俺は合宿のサブマネをやるらしい

しゅさいど

木兎の双子の兄。

木葉秋紀と同じクラス、三年三組。

▽▼

 春高予選の気配が、校舎のどこかでそっと息をし始める季節だ。

 昼休みになると、秋紀は弁当を静かに片づけ、「ミーティングがある」とだけ言い残して教室を出ていった。その背中は、いつもより少しだけ急いでいるように見えた。

「佑月は、少し遅れてきても大丈夫だから」
「え?」
「じゃあまたな」

 またな、とはなんだろう。俺は何か約束をした覚えがあるだろうか。


 秋紀の姿はもう廊下の向こうに消えていて、問いただすこともできない。胸の奥に、言葉にならないざわつきだけが残った。

 そのざわつきを押し込めるように、俺は焼きそばパンをかじる。購買の焼きそばパンは、妙に落ち着く味がする。メロンパンも悪くないが、今日の気分はこっちだった。そして、嫌な予感というものは、えてして当たる。

「佑月ーーーっ!!!!! 合宿!!!!! 来てくれ!!!!」

 パンを包んでいたラップを捨てようと立ち上がった瞬間、教室の空気が震えた。その声の主を見なくても、誰かは分かる。

(あぁ、やっぱり。そういう時期だ)

 期末テストが終わり、夏の合宿の計画が動き出す頃だ。“人手は何人いてもいい”なんて、軽い気持ちで言った覚えがある。あるが、あれは二年前の話だ。

「俺は今年は無理」
「頼むよ! 本当に人が足りないんだって! 佑月しかいないんだよ!」

 両手を合わせて懇願してくるのは、俺の双子の弟・光太郎。クラスメイトたちはちらりとこちらを見て、「またか」とでも言いたげに視線を逸らす。その慣れきった反応が、少しだけ胸に刺さった。

「昼休みにわざわざ来ることじゃないだろ。家で言えよ」

 周囲の視線を気にしつつ、俺は手で口元を覆って小声で言う。

「それがだな……」

 光太郎は眉間に皺を寄せ、困ったように髪をかき上げた。その仕草を見るたび、あぁこいつは本当に困っているんだな、と分かってしまう。

-去年も、一昨年も。
 俺は拒否権もなく合宿ミーティングに連れていかれ、気づけばサブマネージャーとして働いていた。
バレーに詳しくなくても、力仕事くらいならできる。そう思って引き受けたのが始まりだった。

「というか光太郎。去年はもっと早く決まってたよな?」
「あぁ、それが……最初のミーティングの日、本当は佑月を連れてかなきゃいけなかったんだけど」
「けど?」
「忘れてて……赤葦に言われて戻ったら、もう佑月いなくて」
「俺、部活入ってないしな」
「木葉も風邪で休んでた日で」
「……」
「家帰ったら絶対言うって、皆に約束してて……」
「……」

 言葉の端々が、嫌な予感をさらに濃くする。秋紀が休んでいた日なんて、ずいぶん前だ。

「一旦タイム。合宿って、うちだけ?」
「いや、今年はいっぱい来るぞ!音駒も来るし」
「へぇ……俺、今年ゼミあるって言ったよな。昨日」
「……言ってました……」
「光太郎は推薦あるけど、俺は受験なんだよ」
「佑月は頭いいから大丈夫だろ!」
「頭良くなるためにゼミ行くんだけど?」
「…佑月頼む!!!お願い!!!今年俺最後だし、佑月がいたらもっと頑張れる気がするし!!」

 ぎゅっと手を握られる。その力は強くないのに、逃げられない。
弟の必死さが、皮膚の下まで染み込んでくる。俺はまた振り回されている。そう思いながらも、結局この手を振り払えない自分がいる。

 兄に生まれたというのは、こういうことなのかもしれない。

「あ、木兎さん。やっと見つけました。ミーティング始まりますよ」

 教室に現れたのは後輩の赤葦。俺と目が合うと軽く会釈し、次に光太郎に握られた俺の手を見て、ほんの少しだけ眉をひそめた。

「あかーし、助けて」

 光太郎は赤葦にまで助けを求める。俺の手はまだ離されない。

「木兎さんまさか……」
「へへ、言うの忘れてて……」
「はぁ。俺も任せきりにしてたのが悪かったですね。佑月さん、とりあえず一緒に来てもらえますか」

 参加しない、という選択肢は、赤葦の表情にかき消された。

 俺は黙って二人の後ろを歩く。光太郎に手を引かれながら、ゼミの日程をずらせるか、自習でどうにかなるか、そんなことばかり考えていた。

 結局、俺は光太郎に弱い。

「佑月、ごめん。先に謝っとく」
「木兎さん、いつもでしょ」
「あかーしひどい!」
「俺も同感」
「佑月までひでぇじゃんかよー」

 赤葦が代弁してくれたので、俺は素直に頷いた。

 部室に着くと、ホワイトボードの「合同合宿」の文字が目に飛び込んでくる。

「なんか書いてあるんだけど、あれ何? 赤葦くん」
「合宿、もう参加することになってるんですよね、佑月さん」


【マネージャー(サブ) 木兎 佑月】

 そこにあったのは、既に書き込まれた俺の名前。
今年もまた、俺は頷くしかなかった。