昼休み、合宿についてのミーティングに参加するため、木兎さんのいる教室へ向かうが、俺は木兎さんの姿が見当たらないことに気づいた。
今日のミーティングは合宿の確認。遅れると面倒なことになる。けれど、肝心の三年エースは、いつものようにどこかへ飛んでいってしまったらしい。
あぁ、嫌な予感がする。
そう思いながら向かったのは、木兎さんの双子の兄でもある佑月さんのいる教室。三年三組の前まで来たとき、教室の中から聞き慣れた声が響いた。
「佑月ーーーっ!!!!! 合宿!!!!! 来てくれ!!!!」
やっぱりだ。教室に入ると、まず目に飛び込んできたのは、木兎さんに両手を握られている佑月さんの姿だった。
驚きと困惑と、少しの諦めが混ざった表情。その表情を見た瞬間、胸の奥がわずかに温かくなる。
双子というのは、こういうものなのだろうか。僕には兄弟がいないから分からない。ただ佑月さんが、逃げようとしない理由だけは、なんとなく理解できる気がした。
それに、佑月さん本当に今年も来てくれるんだ。と、そう思って確信した自分に、少しだけ驚いた。
「木兎さんまさか……」と、僕が言うと、木兎さんは気まずそうに笑った。
「へへ……言うの忘れてて……」
忘れていた、というより、完全に“飛んでいた”のだろう。この人は、バレーのことになると視界が一点に絞られる。その真っ直ぐさに振り回される人は多い。その中に佑月さんが含まれていることには少し同情してしまう。が、巻き込まれた側が、なぜか怒りきれないのも知っている。
「……はぁ。俺も任せきりにしてたのが悪かったですね。佑月さん、とりあえず一緒に来てもらえますか」
佑月さんは、少しだけ肩を落としながらも、静かに頷いた。その頷き方が、妙に胸に残る。
廊下を三人で歩く。木兎さんは相変わらず佑月さんの手を握ったまま、子どものように引っ張っている。
佑月さんは「逃げても無駄だ」と悟ったように歩調を合わせていた。
その後ろ姿を見ながら、胸の奥に小さな灯りがともるような感覚があった。
──また合宿に来てくれる。
その事実が、思っていた以上に俺は嬉しいらしい。
「佑月、ごめん。先に謝っとく」
「木兎さん、いつもでしょ」
「あかーしひどい!」
「俺も同感」
「佑月までぇぇぇ!」
このやり取りは見慣れているはずなのに、今日は少しだけ違って見えた。佑月さんの声が、いつもより近く感じる。
部室に着くと、ホワイトボードには“合同合宿”の文字。その下に並ぶ参加者の名前の中に、見覚えのある一行があった。
【マネージャー(サブ) 木兎 佑月】
「……木兎さん、勝手に書いたんですか」
「いや、皆で書いた!」
「それを“勝手”と言うんですよ」
佑月さんは深く息を吐いた。けれど、その表情はどこか柔らかい。
──あぁ、やっぱり来てくれるんだ。
その事実が、胸の奥で静かに広がっていく。嬉しい、と言葉にするには大げさかもしれない。
でも、確かに心が軽くなる。理由は分からない。
分からないけれど、佑月さんがそこにいるだけで、合宿が少しだけ楽しみになる。そんな自分に気づいたのは、今日が初めてだった。