赤葦くんの相談と、木兎の唐揚げ
「……いいよ。相談くらいなら」
言った瞬間、自分で自分にツッコミたくなった。昨日フラれた相手の恋相談を受けるなんて、どんな精神構造してるんだ私。馬鹿だな、と分かっているのに、赤葦京治の真剣な目を前にすると、断るという選択肢がどうしても消えてしまう。
赤葦京治に、そう言い終えたちょうどその時。
「結希ーーー!!どこ行ったーーー!!」
校舎の影から、木兎が全力疾走で現れた。いや、全力疾走というか……地面との接触時間が短すぎて、ほぼ飛んでる。
「ちょ、木兎、なんで来るの!? 今いいところなんだけど!!」
「だって結希が返事くれないから!お昼一緒に食べようって言ったのに!俺のこと嫌いになったのかと思って!!」
「そんなわけないでしょ!」
木兎は私の腕をがしっと掴んだ。その瞬間、赤葦京治の目がピクリと動く。
(あ、これ……完全に“好きな人を見てる目”だ……)
木兎は気づかず、私の腕をぶんぶん振りながら言う。
「結希〜〜! 俺、今日のために唐揚げ増量してもらったんだぞ!俺の唐揚げどうすんの!」
「知らないよ!!」
赤葦京治は咳払いをして、木兎に向き直った。
「木兎さん。高坂さんとは今、大事な話をしていたんですが」
「えっ、そうなの? 結希、なんの話?」
「いや、あの……」
言いにくい。言えるわけがない。
“あなたの恋愛相談をしてました”なんて。赤葦京治は一歩前に出て、妙に真剣な顔で言った。
「木兎さんの、ことで」
「えっ、俺!? なになに!? 俺の話!?結希、俺のこと話してたの!? なんで!? どうして!? ねぇ!!」
近い。顔が近い。テンションが高い。
「私、何にも言ってないし。赤葦京治が…」
「あかーし?赤葦が俺のこと話してたってこと?」
赤葦京治は木兎の勢いに押されて、半歩下がった。こんなレアな赤葦京治の顔に胸キュンしてしまうが、表情は崩さない。
「なになに!何なんだよー!二人してー!」
「あぁもう木兎本当にうるさい…もうちょっと静かに話して…っ」
木兎は私の肩を掴んだまま、赤葦京治を見て言う。
「赤葦〜! 結希に何かしたの!?結希、泣かせたら許さないからな!!」
「泣かせてません。むしろ——」
赤葦京治はちらりと私を見る。
「泣きたいのは、俺の方です」
「えっ、なんで!? なんで赤葦が泣くの!?結希、赤葦に何したの!? いじめたの!? 叩いた!? つねった!?あ、もしかして告白された!? えっ、結希、赤葦に告白されたの!? 返事は!? どうだったの!? ねぇ!!」
「あーもう全部違うから黙って!!」
私が叫ぶと、木兎は「ひぇっ」と肩をすくめた。赤葦京治は深く息を吸い、静かに言った。
「木兎さん。あなたのことで、高坂さんに相談していたんです」
「俺の……ことで……?」
「はい。あなたが」
(やめて!!今ここで言うのはやめて!!)
私は慌てて赤葦京治の口を塞いだ。
「ちょ、ちょっと待って!!」
「んむ……」
「えっ、結希!? 赤葦の口塞いだ!?なにそれ!? なんで!? どういう状況!?俺、置いてけぼり!? ねぇ!!」
中庭に、木兎の声が響き渡る。
「と、とにかく。木兎の唐揚げが第一でしょう!ほら、赤葦京治も一緒に行こ」
「え、いいんですか」
私は赤葦京治の口を離し、木兎の方へ向き直った。
「いいよね!木兎!」
「んー?別にいいけど」
いや全然、別にいいけどって顔してないんだけど。
「…でも次の授業の課題まだ終わってないので…先、教室戻ります」
「っ、な!」
木兎があんな顔するから、赤葦京治はその場から走る様に逃げていった。ちょっと待って、私、今絶対好きな人に嫌われる状況じゃない!?
そんなわたしの気持ちも知らず、木兎は私の肩を掴んで、真剣な顔で言った。
「結希……俺、何かした?結希が赤葦と二人で話すなんて……俺、なんか悪いことした?」
「してないよ!ていうか、なんでそんなに私のこと気にするの!」
木兎は一瞬きょとんとした後、当たり前のように言った。
「だって結希は俺の幼馴染だし。守るのは俺の役目だし。結希が困ってたら俺が助けるし。結希が泣いたら俺が怒るし。結希が——」
「いやもういいよ、わかったわかった!こんな中庭で言うと色々勘違いされそうだからもう黙ってて…」
「勘違い?」
木兎が首をかしげた瞬間、ようやく校舎内の周囲のクラスメイトたちがざわっとしているのに気がついたらしい。
木兎は周囲の視線に気づいた途端、なぜか胸を張って堂々とした。
「勘違いされてもいいけど?俺は結希のこと大事だし!」
「あー木兎ってそういう感じだったわ…私が悪かった…」
深呼吸して、私は木兎の肩をぽんと叩いた。
「と、とにかく!今は唐揚げ食べに戻ってほしい。LINE返さなかったのはごめん、でも今日はこのまま私もクラスに戻るから」
木兎は一瞬だけしょんぼりした顔をした。
「……結希、俺と一緒に食べないの?」
「今日は無理。ほんとに。色々あって、胃が……死んでる……」
「胃!?結希の胃が!?誰だよ結希の胃を殺したやつ!!」
「落ち着いて!!」
木兎はまだ納得してない顔だったけど、しぶしぶ唐揚げの入った弁当袋を持ち直した。
「……じゃあ、あとでまた部活でな!」
「はいはい、またあとでね」
木兎はそのまま、校舎へ戻っていった。その背中を見送りながら、私は深くため息をついた。
(……赤葦京治、逃げちゃったなぁ)
胸がちくりと痛む。
(嫌われた……かな。いや、嫌われたよね……だってあの状況……)
でも、空を見上げて小さく笑った。
「……まぁ、いっか。正直このまま赤葦京治と接触しない方が良いのかも…」
中庭に残った風だけが、私のため息をさらっていった。
▽▲
教室の扉を開けた瞬間、空気が……おかしい。静か。いや、静かなんだけど、絶対に静かじゃないやつ。
(え、なにこの空気……私なんかした?いやしたわ。中庭で大騒ぎしたわ……)
私が一歩踏み込んだ瞬間。
「結希!!」
「ちょっと!!さっきの何!?何あれ!!」
「木兎くんと赤葦くんに挟まれてたよね!?あれ何!?どゆこと!?説明して!!」
「うう、私も設定されたい……」
流石に人に話せるような内容ではない。
「…疲れた」
相談する事は諦めて、机に突っ伏した。あぁそういえば、赤葦京治のことで頭がいっぱいで購買部でお昼ご飯を買いそびれた。毎週水曜日は、うちの親が共働きなこともあって購買部でご飯を買うデーにしている。
その事に気づくと、お腹が空いてくる。
そっか、だから木兎も気にしてお昼誘ってくれたのかと、今更になって気づいて反省した。後でLINE送っておこう、ごめんね木兎。
午後に授業が始まり、あんなに頭の中に入ってきた授業が午後は全く入ってこなかった。お昼も食べ損ねたのもあるだろうが、お昼休みの出来事で相当体力を使ったのか眠かった。
先生にバレない様に、少し顔を下に傾けて目を瞑る。思い出すのは赤葦京治のあの寂しそうな目だった。
(本当に好きなんだな、赤葦京治……)
結局、相談を受けるなんて言っておいて5秒後には悲しい思いをさせてしまったのではないかと不安になる。
次の時間の移動教室。
みんなには「用事がある」なんて今日二度目の嘘をついて、私は遠回りした赤葦京治の教室の前を通るルートを選んで教室に向かった。
結局、接触しないほうがいいなんて言っておきながら私は赤葦京治の様子ばかり気になってしまっていた。
…赤葦京治、だから一番前なのか。こんなに身長が高いのに、苗字には抗えない赤葦京治に無力さを感じた。
「……っ、」
それに、赤葦京治はいつもの落ち着いた雰囲気じゃなかった。
授業が終わったというのに、教科書を開いて、ペンを持って、全然動かない。それからただ、机の上に置いた手をぎゅっと握りしてて、俯いていた。
胸が、きゅっと痛んだ。
赤葦京治が落ち込んでるなんて、今まで見たことがない。いつも冷静でいつも周りを見ていて、木兎のフォローも完璧で。そんな赤葦京治が、今は、ただ静かに沈んでいる。
私のせいなのかな。そう思ったら、胸がぎゅっと締めつけられた。その表情は、どこか弱くて、どこか寂しそうで。「ごめん」とは、声に出せなかった。だって、今話しかけたら、また変な誤解を生むかもしれない。
(……でも、ちゃんと話さなきゃ)
赤葦京治の相談を聞くって言ったのは私だ。逃げたのは赤葦京治だけど、逃げさせたのは私だ。そう決めた瞬間、赤葦京治がふと顔を上げた。
目が合った。一瞬だけ、驚いたような、でもすぐに視線をそらすような、そんな表情だった。
(……赤葦京治、そんな顔しないでよ……)
胸が痛い。でも、仕方ない。私は深く息を吸って、教室へ向かった。
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