たった一粒の幸福を

「おい。さっきから何故私をジロジロと見ている。無礼にも程があるぞ。」

ソファに身体を預けて静かに本を読む黒い衣服に身を包む彼を、ダイニングキッチンからお湯を沸かしながらチラっと覗き見をしていれば本に視線を向けたまま唐突に彼は一言私に放った。

「えっ!?あ、いや、いつも朝から出掛けていらっしゃるのでこんな昼間にリビングに居るの珍しいな、と……」

もっと言えば、様になっているが、彼が人間の綴った本を読むなんてのも珍しい。

「フン、今日は休暇にした。色々と面倒なことになってな。そろそろこんな生活にも嫌気が刺してきた。」
「じゃあ辞めたらいいじゃないですか、人間0計画」

あ、地雷踏み抜いた。彼のように強くなくても察せる殺気じみたものが、ピリピリと肌に張り付く。

「馬鹿を言うな。それ以上無駄口を叩けるようなら今すぐにでも他の人間共同様、消してしまうが?」
「わーっ、わーっ!約束!神なら約束ぐらい守って下さい!!」

そう言うと彼の手の中の気弾がパッと消え、いつもの不機嫌そうなムスッとした顔に戻った。

「願いをされる前に消しておけば良かったな。」
「はーい、慈悲深いカミサマにはいつも感謝しています〜。カミサマがどんどん沢山の人たちをお消しになさってるので最近本気で食糧難になってるんですけど、自分でハーブとか栽培してみたんですよほら!どうぞ、お茶です。」

ん、とやっとこちらへ顔を上げてカミサマ…ブラックさんはお盆に乗ったティーカップとソーサーを受け取った。私がブラックさんの拠点としているこのログハウスに来たばかりの頃は、まともなコミュニケーションどころか「人間の出す茶など喉が通らん」なんて、お茶すら用意させて貰えなかったが、偶にお疲れ気味で夜遅くに帰ってくる彼に怒るかなあ、なんて頭の隅で思いながら温めた牛乳を注いだマグを差し出したら何か言いたそうに、しかし大人しく受け取ってくれたのが始まりだった。それからはおい朝食を作れだの、やれ掃除をしろだの、使用人扱いである。

「それで」
「はい」
「何か聞きたいことでもあるのか。不満そうな顔をされるのは不快だ」
「えっ、無いですよお。そんなの」
「おい誰が生かしてやってると思っている」
「で、出た〜その言葉!どうせ最後は殺しちゃうくせに!」

「いいから、俺の機嫌が損ねる前に言ってみろ」

彼の一人称が「私」から「俺」になる時は、決まっていい事は無いんだろうなと悟り、渋々降参をすることにした。

「枕か……クッション、が……欲しくて……」
「枕?」
「あっ、やっぱりその…」
「くどい。掻い摘んで話せ」
「うっ……さ、最近その…夜眠れなくなってきまして。それで何か安心出来るものが欲しいと言いますか……こう…私の腕の中にフィットする抱きしめられる何かが欲しくてですね」

寒くも暑くもないし夢見も……悪くはないとはいえないが。
昼も夜も静かなのだが、暗くなると急に調子がおかしくなって、どうしようもなく何かに縋りたくなって、肩を抱いて強引に眠る夜が続いていた。


「寂しいのか」


その発言に、言葉に何故か無性に癪に障った私は掴みかかるように声を張り上げていた。


「っわ、たしは、寂しくなんかない!!!!自分で選んだ事です。こうなるってことは分かってた筈なのに、それでも、この地球の最後を見届けてから死にたいと言ったのは、私です」

パタンと本を閉じた音と同時に場が凍る。私の乾いた笑い声が、その空気を台無しにした。

「本当……おかしな話でしたね。忘れて下さい。気合いで寝てみます」

これじゃ、本当にあの時死んでおけば良かったなんて思ってしまいそうになったので、耐えられずその場を離れようとした。だけど

「待て」

瞬間、ぐいっとカップを持っていない片手で腕を引っ張られてブラックさんの座っているソファにもう一人分の体重が掛かり、彼の胸に引き寄せられた。
私の頭にブラックさんの手が乗せられて、さっきよりも強く引き寄せられる。

するとトクン、トクンと、心臓の音が聞こえた。生きている。この人も。息が、体温がある。

まともにこの人と会話した時のことを、何となく思い出した。私もその頃は結構ヤケになっていて、殺意すら抱いていたと思う。しかし人間何も食べなければ流石に死んでしまうので、必要最低限に用意された食事を取りながら目の前で自分よりも量も質も高そうな食事を取る彼に「神様なのにご飯食べるんですね」とか、そんな失礼極まりない言葉を投げた。会話するのも嫌かなと思って返事なんて待っていなかったがそれに対して「この身体は一応人間だからな。不自由でならん。」と彼はぼそりと返してきた。何だそれ、身体は人間とか、矛盾してるじゃん。と「ふ、」と笑ったのだ私は。


「あのぅ、こ、これ、後でこんなことするんじゃなかったとかブラックさん怒ったりしませんか」
「べそをかきながら喋るな、鼻水なぞ付けたりしたら許さん」

そんな事言われても涙が溢れてくる。手で抑えても品の無い嗚咽が漏れる。狡い人だ。どうせ私なんか計画が終われば猶予も与えず殺してしまうくせに。

「はは、思ってましたけどカミサマめっちゃいい身体してますね、ムキムキ!てかいい匂いする…ん、ですけどちょっと鉄臭いので早朝にトレーニングがてら仕事しました?」
「喧しい。やはりこんな慣れないことはするものでは無かった。気分が悪い」
「うわ、ブラックさん鳥肌たってますけどもう離れるんで離してくれません!?」




たった一粒の幸福を