阿近さんと微妙な距離になってから数日。私が一方的に阿近さんを避けてしまっていて、最近はロクに会話もしていなかった。こんなあからさまに避けることないのにと自分でも思いつつ、でもやっぱり顔を合わせるのは少しだけ気まずくて。

「はあ……」

 他隊への書類配達のため珍しく技局を出て青空の下を歩いているものの、私の心はこのすっきりとした空模様とは正反対だ。自分で避けておいて話せないことを寂しく思うし、かと言って声をかけられるかと言われると、恐らく一方的に意識して挙動不審になってしまうし。きっとこれは時間が解決してくれるのを待つしかないんだろうなあ。
 気持ちが沈んでいるからか、自然と目線も下に下がる。地面を見つめながらトボトボと歩いていたせいで、前方へ注意を払っていなかったのが悪かった。

「、わっ」
「ってえな!テメどこ見て歩いてやがる!」

 正面から向かってきた男の人に、肩がぶつかってしまったのだ。柄の悪さや人相から、この人は十一番隊の所属だと直感した。……これはかなり、まずい。十一番隊は四番隊を救護しかできないお荷物部隊という理由で嫌っているし、技術開発局員なんて非戦闘要員はきっとそれ以下と思われているに違いない。白衣を身に纏っている時点で技局所属なのは一目瞭然だし、前見てなかったのは私だし、これどう考えても絡まれる。

「その格好は技術開発局だな!戦えもしねえ雑魚が十一番隊に喧嘩売ろうたァいい度胸じゃねえか!」
「す、すみません!」

 予想通りの絡み方に内心苦笑しつつも、ここで騒ぎを起こされては困るので勢いよく頭を下げる。実際下を向いて歩いてた私が悪いし。誠意を持って謝れば、いくら十一番隊といえどきっとわかってくれるはず……

「謝って済むと思ってんのかコラァ!!」

 がなかった。かなりお怒りの様子のこの人にペコペコ頭を下げるも、一度火がついてしまったらもう鎮火することは不可能だった。騒ぎになったらどうしようという焦りと、早く書類を届けなきゃいけないのにという焦りが相俟って気が気ではない。おまけに自分より幾分体の大きい男にこんなに怒声を浴びせられたら、いくら私だって怖いわけで。どうしよう、どうしよう、と脳内で繰り返し唱えながら、溢れそうになる涙を堪え許してもらえるよう頭を下げ続ける。

「テメェ斬られてえか!?」
「っあの、本当にすみませ、」
「そのへんにしとけよ」

 背後から突然聞こえてきた声に驚いて振り向く。声の主は阿近さんで、阿近さんはこちらに歩み寄ると私たちの間に割って入った。私を庇うように背に回しながら。

「あ、阿近、副隊長……」

 途端に勢いを失う十一番隊の人。斑目副隊長が阿近さんにいろいろお世話になってるからか、直属の上官ではなくても阿近さんには頭が上がらないようだった。

「ウチのが迷惑かけたな。だがぶつかったくれえでんな怒ることもねえだろ」
「あ……えっと……」
「まァそこまで騒ぎ立てる程痛かったんならウチで診察してやろうか?原型留めたまま帰れる保証はねえが」
「スミマセンっした!!失礼します!」

 今度はあの人がペコペコと頭を下げて、一目散に駆けていってしまった。途端に緊張が解け、堪えていた涙がぽろりと頬を伝う。阿近さんに泣き顔を見られたくなくて白衣の袖でごしごし目元を拭っていると、ぽん、と頭に大きな手のひらが乗せられた。その感覚が本当に久々で、とても嬉しくなってしまって、またぽろぽろと涙が溢れる。

「何やってんだお前は」
「す、すみません」
「前見て歩け。んで十一番隊に絡まれたら適当にあしらって逃げろ」
「はいっ……」

 阿近さんの目が、言葉が、私に向けられている。自分で避けてたくせにそんなことが嬉しくてたまらない。
 先程回された阿近さんの背中は、やっぱりとても大きく見えた。私を安心させてくれて、そして私を守ってくれる。私の大好きな背中、だ。
 ぼろぼろ溢れる涙を拭っていると、ふう、と阿近さんは息を吐いて、そして私の手元から書類を抜き取ってしまった。

「どこ宛だ」
「え」
「これ」
「あ、七番隊、です」

 それだけ確認すると、阿近さんは私から離れすたすたと歩き出してしまった。行動の全てが唐突すぎて出ていた涙も思わず止まる。阿近さん、と呼び止めると、書類を肩に乗せた阿近さんはゆるりと此方に振り向いた。

「これは俺が届けとくからお前は戻って目ェ冷やせ」
「え」
「腫れてもいいってんなら別だがな」

 それだけ残して、阿近さんは前に向き直り再び歩き出した。阿近さんの優しさが、じんわりと胸に染み入る。あんなに避けたのに、きっと阿近さんからしたら相当失礼な態度だったはずなのに。なのになんでこんなに、優しくしてくれるんだろう。阿近さんの優しさに触れる度、私の阿近さんへの気持ちは大きくなっていく。
 だんだん遠くなっていくその背中に、感謝を込めてぺこりと頭を下げた。