第二回服どうしよう問題は、今回もどうにかなった。家中の箪笥をひっくり返したところ、なんと以前遊びに来た友人の忘れ物を発掘したのだ。当人に鬼のスタンプ爆弾をお見舞いして叩き起こした後、使ってもいいとの了解を得たので二人に着せた。丁度いいサイズで良かった。そうじゃなければとんでもねぇ化け物を世の中に解き放つことになりそうだった気がして止まない。
それから向こうに電話して、おにぎりを食べてから簡単な現代ルールの説明をする。仮の彼等の身分についても前回同様話しておく。は組の子達よりはボロが出ないだろうと思うけれど、不安は不安だ。
元より時間はそんなに無かったが、瞬きの間に迎えが来る時は来た。
家の前に車が着く音がすると、二人は身体を強張らせる。もうこればかりは仕方ない。大丈夫だ、と声を掛け先に出てもらい、最後に玄関を出て鍵を閉めた。食満くんも、善法寺くんもは組の子たちのようにすっ飛んで行かず、出てすぐのところに立っていた。
随分、怖い顔をしているな。
暑さで目付きが悪くなってる様だが、それより視線は冷ややかだ。多分、探っている。或いは警戒心か。横顔に滲むものを感じ取りつつ私は二人より前に出る。
門の前に止まっていたのは1台の白い軽バンだ。そこからよっこらせ、とタンクトップとジャージズボン姿の壮年の男性が降りてきた。
男性はこちらを見ると目を丸くした。
「おう孫、こっちの奴等が電話でいってた奴らか……?」
視線は私の後ろ。つまり食満くんと善法寺くんに向いている。
「うん。二人とも、この人は赤松さん。今日のバイトの雇い主」
おう、と赤松さんは軽く手を上げ答える。
赤松?と食満くんが呟いた。何か障りのある名前なのだろうか。頭だけ振り返ると、彼は少し考えるような素振りのあと、何でもありませんと言った。
なるほど、分からん。分からんが、二人を紹介しないとバイトへは行けない。
が、そこで私ははたと気付いた。これもしかして食満くんと善法寺くんのフルネームは言わないほう良いんじゃないかと。昔の人物ということは万が一、億が一、子孫に当たる人と出会ってしまう可能性だってある。そうなったら確実に面倒事が生まれるかもしれない。ポポポポーンと浮かんだ可能性を回避すべく、私は言葉を続けた
「赤松さん、こっちは従姉妹の再従兄弟の甥っ子のそのまた従兄弟の……善法寺シンデレラ伊作くんと食満・フェアリーゴッドマザー・留三郎くんです!!」
「「違いますッ!!」」
速攻で訂正が飛んできた。
二人は拳を握り締め、私の隣に並ぶと声を張り上げた。
「善法寺伊作です!!!」
「食満留三郎です!!!」
「二人揃って?」
「「六年生は組です!」」
「おー息ぴったりー!」
パチパチと手を叩く。これがコンビネーションの強み。なるほどと感心すれば、二人は頭に手を当てた。頭痛が痛いみたいな顔だ。
「何言わせるんですか!!」
「何させるんだアンタは!!」
「なんとなく雰囲気かな!!!」
腕を組んで言えば、食満くんも留三郎くんも片足を上げたままひっくり返った。何でだ。
そんなこんなで車に乗り込んで揺られること大体1時間。たわわに実ったミカンの木が建ち並ぶ、本日のバイト先に到着した。
乗っている間、落ち着かない二人に挟まれながらで正直息苦しかった。若干、三徹が身体に来ているのもあるかもしれない。基本的に早寝早起き提出物は余裕を持って出すタイプなので。徹夜して何かすることが少ないので、徹夜しての活動に慣れていない。エナドリを飲めばなんとかなるのか、それともなんとかならないのか。まだギリギリ二十歳じゃないのにこの有り様だと、これから先が不安になる。一定の年齢からガクッと無理ができなくなると聞くし。
車を降りてから、目の前に広がるミカン畑を眺めながら腕を伸ばす。首と肩から人体で鳴ってはいけない音がした。
「随分すごい音ですね」
「そりゃ、ずっと調べ物してたからね」
善法寺くんに苦笑いを返す。
右手を首に当て、緩く回すだけでまた音が鳴る。
「学園だったら、お灸をしてあげられたんですけど」
「灸って……そんなことまでできるんだ」
「ええ、保健委員なので」
そんなことまでやっているのか、と驚きつつ運転席から降りてきた赤松さんの後を追って、3人揃ってプレハブ小屋に入る。
既に作業のために中に居た赤松さんファミリーが、やはり善法寺くんと食満くんを見て目を丸くした。
「あれま、ホントに孫ちゃんが従姉妹連れてきたわ」
ほっかむりにサングラスを掛けたファンキーファッションな赤松グランマが言った。片手でサングラスをくい、と上げると目を細める。
「随分、アンタ達似てないねぇ」
「そ、それはまぁ、遠縁ですし?男女の違いもあるし?」
「ふぅん?」
慌てた方が余計に怪しさが増すだろう。引き攣った笑みを浮かべ、『ナンカオカシイデスカネー』といった雰囲気を全力で醸し出す。なのに、ジトリとこちらを見る目はなんとも言い難い鋭さがある。これは間違いなく疑われている。
しかしドベ助といい赤松グランマさんといい、何故会って秒で疑われているのか。女の勘ってやつなのか??私には一切備わってないが??
「あ、あの!きょ、今日は俺たちが、その、ね、姉さんの家に押しかけたんで!た、タダメシは良くないからって連れてきてもらっただけで!」
「そ、そうです!」
食満くん、善法寺くんからの援護射撃だ。グランマ赤松さんはその言葉に完全ではないものの納得できたらしい。「さっさと準備しておいで」と言うと作業に戻った。
私は額の汗を拭った。何かバレたかと本当に心底ビビった。
深々と溜め息を吐けば三人同じタイミングが被った。思わず顔を見合わせて、おかしくて笑いが溢れた。
「んじゃ、男二人はこっちで俺と作業な。孫はそっちでカーチャン達とやっててくれ。ほい、軍手」
三人で笑っていれば、赤松さんが三人分の軍手を持ってきた。赤松さんはちらりと作業場を見てから、眉尻を下げて笑った。
「しっかし、お前さん達も休みだって言うのに従姉妹に連れ回されて不憫だな」
「いえ、あの、さっきも言いましたけど、こちらが押し掛けたので……」
「あれだよ、赤松さん。夏休みに入ると自分探しの旅がしたくなるやつ。ましてや受験シーズンでナーバスなら余計やりたくなるでしょ。二人ともそういうやつなんだよ」
「ああ、孫もそいやそんな時期があったなぁ」
そう、あれは私が彼らくらいの年齢の時だ。両親と進路について喧嘩になり家を飛び出したことがある。本当に些細なことだったのに、許せなかったのだ。だから夜だと言うのに、オーロラを見に行くと宣言して自転車で街を疾走した。結果として祖父母及びご近所に多大な迷惑をかけて捕獲された。
しかし、よくよく考えればあの程度の装備で自転車で国を越えようなんて、昔の私は浅はかだった。今ならやれる。
閑話休題。
私は腕を組むと大袈裟に頷いてみせた。
「そうそう。だから私は頼れる歳上としての責務を果たしてるのです」
「頼れる、ねぇ……。お前さん、今何歳だ?」
「こないだ前撮り写真見せたでしょう、赤松さん。数え二十歳です!」
「ってことは二十歳にギリギリ届いてねぇな」
「実質二十歳でしょ」
ちゃんと君らより歳上だよね?と二人を見れば、大きく瞳を見開いていた。
もしかして、そんなに驚かれるレベルで歳上に見えていない?いやそんな馬鹿な!?愕然と全身を震わせると、ハッとした顔で二人は手で口元を押さえた。
認識できていなかっただけで、二人にとってはそうらしい。
更に細かく震えているとソっと私の肩を、赤松さんが優しく叩く。
「まあ、お前さん達、今日の報酬としてコイツに上手いもんでも食わしてもらえ!そんでしっかり腹一杯になりな!」
「慰めてくださいよそこは!!」
※※※
暑い日差しの中、二人が忙しなく働いてるのを日陰で申し訳なく思いながら、ミカン選別の手を動かす。
遠目で見える限りやはり忍者だからか、動きがいい。食満くんも善法寺くんも、理解が早いし素直だから教える側も楽しそうだ。
……時折、善法寺くんの不運が発動したと思われる声が響いてくるが、まぁ御愛嬌ということで。
お昼には二人とも汗だくで戻ってきた。指南役をしていた赤松さんとも打ち解けたのか、ニコニコ話している。ちょっとはよかったのかなぁと思いながら、赤松さんが用意してくれたお握りを頬張る。
そこであ、と一つ思い出した。
私はすすす、とマダム赤松さんと赤松グランマの間にお邪魔して、二人に訊ねる。
「マダム赤松さん、赤松グランマ、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」
「あら、何かしら」
「なんかこの辺ってタイムスリップ関連の伝説とかありましたっけ」
赤松さん家はそこそこ続く古い家の筈。何かしら、タイムスリップに関連する土着の伝承なんかを知っているかもしれない。二人は何を突然と訝しんでくるので「チョット、ダイガク、カダイ、レポート、ツマッタ」と話せば仕方ないわね、と言う顔をされた。
マダムが少し考え込んでから、頬に手を当てた。
「そういえば、昔オカルト雑誌に孫ちゃんの家の辺り載ったことあるのよねぇ」
「あのロクデナシ雑誌だね。もう何十年か前じゃなかったかい?」
「ろ、ロクデナシ雑誌って……」
ノストラダムスの大予言だのなんだのを載せていたらしいので、赤松グランマからはそういう評価になるらしい。そういうゴシップ誌は知らないわけじゃないが、今回の話は初耳だ。
「『現代に蘇る忍者!』って記事でね、近所だったからよく覚えているわ」
「ニンジャ……」
そしてまた、随分タイムリーな内容だ。
三徹の間に読んだ記憶は無いので、見落としていたのかもしれない。いや、そもそも検索するのにタイムスリップだけで、忍者出没で調べなかった私の落ち度だ。その時の雑誌をあとで図書館に取り寄せできないか聞いてみよう。
「あの、俺も一緒に聞いても良いですか?」
後ろから来た食満くんに、赤松の御婦人達は一人はにこやかに、一人は口をへの字にしながら頷いた。
「実はそういう話、興味があるんです」
年頃の少年っぽく彼は表情を作った。
成る程?これはあれだな?は組の良い子が言ってたナントカの術ってやつだな?流石に上級生ともなると随分自然だ。
そのことにマダムは気付くことなく嬉しそうにする。
「あらあら、やっぱり右目が疼いたりする時期なのね」
「ゔ……!!」
ね、お孫ちゃん、と突然のキラーパス。要らない言葉が突然刺さり私は斜め下を見た。
「右目?」と心配そうな食満くんと、赤松さんと話しているはずの伊作くんからの視線が痛いが、聞かなかったことにして欲しい。怪我ではないので。心の怪我は負ったが。
「そ、そういうのは置いといて、内容ってどんなのか覚えています?」
「そうねぇ……」
私の問いにマダムはお茶を啜ると、頬に手を当てた。
「ほら、お孫ちゃんのお祖父さんの家がある辺り、土地開発だのなんだのって騒いでいるでしょう?昔もあったのよ」
「土地開発が昔も……」
「そう、その時推進してた人達は色々黒い部分が分かって、逮捕されたんだけど、どうにもそれが全て忍者がやりましたーって話みたいでね。夜逃げしようとした人を追い詰めたりしたって噂があるの」
過去に似たようなことがあったのは分かったけれど、それは嘘くさい。忍者が早々いてたまるか。流石、クソ雑誌愛好家の赤松グランマがロクデナシ雑誌と評するだけはある。
食満くんがこそりと耳打ちする。
「天女さん、土地開発ってのは一体何ですか……?」
「うーん、まぁ、君が心配すべきことではないよ。大丈夫、こっちでどうにかすることだから」
「本当にそれは信じて良いんですか?」
その問いに、私は曖昧に笑った。
多分、土地開発と彼らとの因果関係は無さそうだし、何よりこれは『今』の私と地域との問題だ。巻き込むわけにはいかない。
食満くんは納得してなさそうだった。それでも、自分の中に落とし込んで、小さく頷いた。
「あと、ついでに聞きたいですけど、あの辺の天女伝説とか、何か知りません?」
「天女……ってあれ?能の演目の?」
「そうですね。あれって能の元になった話以外も地方とかで色々あるでしょう?この辺とかもあったら面白いなって思って」
すると、赤松グランマがサングラスを指で下げるとこちらをジッと見た。貫禄を感じさせる双眸に、どきりと心臓が跳ね上がる。
「『天女伝説』っていうんなら、アンタん家のが詳しいんじゃないか?」
「え?」
「なんだったか、ウンタラカンタラフンドシにアンタん家が載ってるとか載ってないだかで、学者先生が来たって、ジジイが昔文句垂れてたよ。そんで『天女伝説なんぞ知るか』って」
「なんて??」
フンドシ??フンドシに家の名前が乗っているって何?上に乗ってる?どういうことなの?フンドシ天女ってこと?全く分からないんだが??
走るシナプス混乱する電極、これがカオスの極み。
脳内で颯爽と走り去る陰陽師スタイルの祖父の幻影に頭痛がする。
だめだ、私はそっち方面の知識はまるで無いので考えても考えても答えが出ない。むしろ暑さとは寝不足で気持ち悪くなってきた。これ以上、今日は考えるのは辞めておこう。吐きそうだ。
一瞬目が合った食満くんも、訳が分からない顔をしていた。こちらを見て、分かりました?と訴えていたのが伝わってきたが、本当に申し訳ないが1ミリも分かっていないんだ。フンドシに名前が乗っている。この謎を解明するまで、何も私は言えない。
グルグルする頭で、その後も夕方まで仕事をして、クタクタになりながら家まで送ってもらう。二人も流石に帰る頃には疲れが見えていた。
家の前で白い軽バンを見送り、これで今日のバイトは終わりだとやっと安心する。
「ごめんね……なんか、疲れることに巻き込んで」
玄関の鍵を開けながら二人に謝る。
「いえ、このくらいどうってことないですよ」
食満くんは強がってみせるが、明らかに声に疲れが滲んでいる。背中越しでもそれはよく分かった。
これまでのことを考えれば、彼らが帰るのは明け近く。多少寝る時間は今からでも取れるだろう。せめて、夕飯を準備している間には、休んでもらおう。鍵が開くなり、引き戸をガラガラと開いて、二人に先に入るよう促す。
「お先どうぞ。荷物持ってるんだから」
食満くん、善法寺くんの二人の両手には持ってけと赤松さんに持たされたミカンの袋がある。しかも全部ミチミチに詰まってる。やめてくれと言ったのに持たされてしまった。
「ええと、それは悪いような……」
「全然いいよ、善法寺くん。家主は仮でも私だし、気にしないでいいから。君たちの方が、疲れているんだからさ」
いたずらっぽく軽く肩を竦めて片目を瞑ってみせると、二人が息を呑んだ。
「あの、天女さん」
思い悩むような目をした善法寺くんが言った。
その瞬間だった。
「あ」
パァンと弾ける音がして、善法寺くんの持っていたミカンの袋が両方弾けた。何を言っているか分からないかもしれないが、弾けたことだけは分かった。
香る柑橘の香り。迸る果汁。
そしてその果汁が善法寺くんの目を直撃し、体勢を崩す。
それを支えようとした食満くんだが、彼にも果汁の洗礼が襲いかかった。
獣のような叫びを上げ、目元を押さえる食満くんは不安定な体制のまま善法寺くんと共に何故かこちらに突っ込んでくる。
そして。
「は?」
ビリィ!!!と布の割ける音を残して、二人は姿を消した。
伊作と留三郎は静か空を見上げた。夕日が酷く目に染みる。いや、もしかするとミカンの汁がまだ染みているだけなのかもしれない。
……やっちまったなこれ。
二人は、手に持ったものに視線を落とす。
二人でそれぞれ一つずつ手にするそれは、天女の袖の成れの果てだった。