「はあ?なんでそんなことになってんのよ」
焼酎のお湯割りをまるで水のように流し入れながら、乱菊さんは眉間に皺を寄せた。
「私もよく分からないです……」
「アンタに分かんないならあたしに分かるワケないじゃない」
乱菊さんに突然誘われついてきた居酒屋で、私は小さくなる他なかった。数杯飲んで体が温まってきたところで最近阿近とはどうなの、と訊かれ、長い沈黙の末に気まずくなっていることを伝え冒頭の台詞に戻るわけだ。私だって最近は怒涛すぎて何が何だかよくわかっていないのだ、そりゃ乱菊さんに伝わるわけもない。乱菊さんの眉間に刻まれた皺は深さを増すばかりだ。
「一から説明しなさい」
「ええと……」
乱菊さんの言う通り食事に行ったこと、別れ際に抱きしめられたこと、阿近さんは気にする様子もなく普段通りなこと、意識してるのが自分だけだと思い知らされショックを受けたことを順を追って話す。全てを赤裸々に話すことは気が引けたが、乱菊さんなら無闇に他言しないだろう。一通り話し終えたところで悲しい気持ちになっていると、乱菊さんがポカンとしていることに気がついた。
「それだけ?」
「そ、そうですけど……」
はああ、と大きな溜め息を吐かれる。え、私そんなに変なこと言っただろうか。呆れた様子の乱菊さんは再度焼酎を流し込むと、さも面倒そうにガシガシと頭を掻きながら私に向き直った。
「あのねえ、子どもじゃないんだからハグしたくらいで態度なんか変わるわけないでしょ」
「え、そ、そうですか?」
「当たり前でしょうが。自分から抱きしめといて照れてモジモジするような可愛らしい男に見えるワケ?」
「……見えないです」
言われてみれば確かにと納得せざるを得なかった。阿近さんの女性遍歴は知らないけれど、それくらいで照れたり目を合わせなくなったりするような年頃の男の子ではどう考えてもない。確かに、態度が変わらない方がむしろ自然だ。だいたい照れる阿近さんなんて長年一緒に働いている私でも一切想像がつかない。
「ちょっと抱きしめたくらいで態度変えるなんてあの一護だってしないわよ。アンタも大人なんだからいい加減耐性つけなさい」
返す言葉もなく押し黙る。一護くんが照れてモジモジくんになるタイプかどうかは置いといて、確かに私はもう少し大人になるべきかもしれない。こんなんだからいつまで経っても阿近さんに相手にされないのかも。あと一護くんはたぶん照れるタイプだと思います。
まあでもこれで少しは進展したわね、と満足気に杯を傾ける乱菊さんに釣られるように私も酒を進める。進展、なのだろうか。あれ以降いつも通りなのは阿近さんが大人だからで、本当は私に少しでも特別な感情を抱いてくれているのだろうか。もしそうなのだとしたら、飛び上がるくらいに嬉しいのだけれど。酒豪の乱菊さんと飲んでいると、ついつい私もペースが速くなってしまう。だんだん頭がふわふわしてきて、それに伴い思考までも浮ついてくる。阿近さんが私を、なんて普段なら想像することすら恐れ多いというのに。
「それにしても阿近も真面目よね、そこで紫乃のことお持ち帰りしないんだから」
「は!?」
突然のとんでもないワードに驚いて、ふわふわしていた頭が一気に覚醒した。お持ち帰り、って、何を言い出すんだこの人は。だってそうじゃない、と続ける乱菊さんは、あっけらかんとした様子で更に酒を進めている。そんな、さも当然みたいな顔で言われましても。
「いい?その日阿近はアンタをペロッといただいちゃうこともできたワケ。紫乃は自分を食事に誘ってくるくらいには好意をもってくれてて、且つ自分も別れを惜しんで抱きしめちゃうくらい好意があるんだから」
「な、何を言ってるんですか」
「でも部屋まで送るだけでそうしなかった。つまりアンタは阿近に相当大事にされてるってことよ」
ビシッ、と人差し指を私に向けそう言い切る乱菊さん。私、大事にされてる、のかな。確かにいつも私に優しくしてくれて、私のことをよく見てくれていて、部下としては十分すぎるくらいにとっても大事にされてると思うけど。……でも、それならどうして。
「だったらなんで私と付き合おうってならないんですか」
「それがあたしも分かんないのよねえ」
不可思議そうに首を傾げる乱菊さんに、今度は私が大きな溜め息を吐いた。まあ、こればかりは乱菊さんだってわかるわけない。阿近さんの考えていることは、阿近さんにしかわからないのだから。つまり、私もいくら考えたってその真意を見抜くことなんてできない。あの日私を抱きしめた理由も、阿近さんが私をどう思っているかも、阿近さんに訊かないことには答えなんて出ないのだ。難しく考えたって仕方ない、もう今日は飲んで忘れてしまおうと辛口の日本酒を流し込んだ。
それからどれくらい時間が経っただろうか。気づけば時計の短針は0に近い位置となっていて、そろそろお開きにしようかという話になって。乱菊さんと別れ、人通りの少ない帰路についていた時だった。
「あれ」
綺麗な外観の料理屋さんを見つけ立ち止まる。こんなところにこんなお洒落な雰囲気のお店あったんだ。今度乱菊さんと一緒に入ってみようかな等と思案していると、お店の引き戸がガラリと開いた。中から出てきたのは艶々の紫髪を携えた妖艶なお姉さんで、その姿にはどうにも見覚えがある。
「采絵さん!?」
「あら、紫乃じゃない。久しぶりね」
研究素材捕獲科長の采絵さんだ。その名の通り普段から素材捕獲のため出払っていることが多く、采絵さんの姿を見るのは久しぶりだった。まさかこんなところでお会いするとは。お話をするため采絵さんの元へ寄ろうとすると、その更に後ろに人影があることに気づく。
「……え」
采絵さんに続いて出てきたのは、阿近さんだった。
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