帰ってきたのは昼前だったか。そのままアキの上で寝た後起きた頃には時計は16時を示していた。

「…やっと起きたか」
「あぁ、アキごめん。ずっと上で寝てたな俺」
「いいや、いい…」
「……」
「……」
「……あの、もう離しても大丈夫だけど…」
「嫌だ」

 正直身に覚えがある事が多すぎて、アキと会ったら怒鳴られるとばかり思ってた。
だから帰ってくるなり寝ているフリをしていた俺に気づかず、擦り寄って興奮してる姿や、今も離れたくないのかぎゅっと抱きついて拗ねているアキに拍子抜けした。でもそんな姿が可愛くて、頭を撫でて甘やかしたくなる。

「……ったかった…」
「え?」
「会いたかった、ずっと。連絡よこさねぇしどこ行ったのかも知らなかった。いつ帰ってくるとか死んで帰ってきたらどうしようかって、思ってた」
「心配させてごめん」

 睨みを効かすアキは「ばーか」と、結構な力でデコピンをかましてくる。ばちんって音がして普通に痛い、腫れそう。「いてぇ」と自然に出た俺に鼻で笑うアキはざまぁみろとでも言いそうだった。まぁこれぐらいで済むならいいか。

「退け。風呂入れてくる」
「あぁ風呂沸かしてある。待ってる間に待てなくて寝た」
「じゃあ、先入ってくる」
「えーアキ、一緒に入ろうよ。俺んちの風呂なら二人で入れるし」
「お前が入ってる間に飯作ろうと思ってたけど…」
「アキは計画的すぎ。一緒に入ろう?な?」
「わかったよ…先に洗濯機回すから服脱げ」
「はーい」

 アキの上からようやく退いた俺はそのままベット脇に立ってワイシャツとインナー、それにズボンと靴下も脱いでパンツ一枚になった。背中に痛いぐらいの目線を感じて後ろを見ればまだベットの上で服を着たままのアキと目が合う。

「アキ、見過ぎ」
「ちゃんと飯食ってたのか」
「あぁ…まぁまぁ」

 見られてたのはそのせいか。確かに制服のズボンが緩くなった感じはしていたし、腰のところから骨が浮立ってるようには見える。ここ数ヶ月の辛かった日々を思い出すと気持ち悪くなって胃液が出てきそう。元々必要な量以外は食べるタイプじゃないが、正直食べても吐き出してしまうような日もあってまともに食事する気にはなれなかった。

「…ふぅん、まぁいい。これから食わす」

 それから服を脱ぎ始めたアキもパンツ一枚になって俺が脱いだ服も持って先に洗面所の方へ向かう。

「佑月、着替えとか頼む」

 アキが居る日常がかえってきた事が嬉しくて。ついつい先を歩くアキの手を捕まえてみる。それから背中にキスして「洗いっこでもするか?」とふざけて言ってみた。驚いた顔をして振り向いたアキが、顔を上下に振って嬉しそうにしたのが可愛くてまた頭をひと撫でした。


---


 湯船はアキの家より広くて、男二人で入っても充分な広さはある。それから洗い場には椅子が一つ。そこへ座るようにと、アキに肩を掴まれたので、最初は俺から洗われるみたいだ。

「全然取れねぇ。帰ってきたらまず風呂ってずっと言ってるよな」
「あはは、眠くて」
「はぁ…結構擦るから、痛かったら言えよ」

 それなりに時間が経った悪魔の返り血は固まって中々取れないらしい。
それでも俺の顔についた汚れを、水とスポンジを使って丁寧に優しく落としてくれるアキ。優しいよなぁ本当に。
髪の毛洗ってる時は「痒いところないか?」と聞いてくれたり、身体はスポンジにいっぱい泡を作って背中も腕も足も丁寧に洗ってくれるアキ。
それから恥ずかしそうに素手で俺の下半身を洗うアキの手がもどかしくて、俺も手を重ねて一緒に洗った。

「勃たせんなよ、変態」
「アキがそうさせるんだろ」

 顔を真っ赤にしてるアキが可愛くてこのままシてもいいかなと思ったりもしたが我慢した。大人だからね、俺だって。
それにうまいこと隠してるつもりだろうが、俺の背中に当たるのはアキのだろう、自分だって勃たせてくるくせに負けず嫌いなやつ。

 それからシャワーで綺麗に洗い流してもらって俺と場所交換。

「し、下は自分でやる」
「まぁまぁ俺に任せろって」

ちゅっと触れるだけのキスをアキにする。
スポンジを使えだとか、手の動きがやらしいだとか散々文句は言われたものの頭から身体それに嫌だ嫌だと泣かれたが、アイツのシャワー浣腸まで手伝ってやっと湯船に浸かった頃にはアキははぁはぁと息を切らしていた。
 アキの背中越しに俺がいて、アキはなぜか体育座りをしている。足伸ばせばいいのに。変なやつ。
ふぁと大きな欠伸をして、湯船に沿って腕を伸ばすとすぐにアキに左腕を掴まれた。まずい、と思った時にはすでに遅くて「また悪魔と契約したのか」と、関節が1つ足りない左薬指を触られる。

「あ!あんまり見せない様にしてたのに」
「流石に気づくだろ」
「だよなぁ…でも長くなった方だよ。あと一週間あれば治るかな」

 俺が契約している蜥蜴の悪魔の力【自切】によって、俺が意思を持って切り落とした部分はある程度の箇所であれば再生されるが、何せ時間がかかる。

「だから会わなかったのか、俺と」
「だってアキ怒るだろ」
「馬鹿か、普通に隠されてる方が怒る」

 アキが言った通り、俺はこの指が完全に治るまではアキと会うつもりはなかった。

「狐で、って言ってた」
「あぁ…そこまで知ってんのか」
「…」
「実家の稲荷神社に行ったらたまたま狐の悪魔の嫁入りを見ちゃって、まぁ運が悪いってなんの」
「…」
「俺んちの言い伝えでは、狐は嫁入りの時、人間にその姿を絶対見られてはいけないっていう掟があるんだ。それを見たから…まぁ、暴れ始めちゃって。そしたら戦ってる間に女狐に気に入られて。契約したってわけ」
「…契約の内容は」
「嫁にしてほしい、って言われたけど…そうもいかないだろう。力を使わせてもらう代わりに何がほしいかって聞いたらじゃあ左の薬指が欲しいって」

 蜥蜴を呼んで「自切」を唱えれば、血も出ずにその場所が綺麗に切り落としできる。狐といえども、花嫁姿の狐は二本足で立っていて体格はかなり人間に近しい。差し出した俺の薬指を噛む事もなく呑み込む姿が、夕刻の提灯に照らされてあまりにも美しくて心を奪われた様に見惚れた。

「気に入らないな、その話」

 湯船の中で、急に体の向きを変え俺の方を向くアキ。手にはまだ俺の左腕を掴んでいて、アキの赤い舌が見えた。えっちだなぁなんて考えてたらそれで俺の薬指をぺろぺろと舐めてくる。
 チロチロ遠慮がちに舐めたり、べろっとひと舐めしたり。まるで猫みたいな行為を見てるのは楽しくてしばらくアキの好き勝手にさせてみる。俺の指はアキの口内へ。アキの生暖かい舌の感触がしてかなり気持ちが良い。
 それから口内でも舐められたり赤ちゃんみたいに吸ったりされるのがくすぐったくて名前を呼んで声をかけるもアキは俺の手に必死でその声も聞こえてない様だ。

「アキ、」アキの濡れた前髪をかき分けて、目元にキスをする。「ん、」と声を洩らしたアキはようやく俺の薬指を離した。見る感じ薬指はしわしわのべたべたで気持ち悪い。

「佑月」
「ん、なにアキ……って…え、アキちょっと待って待って」

 アキは俺の薬指の根元を軽く噛んで、歯軋りをする様にギシギシと歯をどんどん食い込ませてくる。
嘘だろ、そのまま噛まれたら流石に痛いんだけど。
俺の嫌な予感は的中し、信じられないぐらいの笑顔を向けたアキに思わず顔が強張った。
「……っ!!!」声にならない声をあげて、アキが力を入れて噛んだ場所に激痛。指もげてるんじゃない、これ。まじで痛い!!!!

「ここは俺のもんだ、って女狐に言っとけ」
「し、信じられんねぇ!クソいてぇ!!!!」
「うるせぇ、反省しろ。俺は先上がって飯作ってる」

 アキがいなくなった湯船に浸かり、広くなった分だけ寂しい気持ちになった。
さっきまでアキ、あんなにぺろぺろして可愛かったのに、指を噛まれた痛さがやばすぎて、少し勃ちかけてたのもさすがに引いてきたようだ。

 反省か。
女狐の悪魔と契約した時に、指を切断した時も蜥蜴の悪魔の力を使ったから痛いわけでもない。時間が経てば治る。
…契約内容がアキは許せない様子だったが、あんなに怒ってたアキを思い出して少し嬉しいと思ってしまう俺も大概アキが好きなんだろうな。指はまだ死ぬほど痛いけど。
使えるものは使う、それはアキだって一緒だろう。

(指輪みたいだな)

 血が滲み始めた左薬指のアキの歯形を見ながらそう思った。


ー 佑月くんは、早川くんのためだったら何でも出来るよね?
あの日、マキマさんに呼び出されてそう言われた。

 俺が元々、給料目当てでデビルハンターになったのをマキマさんは知っている。
 死ななければ数年続けてキャリアが出来てから公安から民間へ移動すればそれなりの役職で転勤が出来るだろうと考えていたのに。まんまとアキに出会って今もデビルハンターなんて仕事を続けて、銃の悪魔を殺したいなんて、思っている。
 俺とアキを出会わせたのもマキマさん。今回の出張先を俺の地元にし帰省しろと命じたのもマキマさん。どこまでがマキマさんの計画通りなのか。そんなことを知ったって俺の決意が揺らぐこともないのだが。
 これからもいっぱい心配かけると思う、アキには。
それにアキは自分の傷には鈍感だけど人の傷には敏感な優しいヤツだ。 
 俺は、お前が殺したいと思ってる相手は俺だって殺してやりたい。それには俺にだって犠牲が必要だ。
 
 だからさ、もう一つの悪魔と契約したのはまだお前には内緒にしておくんだ。とっておきは誰にも教えない。

「アキに本物の指輪あげたら流石に引かれるかな」

なんて言いながら俺も風呂から出た。


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