた機械音がしてガシャンガシャンと音を立てて私に近づいた。

「この子猫は弱っているようです。こちらの餌を与えてみてはどうでしょうか」
「…」
「あ、これは口を切ってそのまま子猫にあげる商品となっております」
「そうか」

昨日の白い少年は私をまたふわふわの寝床に戻すとセバスチャンと呼ばれた機械から何かを受け取って私に向けた。その美味しそうな匂いに口をつけると空腹のお腹は食べることをやめられない。我を失って食いついていると機械は今度はさらによそった温かいミルクを持ってきてくれた。

「それにしてもネイル様、こんな子猫をどうするおつもりでしょうか」
「…」
「野良猫への餌やりは禁止されています。この近所でしたら保健所は…」
「保健所にやったらどうなる」
「引き取り手を探し、それでも見つからなければ殺処分になるかと」
「……」

久しぶりのご飯に必死になりながらも保健所、殺処分の言葉にびくりと身体を止めてしまう。せっかくこんなに美味しいご飯をもらったのに殺されるんだ。そう思うと食欲なんて無くなってへたりこむ。どうしよう、逃げなくちゃ。そう思い逃げられそうな場所を探すために見回すが隠れられそうな場所も逃げられそうな場所もなかった。そうこうしているうちにいつのまにか白い少年は私に近づいていた。彼の手が私に触れようとして、私はつい彼の手を引っ掻いた。

「っ…!」
「ネイル様!?この子猫め!!!貴様、何をしたかわかっているのか!?」

ふーっ!と威嚇しても機械相手には敵わない。無理矢理掴まれて逃げられなくなってしまった。ぎゅうっと機械の手で身体を圧迫されて苦しい。にゃあにゃあと抵抗しても機械の体には傷一つつかない。殺さないでほしい!せっかく生きたのに。親の顔すら知らず、家猫の暖かさを羨んで必死に生きてきたのに。私の人生はこれで終わりなのか。そう思うとやるせなくてたまらなかった。

「…いい、セバスチャン、猫を離せ」
「ですが…!」
「離せと言っている」
「……申し訳ございません」

急に圧迫感から解放されて降ろされる。それでもふうふうと恐怖は治らず白い少年に向かって威嚇を続ける。

「…怯えなくていい。危害を加えるつもりはない」
「……」
「大人しくできるなら私がキミを飼おう」
「ネイル様!?こんな猫を!」
「キミに飼われる意思があるならこちらに来い。嫌なら保健所に連れて行くだけだ」

そんな二択では選ぶ方なんて決まっていた。訳もわからない男に飼われるなんて意味がわからない。けれどここで命拾いすればどこからか逃げられる場所がきっとあるに違いなかった。私はそうっと手を差し伸べる″ネイル様″とよばれる男の元に歩いていくとぎこちなくすり、と頬を撫でつけた。彼の顔は見えなかったがなぜかふっと笑ったような気がした。


「で、この機械本当に合ってるの?」
「にゃあ!」
「はい、と言っています」
「ネイルが子猫なんか拾うか?」

遊我が作った猫語翻訳機の前で私は話す。ロミンやルークは疑念を持ったまま心からは信じてくれないようだ。それでも、彼らが信じなくても本当なのだ。遊我がつくった機械もなかなかやるなと私はなぜか誇らしくなった。ネイル様のお仕事中は邪魔するわけにもいかないので外に出ることが許可されている。遊我達に会ったのは偶然だったけれど遊我とネイル様が知り合いだと知った時はびっくりしたものだった。にゃあにゃあと鳴くと機械がぴぴぴと鳴る。

「ネイル様は優しい!ネイル様好き、と言っています」
「…ネイルってそんなに動物可愛がるようなやつだったっけ…」
「そうは見えませんでしたけど…家だと豹変する人もいますし…」
「不本意な噂を立てるのはやめてもらおうか」
「ね、ネイルくん!?」

大好きなご主人様の声に急いでそちらを振り向く。そこにいたのはセバスチャンに座るネイル様だった。地面を蹴ってぴょんとネイル様に飛び乗るとネイル様はちょっとムッとして「急にくるなといつも言っているだろう」と私に注意した。私がまた怒られた…としょんぼりしていると遊我はネイル様に声をかけていた。

「この猫だいぶネイルに懐いてるみたいだね」
「…そうは感じないが」
「そういって、さっきもネイルに気づいた瞬間飛び乗ってたし」
「…この猫の話はいいんだ。それよりこの前話していたプログラミングのことだが…」

ネイル様と遊我の難しい話に私はついていけない。だからにゃあ、と小さく一声鳴いてネイル様のお膝でうとうとするのだ。ネイル様のお身体は暖かくて、ネイル様の落ち着いたお声が大好きで…そうして私はいつものように眠りについた。

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徒野