繋いで繋がる

「まずい!!遅れる!!」

息を切らせ、凪は走る。プールから上がったばかりの、まだ水を滴らせる髪をそのままに、ジャージ姿でグラウンドへと走る。
そして人を掻き分けた先の視界に映ったのは、一匹の青い龍だった。

「……すごい」

龍と共にゴールネットを揺らしたシュート。それを打ち出したのは染岡だ。ガッツポーズを決めている。
凪興奮のあまりに頬を紅潮させぴょんぴょんと跳ねた。それに気付いた染岡は凪に向けて親指を立てる。
染岡の様子に気付いたのか一緒にいた円堂と半田が凪の方を見た。円堂はパアッと顔を輝かせると手を大きく振る。半田はそれに肩を竦めると染岡と同じように親指を立てるのだった。

「なんか、良い感じか……?」

先制点を取った上に、自信満々のチームの空気に心配は杞憂だったか、と凪は腕を組む。
いつの間にか豪炎寺がチームに入っていることは驚きだった。
ここ数日、市内大会に向けて水泳部に掛かりきりになっていたためサッカー部の様子は良く分かっていなかったのだ。練習メニューの作成から備品管理、個人練習と目まぐるしく過ごしていた。染岡の機嫌が悪いことは察知していたが、それを聞き出す余裕は凪には無かった。
部内で軋轢が生じていないか不安があったが試合進行を見る限りは、そういったことは見受けられない。杞憂ならば良かった、と凪は胸を撫で下ろした。
再び染岡が必殺技であるドラゴンクラッシュで点を決める。スコアボードの数字は2-0、雷門優勢だ。
すると、相手チームの監督が立ち上がった。

「テメェら!ソイツらに地獄を見せてやれ!!」

それに合わせるように全体の雰囲気が変わる。
その空気に呑まれているのか雷門イレブンの動きがどんどん悪くなっていく。味方同士でマークしあったり、全くその場から動かなくなったり、明らかにおかしいのだ。
そんなミスばかりで染岡が取った二点にあっという間に追い付かれる。
更には、染岡の必殺シュートである『ドラゴンクラッシュ』が止められたのだ。
外からでもチームが内部分裂を起こしているのが見てとれた。
見ていた凪は「何してるんだよ」と舌打ちをする。今は内部で揉めている場合では無いはずだと。
そんな歯痒い思いのまま前半が終了した。
休憩のために雷門イレブンは部室へと行ったためグラウンドにはいない。そのせいで観戦していた生徒達が好き勝手に言っていた。

「やっぱりさ、染岡じゃ無理だったんだよな」
「だよな。あんなヤンキーみたいなやつには頭使ったプレイなんかさぁ」
「ッうるさい!!」

耳に入った会話に凪は反射的に大声を上げた。会話に割り込まれた生徒は驚いたように彼女を見る。

「染さんが!!どれだけ頑張ってたか知らないくせい!勝手なこと言うなよ!!」

キッと彼らを睨み付けると凪は肩を怒らせ歩き出す。その足の向かう先は先ほどまで円堂達がプレイしていたグラウンドの真後ろだ。

「シュートが急に取られるようになったり、動けなくなったのは絶対何かカラクリがあるはずなんだ……」

試合を外から見ていたからこそ何かアドバイスができるかもしれないと正面校舎に向かい合う、その位置に立ってみる。が、だからといって何かあるわけでもない。顎に手を当て、ウンウン唸りながら考える。やはり、何も分からなかった。

「『ゴーストロック』と『ゆがむ空間』か……」

『ゴーストロック』は使われると動きが止まる。そして『ゆがむ空間』はキーパーの使うキャッチ技。どちらも最初からではない。途中から使い始めたものだ。

「……何で最初から使わなかった?」

舐めて掛かっていたのか、それとも別の理由があるのか。思考は深まるばかりだ。

「はっ……その程度も分からないのか」

背後からの声に素早く凪は振り向くと目を見開いた。

「お前ら、ここまで何しに来た……!」

そこにいたのは数日前も会った帝国学園サッカー部のキャプテンの鬼道と佐久間だった。


あの重苦しそうな制服ではなくラフな私服姿であったため、凪は声を掛けられるまで気付かなかったのだ。

「敵情視察、といったところか」
「敵情視察?」

訝しげな目を向ける凪を鼻で笑い、佐久間が口を開く。

「FFに出場する可能性があるチームを念のため調べておくのは当然だろ。ま、むしろこの程度の相手に苦戦するようなお前らじゃ……」
「前にも言ったけどな、お前円堂達を馬鹿にするな!!」

佐久間の胸ぐらを掴み掛かる直前で踏み留まった。握り締められた拳は怒りのあまり小刻みに震えている。暴力に訴えるのは簡単なことだが、そうしてしまえば水泳部が部として問題視される。
悔しげな凪の姿を嘲笑うように佐久間は腕を組む。

「よせ、佐久間」
「……はい。鬼道さん」

鬼道からの制止が入ると、佐久間は大人しく引いた。

「鳴海、お前も大会があるだろ。騒ぎを起こすことは得策とは言えんな」
「そんなこと分かってる」

不満げに腰に手を当てると凪はグラウンドに目をやる。休憩時間が終わったのか、選手が中央に整列していた。
雷門からのキックオフで試合が再開される。休憩で何かしら対策はしてきたのだろうか、と見ていると初っぱなから仲間割れが起きている。
凪はその場で頭を抱えた。
ボールまで取られたのだ。間違いなくカウンターでゴーストロックを仕掛けてくるだろう。

「染さん……円堂……何してるんだよ」

この試合にはサッカー部がフットボールフロンティアに出れるかどうかが掛かっているのだと染岡や半田から聞いていた。重要な試合なのにも関わらず、仲間割れで負けるなどと言うのはツラすぎる。
心配そうに試合を見つめる凪に鬼道が声を掛けた。

「アイツらのカラクリを教えてやろうか」

思いもよらぬ提案に、警戒の色を滲ませる。
そんな凪に気を悪くするわけでもなく、鬼道は尾刈斗の監督を指差した。

「あの監督の言葉をよく聞いてみろ」

気に食わなそうに顔をしかめながらも、凪は尾刈斗の監督の言葉に意識を向ける。
意味分からない言葉を唱えているように聞こえる。が、聞いている内に一定の言葉の法則性が見えてきた。

「マーレ、マーレ、マレ、トマレ……あ!『止まれ』か!?」
「そうだ。あの入れ替わるフォーメーション、視覚からの混乱と聴覚への刷り込みが行われることによって、あの以上な状態は作り上げられている」
「つまり『ゴーストロック』はただの催眠術ってことか……」

気付けば何てことはない、ただのマジックと同じだ。だが、それにグラウンドの円堂達とが気付けるかは別問題である。今からその事実を伝えたくとも、既に円堂の目前にまで幽谷のファントムシュートが迫っていたからだ。
催眠術なんかに負けるな!円堂!と凪が叫び掛けた瞬間。

「ッゴロゴロゴロドッカーン!!!」

円堂が大きく手を打ち鳴らし謎の大声を上げる。すると、そのまま新技『熱血パンチ』でシュートを防いだのだ。
佐久間の表情は変わらずだったが、鬼道は僅かに眉を上げた。

「気付いたか」

小さく呟くと鬼道は口の端を持ち上げた。
悪役じみた鬼道の顔に若干引きつつも、凪は円堂がゴーストロックの糸口を見つけたことに顔を綻ばせた。

「やったな、円堂」

破れないと思いこんでいたものが破れた。その心理的効果は大きかった。一気に流れが雷門へと移り変わる。

「このままなら……!」

きっと勝てる。すると佐久間が口を開いた。

「シュートがアイツらに入れられるか?」

質問の意味が分からず、凪の二つの目が佐久間の片方だけの目を見る。

「ゴールキーパーもゴーストロック同様に認識を歪めている。そのことに気付いてるヤツはいるのか?」

特にあの11番は分かっていないだろと、馬鹿にするような口調に凪は眉を吊り上げた。何度も友達を馬鹿にされたことで気が立っていたのだろう。水泳で鍛えられた肺により、かなりの大声で叫んでいた。

「染さんをバカにするなよ!そりゃ、ちょくじょー型の単純かもしれないけど!でも!スゴいんだからな!」
「っうるさいなお前!」

キーン、とする耳を押さえる佐久間に凪は仁王立ちすると腕を組んだ。

「へっ、うるさいのはそっちだろ!」

と、視界の隅で青いドラゴンが空に昇っていく。ハッと凪はグラウンドへと視線を戻す。
そのボールを蹴り上げたのは染岡なのだろう。けれどゴールとは方向が全く違う。何のために、と見ていれば、同じぐらい高く飛び上がる人影があった。
その人は炎を纏わせ、染岡の蹴り上げたシュートを上からゴールポストへと叩き込む。青から赤へと色を変えたドラゴンが飛び立った瞬間だった。
染岡と豪炎寺、まさかの連携シュートに目を瞬かせていると、鬼道がクルリと何処かへと歩き出す。

「あっおい!!どこ行くんだよ!」
「結果は見えている」

そう言い放つと、鬼道と佐久間は去っていった。ぽかんとそのあとを見つめ、凪はがしがしと頭を掻いた。

「あー!!もう、アイツら本当に何なんだよ!!」

馬鹿にしているかと思えば、何故か解説する。何が狙いなのか、鬼道のゴーグルの奥の瞳は見えず窺えなかった。ただ彼女に分かったのは佐久間は気に食わないと言うことだけだ。
だが、このことを円堂達に言うべきだろうか。少しの逡巡ののち、答えは否だと結論を出した。
ようやく、大会への出場権を獲得して喜んでいる中に不粋な話は持っていきたくないのだ。
凪は一人唇を噛み締めた。

「へぇ、そしてあれが鳴海凪、ね……」

校門をじっと見つめるその背を別の誰かが見ているとは知らず。


※※※

「おーい!みんなお疲れー!」
「鳴海!」

勝利に沸き上がる雷門イレブンの前に凪がひょっこりと現れた。

「鳴海!どうだ!俺の必殺シュート!」
「見た見た!スゴかった!さっすが染さん!!」

ナイスだぜ!と染岡の周りで半田と共に騒ぎ出す。染岡の友人として、誇らしかったのだろう。騒がれている染岡も満更でも無さそうな顔だ。
その背に近付く人影があった。

「鳴海」

それは凪が今、会いたくなかった人物のものだった。呼ばれて無視することもできない。

「……豪炎寺」

病院でのことがあり、向き合ってすぐに目を反らす。気に食わなかったとは言え、あれはつつくべきことではなかったのだから。そのことを考えれば謗りを免れないだろう。
凪は何を言われようと受け入れるつもりであった。しかし

「ありがとう」
「……は?」

言われた言葉はそれとは真逆のもので、凪は困惑した。

「お前の言葉で優香の……妹の言葉を思い出せた」
「え、いや……むしろ、嫌なこと言ったし……謝らなきゃいけないのはこっちだし……」

しどろもどろに言葉を紡ぎ出す凪とは逆に、豪炎寺はただ穏やかに返すのみだ。
『カッコ悪い』
その言葉は豪炎寺に試合前にした約束を思い出させた。
一方で凪は詳しい理由は何も知らない。ただ腹がたっただけの幼稚な行動だったのだ。だからこそ後からそれを恥じていた。なので心底困惑していた。

「本当にありがとう」

そう口にした豪炎寺には、それまで彼女が感じていた『迷い』は存在しなかった。
嫌みでもなく、心からのその言葉がスッと入り渡る。
凪はひとつ瞬くと小さく息を吐いた。

「……そっか。でも、謝罪は受け取ってくれよ。じゃないとカッコ悪いだろ?」

肩を軽く竦め、カラリとした笑みを浮かべる。

「ああ、分かった」

馬が合わなそうだと思っていたヤツとまさかこうなるとは、予想もしなかったことに凪は可笑しさを感じた。
それは豪炎寺もだった。
それを見ていた円堂が不思議そうに腕を組む。

「なぁ、豪炎寺と鳴海はケンカでもしてたのか?」
「いや、なんというかなぁ……」
「ふ……」
「まぁ、色々あったんだよ。ちょっとだけ」

言葉にするには少し難しく、けれど何もなかったとは言い難いのだ。言葉を濁す凪と、口元に笑みを浮かべる豪炎寺のミスマッチさに、サッカー部員達は円堂同様に首を傾げる。
唯一、音無だけは怪しく目を輝かせているが。

「まぁ……そうだな、あのテストのことなんかも含めると俺の方が色々と優位にはいるがな」
「っげ……それはヒミツで……っと、そう言えばちゃんと名乗ってなかったよな」

なんで名前知ってるんだ?と不思議そうにすると豪炎寺は「テスト」と答える。途端に凪は顔を青くさせ、目を反らした。

「その件はヒミツに……ってことで」

そう言うと凪は豪炎寺に手を差し出しニッと笑う。塩素のせいで荒れた手だった。
突然の行動に豪炎寺は目を丸くした。

「改めまして。鳴海凪、雷門中水泳部のハイパーカッコいい部長だ」

行動の意味が分かったのだろう。豪炎寺はフッと笑いその手を握り返した。

「豪炎寺修也。サッカー部の……現エースストライカーだ」