おれはコイツと旅に出る

※ネームレス主

やっべ、ここゲームの世界じゃん
そう気付いたのは密猟者の手により誘拐され、檻に投げ込まれた時だった。同じ檻の中で密猟者により捕獲されたポケモン達は牙を剥き出し私を威嚇している。
これ死んだわ
前世は享年22ピッタリ。ポケモンは生まれた時からあったがアニメ、しかもアドバンスジェネレーションまでしか見てない。なのでゲームシナリオだとか、地方毎の詳しいことはそんなに分からない。だが、スーパーマサラ人は分かる。10万ボルトとか前世の人間受けたら普通に死ぬのを余裕で受けていたからね。それを考えると従兄弟はスーパーマサラ人の系譜になるのだろう。ダンバルの突進を笑いながら受け止めていたから。
と、思考をトリップさせたがそうしたところで今が変えられるわけでもなく一時的な精神の逃げにしかならないのは明白だ。死んだ目の自覚を持ち、もうどうにでもなぁれ、とその場で座り込む。いつの間にか日が沈みポケモン達と距離をとったまま夜を迎えた。密猟者達は一度食料と水を投げ込んだあとは来なかった。

「おなか、空いたな」

ポツリと呟く。きっと前世を思い出したのは危機的状況に陥った精神が無理矢理叩き起こしたのだろう。
密猟者を見たのは偶然だった。両親は研究者で各地の伝説を調べている。それに私も付いてきたのだが、山に登るのに子どもを見つつ登るのは厳しい、と言うことで従姉妹の職場に預けられたのだ。夕方には帰るよ、と言われたのでその近くで私は遊んでいた。しかしその時にポケモンの悲痛な声を聞いた。心配に思った私はそれを見に行ってしまったのだ。
そこで、密猟者がポケモンをゲットするわけではなくネットで引きずるのを見てしまった。あ、と思った時には既に遅く草むらを鳴らしてしまい見つかった。そうして彼等が密猟者であると悟ったのだ。七歳程度の子どもが大人の力に逆らえるわけもなく、私は拐われた。
思い出せば全てうっかりのせいだとしか言えない。差し込む微かな光に息苦しさを覚えた。キュウ、とお腹が鳴る。前世を思い出した所で『ポケモン』という世界を全て知っていたわけじゃないのだから。
センチメンタルな気分になっていればいつの間にかよってきたピカチュウに撫でられた。

「……キュッ」

差し出されたのはポケモンフーズ。ドッグフード的なものだ。人間なのでそれは食べれない。首を振って断ると、ピカチュウは奥で縮こまるポケモン達の元へと戻る。
何やら会議しているようだ。
所でピカチュウの鳴き声ってあんなのだっけ?
首を傾げていると、ピカチュウはラルトスを連れてきた。ラルトスは私に触れると一度頷く。何か理解してもらえたようだ。それを皮切りに他のポケモン達もわらわらと寄ってくる。スボミーやらラルトスやらトゲピーがちょこちょこはねながら励ましてくれた。とても可愛いので前世を思い出して減ったSAN値が回復した気がする。

「ありがとう」

お礼を言えば肩の上によじ登ってきたピカチュウが器用に跳ねた。嬉しいようだ。
だが、ここまでポケモンがいるなら逃げられるのではないか。不思議に思い訊ねると格子には何か特殊な仕掛けがあるらしく、攻撃すると反射される、と身ぶり手振りしっぽ振りで彼等は教えてくれた。「カウンター」と「ミラーコート」の二種類を併せ持ったようなものだ。ピカチュウを除けば進化前のポケモンばかり。厳しいだろう。
どうにか出たいところだが、どうしたものか。そう考え込むと何かに気付いたラルトスがぐいぐいと檻の奥へと私を押した。なされるがまま一番奥で座ると私を隠すようにポケモン達が前に出る。すると複数の足音が近付いてくる。よく聞こうと首を伸ばせば、はよ隠れろやとピカチュウに頭を下げさせられた。出会って数分だがこいつ中々心配性だな。

「おら!大人しくしとけよ!」

ガチャと檻が開く音と同時に何かが叩き付けられる。

「あ?あのガキどこ行った?」
「ポケモン共に食われたんじゃねぇか」
「ちっ……女のガキだったしそれなりに顔も良かったから高値で売れただろうにな……」
「仕方ねぇ。それよりこのコイツだ!色違いに珍しい技を覚えてるんだ、他のポケモンよりも高値で売れるだろうよ!」
「ああ。さっそく得意先に連絡だな!」

下品な笑いを溢しながら密猟者達は離れていった。
すぐさまポケモン達は投げ込まれた子へと駆け寄った。私もそれに続く。
そこに横たわっていたのは猫のような犬のようなポケモンだった。何度かアニメでもみたことがある。けれどその時とは色が違う。少しくすんでいるが金色に輝く体毛がそれは美しい。だが、四肢に怪我を負っている上、意識が無い。普通に考えてもヤバい。本来ならば「きずぐすり」を使うのだろうけれど、私はまだサトシみたいに旅立つ年齢でないため持っていない。でも、それでもそのまま放って置くことはできない。私は肩の上に乗っているピカチュウを見た。少なくとも私よりは力があるだろう。

「ねぇ、キミ」
「キュッ?」
「私のズボンの裾をちぎれる?」

幸いにも私の服装は長袖長ズボン。全ての袖と裾を破ればス◯ちゃんスタイルになるが、命に比べれば安いものだ。いざとなればこう言えばいい。タイプ:ワイルドになったのだと。
ピカチュウにちぎるのを頼んだのは衣服が丈夫すぎるからだ。さすがポケモンの世界。衣服の頑丈さは一般的な子どもでは破れないレベルの強さがあるのだ。ピカチュウは迷ったように頭を揺らした。

「キュキュッ?」
「構わないよ。この子の手当てをしないと」
「……ミキュッ!」

えいっ!と言うようにピカチュウはズボンの裾を破りとった。その際、何だか触手のようなものが出ていたような気がするが多分きっと気のせいだ。
そろりと近付き怪我の患部を簡単に手当てしようと触れると、その子はガバリと身を起こし距離を取ると牙を剥き出し唸る。

「ガルルッ」

今すぐにも噛みつきそうだ。手当てしようにも近付けない。
どうしよう、と呟けばラルトスとピカチュウが前に出た。

「キュッ?キュキュッ!ミキュッ!」
「……!」
「ガルルルルッ!!」

分からないが、何か話してるのだけは分かる。
手当てさせてくれないかなーと見ている内に私は気付いた。この金色の子、なんとなくピカチュウっぽいな、と。カラーリングが金色に黒でちょっとゴールデンなピカチュウなのではと思ったのだ。それに相対する触手っぽいものをだしたピカチュウ。ピカチュウって鳴き声のパターン多いんだな。
謎の感動を覚えている内に会話は終わったらしい。少し警戒しながらピカチュウ(似のポケモン)が近付いてきた。手早く手当てを済ませれば遠慮がちに手を舐められた。その時にぴりりと痛みを感じて見てみれば、いつの間にか怪我をしていた。申し訳無さげなピカチュウ(似のポケモン以後、ピカチュウ2とする)から察するにこの子が起き上がる時に爪が擦ったのかもしれない。
いいよ、それくらい。
そう伝わるように微笑めば、「ガウッ」とその子は鳴いた。
そうやって和解できたのは良しとしよう。だが、一番の問題はここからどう脱出してジュンサーさんの元に行くかだ。檻の格子を壊すのは容易ではないし、密猟者達は二人組だ。スーパーマサラ人ならば話は別だろうが私は一般人だ。従兄弟はマサラの血を引いているのに。
よじよじと肩に登ってきたピカチュウにダメ元で話し掛ける。

「ピカチュウはあの人たちに10万ボルトとかできる?」
「キュッ!?」
「怖い?」
「キュ……ミッキュキュ」
「そっか、できないか……ラルトスはテレポートとか使えない?」
「……」
「だめかぁ……」

積んだ。と膝を抱え込むとピカチュウ2がクッと伸びた。その瞬間にパチパチと淡く光る。金色の毛並みなので余計に煌めく。ふとその光景を見て思い付いた。夜の今だからこそできる。

「ねぇ、キミ」

ピカチュウ2がこちらを見る。

「もっと光ったりできる?」

※※※

「じゃあ確認するよ」

私が立てた作戦はこうだ。
まず、みんなの鳴き声で密猟者をおびき寄せる。10匹以上での鳴き声だ。さすがに来るだろう。そして相手が来たところでピカチュウ2がめちゃくちゃに光る。密猟者達の目が眩んだところをピカチュウとトゲピーが仕留める。あとはエスパータイプのポケモン達にねんりきで押さえてもらう、というものだ。正直私は何もできることがないのがとても申し訳ない。
危ないことを任せなきゃいけない、それを謝ればピカチュウやピカチュウ2は気にするな、と鳴いた。

「成功、させてみせる」

その声に背中を押され、唾を呑み込むとポケモン達に合図を出す。

「みんな、『なきごえ』!」

一斉に彼等は声を上げた。私は耳を押さえ縮こまる。目論み通り来てくれるかは賭けだ。二人の内一人しかいないかもしれないし、もしかしたら二人以上いるかもしれない。でもやらないよりはやった方がいい。
ピカチュウがちょいちょいと触手っぽいものでつつく。どうやら相手は引っ掛かったようだ。
鳴き声がうるさいので相手の怒鳴り声が聴こえないのは精神的に良かった。無理矢理にでも静かにさせようとしたのか、彼等は檻の扉を開けるとリグレーを出した。リグレーはエスパータイプ。広範囲に催眠術をかけてくるのかもしれない。まだ中に入ってきていないが、やらなければやられる。

「光って!」
「ガウッ!」

ピカチュウ2に合図を出すとピカチュウ共々ギュッと目をつむった。目蓋越しに光が炸裂した。
間髪入れずピカチュウとトゲピーに合図を出す。

「ピカチュウ!トゲピー!今!」
「キュ!」
「トゲップリィ!」

ぐえっとカエルを潰したような声がした。いつの間にか鳴き声が止んでいたのでハッキリ聴こえた。恐る恐る目を開ければ、実際地に伏せった密猟者達と宇宙人。どうやら完全勝利のようだ。ねんりきでラルトスやエスパータイプのポケモン達により檻の中に運ばれ、それと入れ換えに私達は外に出る。鍵を閉めてしまえばあとは逃げるだけ、とピカチュウと話しているとツボミっぽいポケモンが何か粉を密猟者達にかけていた。が、私は何も見なかった。見なかったったら見なかった。
がちゃりと鍵をかけポケモンに促されるままアジトらしきものから抜け出せば、見覚えの無い森の中。

「どこだここ」

母親のフィールドワークで来ていたのはシンオウ地方。そらをとぶを使われた記憶はないので地方は変わらないと思うが、土地勘がない。何せ私はイッシュ地方出身だ。ゲームやアニメで出たのかしらないが、こことは違う。けれど早く離れないと密猟者達が出てくるかもしれない。

「ミキュッ!」
「ピカチュウ……」

大丈夫!とピカチュウは無くと肩によじ登る。足元にはピカチュウ2が寄り添う。
その時だった。

「……!」

聞き覚えのある遠吠えがした。これはお母さんのポケモンだ。段々とそれは近付いてくる。
もう大丈夫だ。
そう思ったら力が抜けた。

「ウィンディ!誰かいるの!?」

あれはお母さんの声だ。
近くにいたポケモン達は新たな人間の声に身体を強張らせるが、それを落ち着かせるため肩のピカチュウを抱き締めた。

「あれはね、私のお母さんだから平気だよ。みんなのこと助けてくれるよ」

ラルトスが角をピカピカと光らせるとくるりと回った。この子には通じたらしい。そこから広がるようにポケモン達に嬉しそうな空気が広がる。
ああ、夜が明けていく。登る朝日を背に駆けてくる勇ましい姿を最後に私は意識を失った。

※※※

知らない天井だ。
真っ白な天井に薬臭い部屋。下半身の辺りに重みを感じた。布団の中を覗きこむと四つの目があった。

「……へ」

どーん、そんな効果音が聞こえそうな勢いで布団の中から何かが飛び出す。目に入る色は黄色と金色。とりあえず息苦しいので剥がすと、張り付いていたのはピカチュウとピカチュウ2だった。

「ミキュッ!」
「ガウ!」
「……キミたち無事だったんだね!」

ギュウッと二匹を抱き締めればどちらも嬉しそうに鳴いた。しばらくそうやってじゃれていると、ふと思ってしまった。
アニメの世界なのか、ゲームの世界なのか分からないが、誰かに創られたものだとすれば私も誰かが造り上げたナニカになってしまったのだろうか。その途端に何もかもが恐ろしくなった。このポケモン達ですら、アニメならばシナリオで、ゲームならばプログラムで。こうして好意を向けてくれるのもそうなのではないか。前世を思い出してしまったからこそ、おぞましい考えが離れない。
怖い。今目にする、触れている全てが。
まるで世界に1人、異物になってしまったようで、何もかもから否定されている気がした。
その恐怖を感じ取ったようにピカチュウが頭に乗り、ピカチュウ2が頬を舐める。ここにいるよ、と寄り添うようだった。
ぽろり、と一滴。世界が滲むのは一瞬。頭の上の重みと、頬の暖かさが私を肯定した。
それからすぐにナースが来て、両親が来て、簡単な検診の後に退院することが決まった。元々、怪我も大したものではなかったらしいが、気絶していたことや誘拐されたことで大事をとって入院していたらしい。

「退院、しても良いけれど本当に大丈夫?」
「はい、身体はつらくないので」
「無理しなくていいんだよ?」

何故か医者や両親からは異様なまでに心配された。前世の記憶が出てしまったからか変に落ち着いたからだろう。それ以外の理由はトイレに行く際に気付いた。

「うっわ」

目のハイライトが消えていた。所謂レイプ目だ。これはまともな大人は心配する。それまで元気でキラキラおめめ幼女がレイプ目幼女になればそうなるな。あれなことを誘拐犯、もとい密猟者にされたと考えても仕方無い。
ちなみに彼等はしっかり捕まった。他の地方でも似たようなことを繰り返していたらしく、かなり重い罪に問われるとか。ポケモン達は一部の子を除き生息する地域やブリーダーのもとに返された。ピカチュウとピカチュウ2は私から離れなかったらしい。野生のポケモンだが場合が場合なので無理に引き離すのも、と思ったらしく側に居させたのだと聞いた。
この二匹をゲットしたいかと聞かれれば分からない。ただいつの間にか二匹は両親からボールを掠め盗り私の前に置いていたのは、そういうことなのだろう。無理には入らずこの世界に馴染めるまで待ってくれる、と思っている。

「よし」

帽子を被り、上着を着る。
今日は引き伸ばされ続けた退院日だ。ハイライトは帰ってこなかったが、精神的に安定してると判断されようやく帰れることになった。両親共に忙しいのにそれは心配して一緒にいてくれたのだかろ申し訳ない。

「大丈夫か?」
「うん、平気」
「そっか。じゃあ行きましょうか」

頭の上にピカチュウが乗る。足元にピカチュウ2が寄り添う。手を振ってくれるナースに頭を下げ、タクシーに乗った。
ぼんやりと空を見上げればムックルの群れが飛んでいる。長閑だ。窓ガから燦々と差し込む光が嫌なのかピカチュウが服の中に潜り込んできた。くすぐったい。そんな穏やかな空港への道すがら、父が苦しそうに口を開いた。

「なぁ、なら旅に出てみないか?お父さんの従姉妹達のところならそれなりに安全だし」
「まだ7歳だよ」

公式に旅に出られる準成人が十歳だ。まだ三年
ある。

「1人であちこちを回るんじゃなくて従姉妹の所に行くだけだよ」

母が言った。

「お父さんと話したんだけどね、私達も常に一緒に入れるわけじゃないから……ごめんなさい」

今回の事件のせいだろう。全て私の不注意が原因であるし、何より性格に影響が出たのは前世の私のせいだ。二人は何も悪くない。
嫌だと小さな私が声を上げるがそれを殺した。

「気にしないで、お父さん、お母さん。それで何処に行けば良いの?」
「フスベの従姉妹のところだよ。そこまでは送るからね」

フスベにシンオウから行くとなるとかなりかかる。そこまでは仕方無いのだが、一つ懸念事項があった。

「でも父さん、私34人くらいまでしか判別できないよ」
「お父さんも100人以上は分からないから」
「ねぇ、お父さん、何でポケモンセンターのジョーイさんやってる従姉妹はみんな顔同じなの?」
「それはお父さんも分からない」