ヒーロー登場

「まだ……まだ終わってねぇぞ!!」

円堂が立ち上がる。ぼろぼろでふらついているが、その目には「諦め」が少しも見られない。
その姿に誰もが驚きを隠せない。

「まだやるってのか!」

苛立った寺門により再びボールが円堂を襲う。それでも一歩も怯まなかった。ゴールの前に立ち、守ろうとし続ける。
けれど身体は限界を越えていた。
20点、とスコアボードが書き変わる。
センターラインからのスタートになるが、誰も立ち上がらない。否、立ち上がれない。支えだった円堂も倒れた。
凪には限界だった。

「木野さん!出させて!もう大丈夫だから!」
「まだだって鼻血が……!」
「鼻栓で止めれば問題無いよ!メンバー足りないし、この中ならベンチで休ませてもらったお蔭で一番元気なんだし!」

凪は無理矢理にでも出るつもりだった。事実、休ませてもらったため痛みは堪えられる程度までにはなっていた上、鼻血も一番の惨事よりはマシになっていた。鼻血の原理さえ知っていればある程度、平気なことは理解している。
しかし、マネージャーの秋からしてみればそれはどうしてもできない。

「ダメよ……!マネージャーとして、それは許可できないわ!」
「でも……でも行かないと!!」

その時だった。

「誰だアイツ……?」
「あんな奴ウチのサッカー部にいたか!?」

二人の耳に生徒達のざわめきが届く。目を向けると、人の間から現れたのは目金が脱ぎ捨てたエースナンバーのユニフォームを着た男子生徒だった。

「あれはさっきの……」

凪がグラウンドに入る直前、引き留めた男子生徒だった。何故、と疑問符を飛ばしていると、彼はグラウンドへと足を踏み入れる。

「……あれは豪炎寺くん!?」
「豪炎寺……ってアイツが……?」

驚いたような秋の声に凪が先日の事を思い出しながら返す。

「ええ。でも、彼、サッカーは辞めたって言ってたのに……」
「もうこの際なんでもいいよ!ユニフォーム着てるってことはやってくれるんだろうし!」
「そ、そうよね……!」

多少、揉めてはいたがどうやら無事に参加が認められたらしい。試合再開のホイッスルが鳴る。雷門からのスタートだったが、即座にボールは奪われた。

「まずい……!さっきのシュートの構えだあれ……!!」

再びデスゾーンが繰り出される。あれをもう一度食らえば大怪我をするのは目に見えている。現状、雷門ではあれを止めるには力が足りない。もし止めるならば全員でカバーしなければならないだろう。だが、そんな大体のメンバーにそんな体力は残ってない。あるとすれば入ったばかりの豪炎寺だ。
だが、豪炎寺は防ぐわけでもなく、真っ直ぐに相手サイドへと走り出した。角間が逃走か!?と声を張り上げる。凪も「は?」と思わず目を瞬かせる。
ボールが円堂の目前に迫る。その瞬間。

「はぁっ!!」

大きな手が虚空に現れる。誰もが驚き息を呑んだ。
その手がデスゾーンを押さえ込む。勢いが完全に消えると、円堂の手にはボールが収まっていた。彼は一つ笑うとボールを豪炎寺目掛けて思いっきり投げる。
間違い無い、豪炎寺は円堂が止めると確信してシュートが打てる場所まで走ったのだ。そこまで円堂を信じた豪炎寺に凪は不可解だと思った。先程、凪には止めた方がいいだの止めたくせに、サッカーを辞めただの言ってたらしいだの、色々まとめて考えると納得できないのだ。
モヤモヤとした思いのまま、豪炎寺がボールをトラップすると高く飛び上がる姿を凪は見つめた。

「〈ファイアトルネード〉!!」

渦巻く炎を纏い真っ直ぐゴールへと向かっていくボール。それは少しも勢いを殺さぬままゴールネットへと突き刺さった。
それが決まった瞬間、一瞬だけ凪豪炎寺の表情がとても嬉しいそうで、楽しそうだったのを見た。サッカーが好きなことがよく伝わってくる。
だからこそ、彼女は余計に納得できない。何故、好きなのに辞めたんだ、と。
けれど点が入ったのは嬉しい。
手を取り合い喜んでいる秋と春菜の隣で、小鼻を押さえたまま凪の内心はかなり複雑だった。
一方で、豪炎寺の得点のお蔭でチーム全体の指揮は上がっていた。残り時間は少し厳しいが、多少善戦はできるかもしれない。といったところで審判から帝国側からの試合放棄が宣言されたのだった。

※※※

去って行く帝国のトレーラーを見ながら、凪は安堵の息を吐いた。

「これで廃部は無しってことか……」

喜んでいるサッカー部やマネージャーを見ながら、凪は小鼻を押さえていた手を離した。どうやら完全に止まったらしい。
清々しい風が頬を撫でるのを感じながら、凪はグラウンドに足を踏み入れた。爪先の向かう方向には円堂達が人差し指を立てたまま何か話している。その中に豪炎寺の姿はない。試合終了後、すぐに円堂にユニフォームを渡すと去っていったのだ。だが、チームに落ち込んだ空気は無い。それよりもずっと希望に満ちていた。だからこそ、凪は少し言い出しづらかった。が、言わなければならないことなのだ、と口を開いた。

「あー……盛り上がってるところ悪いんだけどさー……」
「鳴海!もう大丈夫なのか?」
「うん、鼻血は止まったから大丈夫だよ円堂。いや、そうじゃなくてさ……」

あー、うー、と悩ましげに唸ったあと、よし、と頷き凪は切り出した。

「私、退部します!」
「はぁ!?」

凪の発言に周囲からは驚きの声が上がる。誰もが凪は今後も部員としていてくれると思っていたのだ。

「鳴海先輩もこれから一緒にやってくれるんじゃないんでヤンすか!?」
「そうです!女子で公式試合は出れないかもしれませんが、一緒にサッカーしましょうよ!」

栗松と少林が凪の両隣で引き留めようと声をあげる。それに彼女は少し眉尻を下げた。

「ありがとう、栗松、少林。でも、私水泳部の部長だから、これ以上部を留守にするわけにはいかないんだ」
「あ……」

ふざけた顔ではなく、眉をほんの少し寄せた凪の姿に声を上げた二人は気まずそうに黙りこんだ。しょげた円堂がおずおずと口を開く。

「そう……だよな、鳴海は部長なのに、無理言って助っ人になってもらってたもんな」

すると円堂の背中を凪が強く叩いた。その力強さに円堂が顔をしかめると、カラカラと彼女は笑い声を上げた。

「楽しかったから気にするなって!また何か手伝えそうなことがあったら遠慮無く声掛けてよ!」

困ったような笑いではなくいつもの快活な笑い声だった。それに返すように円堂も笑った。

「あぁ!ありがとう、鳴海!」
「あ、ただし次はFW以外で!シュート打てないから!」

ピンと人差し指を立てながら訴える。すると染岡が「お前練習しろよ!」とツッコミを入れた。あははー、と笑うと凪はくるりと半田の後ろに回り込み盾にする。

「ちょっ、おい何するんだよ鳴海!」
「いやー、今、染さんに頭に一発食らわせられたらまた鼻血出そうだからさー」
「だからって俺を盾にするなよ!」
「一年をするのは可哀想だからねー!」
「お前なー!!」

楽しげな声がいくつもグラウンドに響く。
こうして短い短い、サッカー部としての日々に凪は終止符を打ったのだった