日吉VS財前
2026 04/03
「え、なんで日吉いるの」
「それはこっちのセリフなんですが」
「お前の目ェには、俺は見えてへんのか」
「……侑士の仕業か」
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「日吉。明日部活休みで暇やんな?大阪、行くで」
「はい?」
そう言って忍足さんに半ば強引に連れて来られた大阪、そして四天宝寺。
跡部さんも誘ったらしいが、家の用事で来られなかったらしい。まぁ、そのせいで部活が休みになったのだから当然だ。「代わりに見てこい」と、なぜか資金だけは跡部さんが出してくれたらしい。部長に言われたら偵察だと思うのが普通だ。
なのに、どうしてこうなったのか。
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「チケットお預かりします」
聞きなれないイントネーション。四天宝寺の制服の男子学生の腕には【文化祭実行委員会】の文字。
「おおきに。これやんな。ほな、2枚」
「なんで持ってるんですか」
「謙也から事前にもらってん」
「……」
「ほな、行くで。日吉、これ半券持っとき、あとで抽選会出来るらしいで」
「偵察だと思って来たんですが、忍足さんと二人で文化祭回るなんて聞いてないです。帰ります」
「まぁまぁもう来たんやし、それに跡部からも見てこいって言われたやろ?」
今日は文化祭らしく、四天宝寺中学の校内はとても賑やかだった。
俺はテニス部の偵察に行くのかと思ってついてきたのに、文化祭の真っ只中だという。大阪らしい派手な装飾、制服以外にも様々なコスチュームを着た生徒たちが呼び込みをしていた。
「氷帝の忍足くんやん!」
「わぁ、うちのクラスにも遊びにきてや」
「堪忍な、今日は用があって来てん。お嬢ちゃん達と遊ぶんは今度や」
「きゃー!」
どこに行ってもこの人はこの人だ。それに歩けば女子が群がるから歩きにくいったらない。 屋台にはたこ焼き、クレープ、タピオカまであって、そういえば何も食べていなかったことを思い出す。
「忍足さん、なんで俺が呼ばれたんですか」
「まぁまぁそれは後でのお楽しみや。
それに日吉、今日佑月に出かけるん断られて暇やったやろ?」
確かに断られた。数日前、佑月さんがSNSを見ながら『行きたい行きたい』と騒いでいたサモエドカフェに誘ったのに。
「なんで知ってるんですか」
「知ってるも何も…なぁ?」
「その意味あり気な顔やめてくれませんか」
「そんなカリカリせんと、たまには息抜きせなあかんで、日吉も。ほら、可愛い子いっぱいおるんやし」
「…興味ないです」
あぁ、せっかくの休日。佑月さんとサモエドカフェで過ごすはずだったのに、と思うとため息が出た。
「ほら、あの子とか日吉のタイプそうやんな?」
「だから、そういうの興味ないんで」
「つれへんな。あ、ほらこっち来るで」
しつこく肩を叩く忍足さんに根負けして、指差す方を見る。そこには、女子に囲まれながら笑顔を振りまく、ひときわ目立つメイド服の男子生徒がいた。
「テニス部でメイドカフェやってるからきてねー」
その背丈、その声。間違えるはずがない。
「な、タイプやったやろ?」と、忍足さんの“してやったり”の顔。この人は最初から知っていて俺を連れてきたのだと確信した。
こちらへ歩いてくるその人に、思わず足が止まる。あと3mほど。こちらに気づいた瞬間、笑顔が驚きに変わった。
「え、なんで日吉いるの」
驚いたように目を丸くした佑月さんが、メイド服の裾を揺らしながら立ち止まる。その仕草が妙に可愛くて、胸の奥がきゅっと鳴った。
「それはこっちのセリフなんですが」
そう返しながらも、視線はどうしても佑月さんの姿に吸い寄せられる。黒いワンピースに白いフリル。細い足を包む黒タイツ。少し高いヒールがカツンと鳴るたび、心臓まで跳ねる。
「……侑士の仕業か」と佑月さんが小さくため息をつく。
「佑月さん、なんでそんな格好してるんですか」
自分でも驚くほど声が低くなる。嫉妬なのか、動揺なのか、よく分からない。
ただ、目の前の佑月さんが“可愛い”以外の何物でもなくて、まともに目も合わせられない。驚いて上下に視線をさまよわせる俺とは対照的に、あまり恥ずかしがる様子もなく「罰ゲーム的な……?」と苦笑いする佑月さん。誰と、いつ、そんなことを。動揺する俺の横で、忍足さんはやっぱり知っていたのか笑っている。
「来るなら言えって、さすがにびっくりした」
「言ったら面白くないやろ」
「面白いとか面白くないとか関係ないんだけど。
…っていうか侑士、無言で写真撮るのやめろ」
「いやいや撮るやろ、普通に」
「写真禁止。もうちょいしたら俺戻るし、ドリンク一杯頼んだらメイドさんとチェキ撮れるから貢献して」
「ふぅん…営業上手やな、佑月ちゃんは」
「佑月ちゃんって…まぁいいけど」
「っかスカート短すぎやない?」
「似合うだろー」
「案外ノリノリかいな」
「まぁ、こんな機会ないし。ってか、日吉全然喋んないけど、大丈夫そ?」
整理が追いつかない俺の顔を覗き込む佑月さん。
「日吉、お腹すいた?なんか食べる?」
「髪…」
「あぁ、これウィッグ。メイドはツインテールなんだって。あと目もカラコン。
なぁなぁ、日吉。俺、可愛い?」
顔を覗き込まれた瞬間、心臓が跳ねて言葉が喉に詰まる。 至近距離で見えるピンク色の瞳。 化粧で少し強調された睫毛。 こんなの、可愛いに決まってる。
「どう?」とさらに顔を近づけられ、心臓が跳ねて言葉が出ない。
「っ、近いです」
やっと絞り出した声は、情けないほど震えていた。
「えー日吉、照れてんの?」
「照れてません」
即答したのに、佑月さんは嬉しそうに笑う。その笑顔がまた甘くて、胸が痛い。
「…佑月さん。浮気か、死なすど」
突然聞こえた低く落ちた声に、佑月さんの肩がびくりと揺れた。その視線がゆっくりとそちらへ向かう。
「びっくりした、財前か。それ、ユウジのやつじゃん。ユウジに怒られるよ?」
「浮気してる人がいるんが悪いんっスわ。なんや日吉、大阪まで佑月さん追っかけてくるほど好きなん?」
「は?」
「まぁ、俺も大阪に来てってお願いするぐらいに佑月さんの事好きっスけど」
そう言うと財前は、ためらいもなく佑月さんを後ろから抱きしめた。周囲の女子の悲鳴が一斉に上がり、俺は思わず耳を塞ぐ。
……財前も?
佑月さんが好き?
この人の人たらしは、どこまで影響を及ぼすんだ。
「佑月さん、受付終了したみたいなんで戻りましょ、お疲れ様っスわ」
「ん、ありがと。財前、戻るにしろ離れてくんないと歩けないんだけど」
「あかんあかん、離さへん」
「財前ーっ」
「ん、ほんまにかわええ、佑月さん」
「はいはい」
腰に手を回したまま離れず、顔まで埋めてくる財前。よくこんな人前でやれるな、こいつ。…いや、佑月さんが撫でるから余計に調子に乗るのかもしれない。その光景に、胸の奥がじりじりと焼ける。
「飼い慣らされた猫やな」
忍足さんの独り言に、俺は無意識に頷いていた。
「なんや、財前にめっちゃ好かれてるんやんな」
「なんか懐かれてる。あーコラ、財前。すごい人集まって来たからとりあえず離れて」
「いやや」
「ざいぜーーーんーー」
「わっ、佑月さん急にやめ…っ」
「うわっ、」
佑月さんが脇腹をくすぐった瞬間、財前が反射的に手を離す。 支えを失った佑月さんがふらつき、そのまま俺の胸元へ倒れ込んできた。
「わっ、ごめん。日吉」
細い腕が俺の胸に触れ、体温が伝わる。思わず息が止まった。
「……慣れない靴履いてるんですから、気をつけてください」
「あ、ありがと…」
自分でも驚くほど優しい声が出た。佑月さんは俺の胸元に顔を寄せたまま、小さく頷く。その頬がほんのり赤いのが見えて、心臓が跳ねる。
(……そんな顔、俺にだけ見せてくれればいいのに)
胸の奥で、そんな苦い独占欲が静かに膨らんでいく。
「オイ、財前。お前も佑月さんの言う事聞けよ」
「佑月さん、すいませんでした。」
「はは、今のは俺も悪かったし、ごめん。
なぁ、財前。二人も連れてっていい?」
「…今の俺に拒否権ないっスわ。あ、俺に専属チェキ撮ってくれるならええですよ」
「じゃあそれで」
「ほな、戻りましょ」
メイドカフェに見立てた教室の前は長蛇の列で、すでに受付は終了している。
教室へ向かう途中、財前は“危ないから”と佑月さんの手をしっかり握ったままエスコートしていた。その後ろを、俺と忍足さんが歩くという地獄絵図。
佑月さんの細い手を引く財前。
そのたびに揺れるツインテール。
ヒールの音。
全部が胸に刺さる。
「えぇの、アレ」
忍足さんが前方を見ながらぼそっと言う。
「佑月さんが楽しそうならそれで」
「嫉妬せぇへんの?」
「嫌ですけど、佑月さんですから」
そう口にした瞬間、胸の奥がきゅっと締まった。嫌だ。本当は、すごく嫌だ。だが、佑月さんが笑っているなら、それを壊す権利は俺にはない。
「ふぅん、なんか日吉の気持ち分からんくもないわ。佑月やからな」
「……忍足さんって、佑月さんのこと…」
「アホか、ただの同級生や。
俺は可愛い女の子が好きやねん」
「そうですか」
「あぁ、しっかし癪やな。
あぁやって人の目気にせんと仲良くやられると」
忍足さんの視線は、前を歩く佑月さんに向けられていた。その目は、どう見ても“ただの同級生”のものではない。
けれど、それ以上に胸をざわつかせるのは、佑月さんの手を握って離さない財前の方だった。