日吉VS財前2

2026 04/04


「結構繁盛しとるんやな。中もピンク一色で可愛くしてるやんか」

 興味津々の忍足さんに「まぁまぁっスわ」と返し、財前は自分の持ち場へ戻っていった。
残されたのは、忍足さんと佑月さんとその姿に目を奪われる俺。
(……早く、隣に戻ってきてほしい)そんな言葉が喉まで上がってきたけれど、飲み込んだ。

「お、侑士やっと来たな!」
「謙也、邪魔すんで」
「邪魔するなら帰ってー…って、せっかく来てもらったのに失礼やな。ゆっくりしてき」

 店内――いや、教室の中と言った方が正しいか――は思ったより落ち着いていて、角の広い席へ案内された。

「結局カフェだと回転率が悪いからって、テイクアウトでチェキ2枚撮れるってしたらこんな感じになったんだよね、謙也」
「そや見てみあの列、みんな白石目当てや。だから俺もちょっと休憩ー」
「へぇ、よく考えるんやな」
「今回の売上、部内で使っていいって話になったら白石も本気になってしもうて」

 忍足さんは、従兄弟がメイド服を着ていることに一切触れない。その自然さに、逆に驚く。
テニス部の人たちは佑月さんとは違い服だけ着ているだけだった。
忍足さんの従兄弟の胸元の名札には
『浪速のスピードスター けんちゃん』
と書かれていて、思わず笑いそうになる。

「佑月は接客せーへんでええの?」
「アホか、侑士。
財前が佑月に接客させるわけないやろ。大体このメイドカフェやるって決めたんも財前やし、しかも先輩の俺らに聞かずに勝手に!
決めたくせに本人は着てへんし、なんでメイドカフェなん?って聞いたら『佑月さんにコスプレして欲しいから』って…は?なんで佑月?って思ってたら佑月ほんまに来るし、ツッコミドコロ満載や」
「お邪魔してますー!」
「佑月、邪魔するんなら帰ってーって何回やらすんかい!」

 その後少し話をしてから、浪速のスピードスターけんちゃんは“お嬢様”に呼ばれて去っていった。
大体の流れは理解した。だが――佑月さんと財前に接点があるようには見えない。

「財前とどう知り合ったんですか」
「あ、俺もそれ気になっとったわ」
「オンラインゲーム」
「オンラインゲーム…?
じゃあ、なんで佑月さんが四天宝寺の文化祭でそんな服着ることになるんです」
「先月のランキングで、どっちが上になるか勝負したら俺負けちゃって。で、その罰ゲームみたいなかんじ?
文化祭の客引き手伝ってほしいって言われて、手伝ってたわけ。っても手伝いはあんまりいらなかったみたいだけど。
あ、なんか飲む?俺、ちょっと用事あるから厨房寄ってくるけど」
「あぁ、じゃあコーヒー頼むわ」
「日吉は?」
「紅茶のストレートで」
「おっけ!」

 そう言って軽やかに厨房へ向かう佑月さん。その背中を見送った瞬間、肩の力が抜けて大きく息を吐いた。
「ため息ばっかやんな」と忍足さんが笑う。

「言ってくれてればもっとマシでしたよ。心臓に悪い」
「日吉のこと、驚かせたかったんや。
佑月ちゃん可愛かったもんなぁ」
「……可愛かったです」

 その言葉を口にした瞬間、胸の奥がじんと熱くなる。 認めたくないのに、認めざるを得ない。

「やって、よかったなぁ佑月ちゃん」

 またこの人に遊ばれた。

「あ、ありがと。あ、あとこれ」

 佑月さんの手にはプラスティックのカップに入ったドリンクが2つとラミネートされた紙が二枚。

「チェキ券。好きなメイドさんと写真撮れるよ」
「どっちも佑月ちゃん頼むわ」
「侑士ー残念だけど、四天宝寺のテニス部じゃないからチェキ券対象外」
「あぁ、だからわざわざ『ドリンク一杯頼んだらメイドさんとチェキ撮れる』って言ったんや」
「そういうこと。でも、日吉は特別に撮ってもいいよ」

 佑月さんは、俺の方をちらりと見て、ふわっと笑った。その一瞬の笑顔が、胸の奥をじんと熱くする。
(……特別、って)言葉にされると、余計に心臓に悪い。


「お疲れ様っスわー。……って、なんやもう佑月さん、戻ってたん」

 厨房の方から財前が戻ってきた。その視線はまっすぐ佑月さんへ向かい、自然と距離が近い。
 俺たちのテーブルを見た瞬間、にやっと口角を上げた。


「お、チェキ券もらったんスか。……へぇ、二枚も」
「うん。侑士と日吉に渡した」
「なるほど。……じゃあ一枚、俺が使わせてもらうっスわ」
「は?」

 思わず声が漏れた。財前は俺の反応なんて気にせず、ひょいっとチェキ券を一枚つまみ上げる。


「それで佑月さんと撮るつもりか」
「いいや、俺と日吉で撮るさかい。佑月さんシャッター押してくれます?」
「は?」「え?」


 俺と佑月さんの声が同時に重なった。財前はそんなことお構いなしに、当然のように俺の腕を掴む。

「ほら日吉、立てや。佑月さんに使わせへんためや」
「いや、なんで俺が」
「ええやん。撮ったらチェキ券一枚消費できるし」
「理由が最低すぎだろう。それにお前、メイドでもないだろ」
「でも佑月さん撮る気満々や」


 財前に強引に立たせられ、佑月さんはすでに俺たちにカメラを向けている。


「ちょ、財前――」
「はいはい、ポーズ決め。ほら、日吉。笑って」
「笑えるか!」
「じゃあ無表情でええっスわ。俺も笑わんし」

 パシャッ。チェキのシャッター音が響く。
撮れたチェキを見た財前は、満足げに頷く。

「よし。これで佑月さんとは撮らせへん。
あ、佑月さん」

 財前がチェキをひらひらさせながら、佑月さんの方へ向き直る。

「チェキ券、一枚消費したんで。日吉とは撮れへんっスわ」

 財前は満足げに鼻で笑い、今度は俺の方へ視線を向けた。

「日吉。特別って言われたからって油断したらあかんやろ」
「……っ、」
「俺も佑月さんのこと好きやから、それだけっス」

 その言葉は軽い調子なのに、妙に真っ直ぐで、胸の奥に刺さる。財前は回収したチェキ券を指でひらひらさせながら、さらに挑発するように言った。


「まぁ俺はこの後佑月さんに専属チェキ撮ってもらって落書きとかしてもらうっスけど」
「……っ」

 佑月さんはそんな空気に気づかず、のんきに言った。

「じゃ、財前。撮るなら今のうちに撮っとく?俺もう仕事終わったから脱ぎたいし、コレ」
「ん、脱がせたくないけど。まぁ、しゃーないっスわ。行きましょ、佑月さん」

 喉の奥が熱くなる。言葉にならない感情が渦を巻く。財前はわざとらしく俺に見えるようにして、佑月さんの手首を軽く引いた。その仕草だけで、胸の奥がじりじりと焼ける。
 忍足さんが横で肩を揺らして笑う。

「日吉、完全に挑発されとるやん。…どうするん?」


どうするも何も――
(……譲る気なんて、最初からない)胸の奥で、静かに火がついた。

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