昨日フラれた相手に
(幼馴染)の恋相談をされました。
高校三年。バスケ部主将の高坂結希は、今日も“普通の生活”を望んでいた。
普通に授業を受けて、普通に部活して、普通に友達と笑って、普通に帰る。……はずだったのに、校門前には“普通じゃない”二人が立っている。
右に木兎光太郎。左に赤葦京治。背が高い。歩幅が大きい。存在感が強すぎる。
そして赤葦京治は、今日も横顔が綺麗すぎる。目が合うと心臓が跳ねる。なんであんなに顔が良いのか、誰か説明してほしい。普通の生活を望んでいるくせに、好きな顔には勝てない。
これは、"普通の生活を望む女子高生”と"普通じゃない男子二人”が織りなす、ちょっと面倒で、ちょっと甘くて、ちょっと騒がしい物語。
▼△
春が少しすぎた頃。
下駄箱の前で、私は深呼吸を繰り返していた。手の中の白い封筒が、やけに重い。ベタすぎる告白方法だと自分でも思う。でも、他に思いつかなかった。
震える指で、彼の下駄箱に手紙を滑り込ませる。
『今日の放課後、話があるから校舎裏に来てほしいです。 高坂結希』
書いた時は勢いがあった。入れた時もまだ勇気が残っていた。でも、いざ校舎裏に立つと、心臓がずっと落ち着かない。風が冷たくて、制服の袖が揺れる。静かすぎて、余計に緊張する。
来るのか来ないのか。来ない方が自然。でも来たら来たで心臓が死ぬ。そんな矛盾を抱えながら、深呼吸を繰り返した。
相手は赤葦京治。冷静で、頭が良くて、そして……顔がとんでもなく良い。もちろん、好きになった理由はそれだけじゃない。会釈してくれるところとか、木兎の暴走を止める時の静かな優しさとか、バレーをしている時の真剣な表情とか。全部ひっくるめて、気づいたら好きになっていた。
でも、やっぱり顔が一番好きなのは否定できない。
最近よく目が合うし、廊下ですれ違うと軽く会釈してくれるし、もしかして……なんて期待してしまった。いや、期待というより妄想に近いものもある。
「本当に高坂さんだ」
背後から落ち着いた声がして、心臓が跳ねた。
「あ、赤葦京治」
「フルネーム……」
「……すいません、赤葦京治くん……」
夕陽に照らされた横顔が綺麗すぎて、反則だと思った。
「で、話ってなんでしょうか」
鋭い目線が向けられる。その顔がまた綺麗で、胸が痛い。
「……どうかしましたか、高坂さん」
その声まで好きだなぁ。もう逃げられない。
「……好きです。よかったら、付き合ってください」
沈黙。赤葦京治は少しだけ目を伏せてから言った。
「……ごめんなさい」
ああ、そうだよね。噂がないだけで、顔が良い人は、だいたい誰か彼女がいたり好きな人がいたりする。赤葦京治もそうだった、それだけだ。
泣くほどじゃない。ただ、胸の奥が少しだけ痛い。帰ろうとした時、彼が小さく付け加えた。
「……ありがとうございました」
その声が優しくて、余計に胸が痛んだ。
▼△
家に帰っても何もやる気が起きなかった。夕飯も進まず、親に心配されて、とりあえずご飯だけおかわりした。
弟には「姉ちゃんがMステ見ないなんてありえない」と言われた。ケンティーは好きだけど、今日は無理。ベッドに横たわると、放課後の光景が何度も蘇る。
「あぁー! なんで部活忙しくなる前に告白しようなんて思ったの私ー!!」
枕に顔を埋めて叫ぶ。でも、やってしまったことは戻らない。
「…赤葦京治は本当に顔がよかった……言えてよかったよね……」
自己満足だとわかっていても、そう思うしかなかった。スマホには友達からのメッセージがいくつも届いていたが、返す気になれず閉じた。
眠りに落ちる直前、スマホが震えた。
【木兎 光太郎】
電話に出る気力もなく、私はそのまま着信を無視して眠りについた。
▽▲
翌日。結局寝た後の私も、昨日赤葦京治に告白された私のままだった。
その事実を、できるだけ考えないようにしながら登校したはずなのに。
「で、結希どうだったのー?赤葦くん」
「聞きたい聞きたい!LINEしたのに返信来ないんだもん」
…考えないようにしていたのに、教室に入った瞬間これである。教室の扉を開けた瞬間、女子たちの声が一斉に飛んできた。
「あははー振られちゃってー」
「え、うそ!まじで」
「結希振るとか強っ」
「え、それ私がゴリラだって言いたいのー?」
「違うよー!もう結希面白すぎ!ほらーこっちおいでー慰めてあげる」
肩を抱かれ、頭を撫でられ、背中をぽんぽんされる。 柔らかいシャンプーの匂いと、女子特有の体温が近くて、少しだけ泣きそうになる。
(よし、切り替えよう。赤葦京治の顔は好きだけど、恋は終わった。私は普通の生活に戻る……!)
「こんな時にも学校来て偉い!偉いよ!結希!」
「中高皆勤賞目指してるから!」
それからみんなと話をして、暫くしてから席に戻って、深呼吸をして、一限の教科書を開く。紙の匂いが落ち着く。ペンを握り直した瞬間。
「結希! 赤葦くんが呼んでる!」
「えっ?」
扉の方を見ると、クラスメイトが数人、わざわざこちらを振り返って手招きしている。その奥、廊下の光の中に、赤葦京治の影がぼんやり揺れていた。
「え、昨日の返事考え直したんじゃない?」
「やっぱ結希可愛いもんね〜!」
軽い声が飛んでくるけど、私の鼓動は軽くない。胸の奥で、ドクン、と重い音がした。
(いやいやいや、絶対違うでしょ……てか今、赤葦京治に呼ばれるの心臓に悪いんだけど……)
でも、無視なんてできない。椅子を引く音がやけに大きく響き、足が少し震えたまま扉へ向かう。
「あ、高坂さん。おはようございます」
廊下に出ると、赤葦京治が壁にもたれず、ただまっすぐ立っていた。朝の光が彼の黒髪に薄く反射して、目元の影が深い。
「おはようございます…赤葦京治…」
「またフルネーム……」
彼は小さく息を吐いて、いつもの冷静な顔。うわぁ今日も顔が良い。
「な、何か用でも……」
「今日のお昼休み、中庭に来てもらえませんか」
「は?」
言葉の意味が一瞬で理解できず、思考が止まる。どうして、と聞こうと口を開いた瞬間、一限の予鈴が鳴り響いた。
「では、また」
赤葦京治は軽く会釈して、私のクラスから離れていく。その背中が遠ざかるたび、胸の奥で期待がふくらんでいくのを止められなかった。
まだチャンスがあるのかもしれない。
そんな淡い期待が、午前中の授業をいつもより鮮やかにしてくれた気がする。
▽▲
お昼休みになると、私は教科書を閉じた瞬間、「お手洗い行ってくる!」なんてくだらない嘘をついて教室を飛び出した。
(いやいや、落ち着け私。昨日フラれたんだよ?なんでこんなに足が軽いの? バカなの?)
でも体は正直で、気づけば中庭に足は勝手に向かってしまう。
赤葦京治は木の下で待っていた。風で前髪が揺れて、光の加減で横顔が綺麗に見えて、昨日フラれたのに、胸が痛いのに、それでも思ってしまう。
(いやほんとに……顔が良いのが悪い)
「高坂さん、来てくれてありがとうございます」
声まで良い。落ち着いてて、優しくて、ちょっと低くて。昨日フラれたのに、また好きになりそう。
「うん……どうしたの?」
赤葦京治は、少しだけ言いにくそうに視線を落とし、それからまっすぐ私を見た。その目が綺麗で、また心臓が痛い。
「実は……俺、木兎さんが好きなんです」
………は?
え?
今なんて?
脳が一瞬でフリーズした。いや、フリーズどころか再起動すらしない。
「え、待って。私、昨日きみに告白したばっかりなんだけど」
「えぇ、知ってます」
知ってるんだ。知ってて言うのか、この子。
「何の脈もない俺に告白してくるような神経を持ってるアナタにしか、相談できなくて」
「それ褒めてないよね?」
「褒めてますよ。普通の人なら、昨日告白した相手に相談なんてできません」
「いや普通の人は、昨日告白した相手に“木兎さんが好きです”なんて言わないよ」
赤葦京治は少しだけ困ったように笑った。
(あーもうその顔がまた良いんだよ……やめて……)
そのとき。
「おーい! 二人とも何してんのー? 結希とーあかーしー!」
校舎の窓から、木兎の声が響いた。声量がバカでかい。鳥か。
「あー!それに結希、LINE見てねーだろ!! お昼一緒に食べようって誘ったのに!」
「ちょっと木兎は一瞬黙ってて!!」
私が叫ぶと、赤葦京治がちらりと木兎を見る。その目線は、私が赤葦京治を見るときのものと同じだった。胸がズキッとした。
(あ、これ……)
ふと思い出す。そういえば、赤葦京治とよく目が合うと思ってた。
でも全部、木兎と一緒にいる時だけだった。
部活帰りに木兎が私の肩を掴んで話しかけてる時。
休憩中に木兎が私の腕を引っ張ってる時。
赤葦京治はいつも、それを見ていた。
(……あれ、私のこと見てたんじゃなくて、木兎のこと見てただけじゃん)
なんか……恥ずかしい。てか、私の勘違いの原因、全部木兎じゃん。
「木兎さんのことで……相談に乗ってくれませんか」
「いやいやいや、なんで私が……」
「アナタしかいません」
赤葦京治は真剣な顔で続けた。
「高坂さん、相談に乗ってもらえませんか」
私は空を見上げた。青空がやけに眩しい。
(……わたしは、赤葦京治が好きなのに)
でも、笑ってしまった。
「……いいよ。相談くらいなら」
結局、好きな人の力になりたいと思ってしまうんだから。
(あーあ、青春ってめんどくさい)
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