新たな波乱の予感

帝国学園との戦いの翌日。顔に大きな絆創膏を貼った凪は、いつも通り学校へ登校した。身体は歩く度に痛むが、これくらいでは休む理由にはならない。
下駄箱に差し掛かると、凪はあれ、と足を止めた。

「豪炎寺……?」

昨日見た姿に思わず声を掛けると、豪炎寺も気付いたらしい。凪の姿を見ると、下駄箱を開けようとした手を止めた。

「お前は昨日の……」

といいかけ、ハッとしたように豪炎寺は顔を潜めた。

「女子……だったのか?」

驚いている豪炎寺に凪はあはは、と笑う。彼女としては昨日のユニフォーム姿が男子にしか見えないことは分かってもいたし、他人にも言われていたので気にしてもいない。が、まさか本当に男子だと思われていたと面と言われると可笑しさが込み上げてきた。

「気付いてなかったんだ!こんなんでも一応女子だよー!」

ヒラヒラと手を振ると、豪炎寺は興味無さげに「そうか」と答える。滑ったな、と考えながら凪はたたきで靴を脱ぐと凪は自身の下駄箱を開ける。靴を履き替えていると、豪炎寺が意外にも声を掛けてきた。

「怪我、大丈夫か?」

あまりにも突然だったので凪は何度か目を瞬かせる。が、すぐに腕で力瘤を作った。

「痣は幾つかできたけど問題無いよ。骨折も無いし、数日もあれば完治するさ!」
「……そう、か」
「でも昨日はすごかったよね!こう、グワーって感じのシュートがさ!」

身振り手振りで昨日の様子を伝える凪を一瞥すると、豪炎寺は彼女に背を向けた。

「昨日だけだ。もうサッカーをするつもりはない」

吐き捨てるように豪炎寺は言って姿を消した。凪はそれを見届けると、眉を潜めた。
豪炎寺の姿は無理矢理自分を納得させているように凪には見えた。その理由は分からないし、きっと踏み込むべきことではないと分かる。それでも好きなことに嘘をつく姿勢は凪からしてみれば腹立たしい。好きなことは好きだと言えば良いのに、と苛立ちながら彼女は自身の職員室へと歩き始めた。
窓から射し込む朝日を眩しく感じながら、木の床を踏み締め歩いて行くと、職員室へはすぐに着いた。

「失礼します」

断りを入れてから扉を開くと、職員室内は多少ごたついていた。時間的に職員会議の時間ではないから平気だろう。そう踏んで来たが間違いだったかもしれない、そう思いながら凪は机の隙間を縫って顧問の元へと向かう。

「先生、おはようございます」

やや声を控えめにして挨拶をすれば顧問は顔を輝かせた。

「お、鳴海か!おはよう。部活のことか」
「はい、今日から復帰しますよ」
「やっぱりな、鳴海がいないと全体が締まらないんだよ」

一週間だけしか兼部はしてないはずだが、そう言われるとは凪は少しも思っていなかったため、面食らった。彼女がはにかむと、顧問は優しく笑って頷いた。

「よろしく頼んだぞ、部長!」
「分かってますよ、先生!今年はみーんな全国行くんですから!」

※※※

「とは言ったものの、今日はプール入れないな……」

教室に着いた凪は、シャーペンを片手に練習ノートを広げ考えを巡らせる。
この一週間、オーバーワーク気味なため今日は泳がないでいた方が無難だろう。軽いウェイトトレーニングをメインにメニューを組み立てつつ、先週見切れていない部員の練習を見て……、とそこまで考えたところで横からヌッと見慣れた人影が現れた。

「よぉ、鳴海」
「あ、染さん。おはよー」

いつもより元気そうな染岡に凪はヒラリと手を振り答える。一方染岡は凪の顔の絆創膏に顔を引き吊らせた。

「お前その顔……平気か?」

凪は指で鼻に貼られた絆創膏をつんとつつくと、問題無いよーと間延びした答えを返す。むしろ染岡こそ大丈夫かと訊ねる凪に染岡は歯を見せ笑った。

「あったり前だろ!」
「さっすが染さん!頑丈だね!」
「お前なんだその言い方は!」
「あっはっはっはー!」

いつもならばここで染岡の容赦ない一撃が入るのだが、流石に昨日のことがあったからか、彼は手元で拳を握るだけだった。珍しいこともあるな、と凪は手元のペンをくるりと回す。その視線に気付いたのか、染岡は躊躇い無く無言でアイアンクローを決めた。

「痛い痛い痛い!!今日くらいは加減してくれるかと思ったのにさ!!」
「お前が!!ニヤつかなきゃ良いんだよ!!」
「あだだだだだっ!!ちょっ、マジで痛い痛い!!」

その手を振り払うと荒く息を吐きながら凪は机に突っ伏した。しくしくと泣き真似をすると、染岡は鼻で笑い椅子を引いた。

「ったくよォ……朝からめんどくせぇな」
「昨日のダメージ完全に無くなったわけじゃないんだぞ……!ホントに……!」
「あー分かった分かった。それだけ騒げんなら問題ねぇな」
「絶対それ適当だろ!!」

びしりと人差し指を染岡に突きつけると凪は恨めしげな視線を向ける。それを染岡は無視し、雑にペンケースを机の上に出す。元々教科書類は持ち帰らないせいか、それ以外は何もせず不機嫌そうに頬杖を付いた。
染岡の様子に凪は泣き真似を止め、こっそりと観察する。昨日、帝国に勝った(正しくは試合放棄だが)ことを当事者が喜んでいないことに何か違和感を感じたのだ。ふざけすぎたことに制裁が加えられるのはいつものことだが、サッカー部が潰れるとなった時のような苛立ち方に凪は頭を巡らせる。

「……なんか、荒れそうな予感?」
「あ"?何か言ったか?」

怪訝そうな染岡に凪は首を振るって否定する。けれども一波乱起きそうだという予感をひしひしと感じていた。