葛藤と午後のロマンティック

「おはようミョウジさんっ、今日も凄くいい天気なんだよね!」

急に目の前に現れた元気な声の主に驚いて返事をする前にズゴッ、と手に持ったパックの野菜ジュースが返事を返したように大きく鳴った。

「それいつも飲んでるね。美味しいのかな!?ミョウジさんのお気に入りなら俺も飲んでみたいね!」

毎朝この眩しい声を聞く度、学校に来たんだなと実感する。

「え……えと……その。気になるんなら、うん」
「そうする!ところで……」

彼が会話を続けようとしたところで本鈴のチャイムが鳴る。やべ、と元気な彼は自分の席へ帰って行った。

雄英高校ヒーロー科 通形ミリオという男の子は性格は明るく、笑顔を絶やさず、ユニークな人柄が印象的な生徒だった。個性は入学当初苦労したそうだが、自分でコントロールが出来るようになってからは、学校中で誰もが認める強さを持つビッグ3なんて呼ばれていて、今では「最もプロヒーロー上位に近い人」なんだそうだ。まあ器用な男だ。

一方私は個性は器用と言えるにふさわしい強く恵まれた個性だったが、人柄に少々難ありと、ノミの心臓とでも言うのだろうか。年季の入った不器用そのものだった。人との関わりが本当に下手くそなのだ。そのせいで幾ら個性が強くても人との連携でのミスやコミュニケーションに支障をきたしてしまう。ハッキリとモノを言うことが出来ない。


「それってさあ、似てるね天喰くんに」


林間合宿でガールズトークとやらに(奇跡的に)参加した時の事だ。いや、それは……天喰くんに失礼だと思う。チームで行う授業で、天喰くんはやる時はやれる人で、私は上手く出来ない人。個性だけじゃなんにも解決出来ない。カリスマ性がある訳でもなく、1人で全てを補える力や頭がある訳でもない私は「待機よろしく」と言われる存在だ。まあ、使って貰えるだけ有難い。
だけど我儘も言ってはいられないのがこの現実である。

「じゃ、今日はこの配置でいこうと思う。ミョウジ、よろしくな!」
「わ………………わかった」

ある日のヒーロー基礎学の授業、3人体制で1人は後衛、私は前線に出てヴィラン役のチームを叩く通形くんのバックアップをする形で行動することになった。
前線。その言葉を聞いただけで泡を吹きそうだ。ミスをするイメージしかない。
だが、個性でいうと私が適任なのは分かる。だから私が頑張らないといけないのだ。いけ私。今こそ短所を乗り越える時。

「ははは!だーいじょーぶ!俺、ミョウジさんが毎日頑張ってるの、いつも見てるよ!」

精神統一を図っていたところに隣の通形くんが大きな声でそんな事を言い出した。

「この前だってサポート科の人と一生懸命自分の口で要望伝えようと話してたのも見てたし英語のノートめちゃくちゃ綺麗にいつも取ってるし!だから今回も心配ないよ!頑張れミョウジナマエ!うん、君なら出来るぞ!!じゃ、頑張って!!」

そう言い残すとシュッと個性で隣から通形くんは消えた。
待って。急にそんな事言われて落ち着いてはい頑張りますなんて言える頭ではないのだ。
ていうか何でそんなこと知って……?
それよりも、通形くんが動いたなら私も動かなきゃいけない。
考えるよりも先に身体を動かさなきゃ、と通形くんを追った。ここでミスなんかしたら一生顔向け出来ないじゃないか。


その時の授業は無事私たちのチームがヴィラン確保を成功することが出来て、その日を境にそれから、通形くんは何かと私に声を掛けるようになった。
授業の前、休み時間、放課後、学校に居る時は彼の顔を1日でも見ない日は無かった。

彼と私が会話をすることによって変わったのは私自身の周りからの印象だろうか。ヒーロー科の皆は私が口下手でも積極的に話してくれていたが、今では自分から(当社比較)自然と会話が取れるようにはなっていた。

「ミョウジさ〜ん!お昼休み一緒に……」
「ご、ごめん!」

通形くんにお昼に誘われる前にバッとその場を離れる。
やっぱり声を掛けてくれた通形くんには申し訳ないけど、これは自分の為でもあるんです。

最近、なんとなく気付いてしまった。通形くんが声を掛けてくれるこれらは全部、通形くんの善意なんじゃないかと。
だって、通形くん優しい人だから、いつも1人でボーッとしてる自分に気付いてくれただけなんだと、そう思った。
私も私だ。何で早く気付いてあげられなかったんだろう。相当迷惑かけたんじゃないかな。ごめんなさい、通形くん。
でも安心して。私はこれから新しく、強いヒーローに生まれ変わるんだ…!と、意気込み急いで教室を出たはいいものの、他に誘うクラスメイトも友人も居ない私はすぐに一人ぼっちになってしまった。…手持ち無沙汰も何だし、私は購買へ昼食を買いに行こうと足を運んだ。食堂は……通形くん居るだろうし。

「あれ?ミョウジ先輩じゃないですか!」
「えっ、はい!……えっと……?」

突然後ろから声を掛けられて振り向けばつんつんの鮮やかな赤色の髪をした男の子。

「俺っす!1年の切島鋭児郎!インターンの時は、救援とアドバイスあざっした!」

おお、おお…!思い出した。インターンの時同じ関西で部署が近かった烈怒頼雄斗(レッドライオット)くんか。なるほど。切島くんというのか。というかこんな地味な先輩にも元気に声掛けてくれる後輩…おお……!

「先輩?どうかしたんすか?」
「わっ!いや、な、なんでもないよ!こんにちは……?」
「ちはっす!ところで、購買で先輩見るの珍しいですね。」
「あ……うん。いつもは食堂なんだけど今日はなんとなく……」
「ふうん?じゃあ良かったら俺も一緒していいっすか!俺もいつもは食堂なんすけど!奇遇ですね!」

な、何と…!初めて通形くんたち以外の、まさかの後輩とランチタイムを過ごせるとは。これは大きな一歩かも。

「え、コミュニケーションの克服……?」
「そ、そうなの……やっぱこのままじゃいざって時何の役にも立てないし……うっ、今もこれがいっぱいいっぱいで、顔を合わせられない所は勘弁してね……」

中庭へ出てベンチに座りながら昼食を取りながら切島くんと会話することになった。
話題を切り出してくれる子で本当に良かった。私のせいでこの子の昼休みが地獄になるぐらいなら死んだ方がマシである。

「あはは!天喰先輩みたいっすね!インターンの時颯爽!って感じでそんな気はしなかったけど」
「うっ……!ひ、ヒーローはいちいち内面なんて誰も気にしないもの……実績が大事だし…」
「でも、先輩はそれを直そうって頑張ってるんすよね!アツいっす!俺そういうの好きです!」

私よりも頑張ってる人なんて沢山居るのに…としょげそうになったが、興奮気味に話す彼の顔を見ると何かちょっとだけ元気出てきた。

「じゃあ先輩、俺次の授業実習なんで戻ります!先輩も頑張って!」
「あ、うん……!」

さて、私もそろそろ戻らなきゃとその場を後に歩いていた時

「ミョウジさん!さっきは1年くんと楽しそうに話してたよね!」

校舎の壁に見覚えのある顔が突然横に現れた。
と、とと

「通形くん!?」
「やあ!先客が居たならそう言ってくれたら良かったのに」

よっ、とお得意のすり抜けの個性でこちらへ身体を出してくる。上着がちょっと脱げている。
でも、まずい。このペースだといつものようにまた教室まで一緒に帰る形になるかも……私も、通形くんにいつまでも甘えてちゃ、駄目なんだ。

「ごめ」
「っ待って!!………くれないかな……」

逃げようとしてたのに気付いたのか、がしりと掴まれた左手首から伝わる通形くんの手が、体温が、ものすごく冷たくて、驚いてゆっくり振り向き顔を見れば、その顔は笑顔とは言えない戸惑いと困惑といった、あの通形くんには似合わない顔をしていた。

「君に、避けられるとどうしたらいいかわかんなくなっちゃうから……俺、嫌われるような事したなら、謝るから……だから、逃げないで」
「と、通形くん、その」

謝る………?ああ、そうか。謝るのは、私の方だ。そりゃ本人に何も伝えず避け続けられたらそれこそ迷惑に決まってる。頭では分かっても行動に移せない。私の悪い所だ。私は通形くんを傷つけてしまった。

「君のことになると、俺でも頭が真っ白になっちゃうんだ。さっき、1年くんと居たの食堂から見えて我慢出来なくて、それで」
「あの、えと……わたし……」
「君に俺の事知って貰いたくてずっと前から見てたし、知ってたんだ。それであの授業の時初めて話したんだけど、もっと話したくなって、でもウザかったと思うんだよね!?君と仲良くなった気でいたんだ。君の中で大きな存在になれてるとか、勝手に満足してたんだ、俺は」

顔を見られたくないのか、ぐっ、といつの間にか私の身体が通形くんに引き寄せられていた。

「ごめん、ミョウジさん……」
「まっ、まって。私も、ちゃんと通形くんにありがとうって伝えられてない、から」
「……えっ?」
「わ、私、ずっと通形くんが私に話掛けてくれるのは私がクラスで浮いてるからとばかり……思ってて…その……」

伝えたいのに上手く言葉が出てこない。

「通形くんは、優しいひと、だから。私なんかに話しかけてくれるなんてその優しさからなんだろうなって、思ってた。それに、あの時の授業で通形くんが、ああやって言ってくれなかったら私はミスしてた。だから、私の方こそ……」

気付くのが、遅くてごめん。

「えっ。ってことは、ミョウジさんが俺を避けてたのって善意とか、そんなのだって思ってたってこと…」

解釈してくれたみたいで、肯定を伝える為頭がちぎれるんじゃないかってぐらいブンブンと頷いた。

「じゃあ、俺のことは嫌いじゃない…ってこと……だよね」
「嫌いなんかじゃない!……よ……寧ろ……感謝、っていうか、あの」

クラスメイトとして、というのは凄い他人行儀だし友達としてというのも恐れ多いしでも通形くんのことは

「………………………………好き?」
「スキ!?!!!!!??!?」

あれ?違ったかな。やっぱり他人とコミュニケーションを取るのは難しい。

「ミョウジさん、俺、もう一度君を抱きしめてもいいかな……?」
「え……なん、何で!?」
「もう一度君を抱きしめたら、分かる気がするから!!」


毎度次の授業を知らせるいつもの予鈴のチャイムが、今日はやけに耳に響き渡った。



葛藤と午後のロマンティック