二人を見た瞬間に足が動き、その場から逃げ出してしまった。だって本当に吃驚したのだ。あんなお洒落なお店から阿近さんが出てきたことも、采絵さんといたことも。二人がそういう仲だとは聞いたことがないし、ただ食事をしていただけかもしれない。でもわざわざあんなお店で?この時間まで?
阿近さんと采絵さんの並んだ姿を思い出す。かっこいい阿近さんと綺麗な采絵さんは、誰から見ても絵になっていた。采絵さんは美人でスタイルも良くて、私なんかよりずっと阿近さんの隣が似合っていて。つい先程、阿近さんが私を特別に思ってくれていたら、なんて考えていたところだったから余計に恥ずかしい。こんなに綺麗な人がたくさんいる中で、私なんかが阿近さんの一番になりたいだなんて。
「はあっ、はあっ」
護廷十三隊に属しているのに体力がないのは研究職の弊害だ。切れた息を整えるべくその場にしゃがみ込む。別に二人がお付き合いをしていると決まった訳でもないのに、こんなにショックを受けていることに驚いた。この前私とだって食事に行ったんだし、他の部下とも出かけていたって何も不思議じゃないのに。ぐらりと視界が歪み、自分が涙目になっていることに気づく。次の瞬間には涙が頬を伝い落ちて、地面に黒い染みを作っていた。私は一体何をしてるんだろう。好きな人が他の女の人と一緒にいただけで、こうも頭が回らなくなるなんて。脳が完全にショートしていて、冷静な思考が全くできていないことが自分でも分かった。
「何してんだお前は」
突然頭上から聞こえた声に驚いて頭を上げる。阿近さん、だ。つい今さっきまで肩で息をしていた私とは対照的に落ち着いた様子の阿近さんは、相変わらず眉間に皺を寄せながら私を見下ろしていた。
「ど、どうして」
「お前が逃げるから追ってきたんだろうが」
蹲る私に目線を合わせるように阿近さんもしゃがみ込む。そこで漸く自分が泣いていることを思い出し慌てて両手で顔を覆うも、今更隠したって遅ェよ、と呆れられてしまった。なんでここにいるの、采絵さんはどうしたの、言いたいことはあれどやっぱり上手く思考ができず、自分が酷く動揺していることを思い知らされる。
「あ、あの、今ちょっと、頭が混乱してて」
「あ?」
「見せられる顔じゃなくて、その、大丈夫なので帰ってください」
「見せられねえ顔した女置いて帰れるか」
放っておいてくれていいのに、今は気にかけないでいいのに。その優しさが嬉しくて、苦しい。姿を見た途端急に半泣きで逃げ出す部下なんて、阿近さんからしたら意味不明もいいところだ。どんどん自分が情けなくなって、両手で覆い隠した目からはポロポロと涙が溢れてくる。
「あの、本当に大丈夫なので、」
「お前なんか誤解してんだろ」
折り曲げた膝に肘を置き頬杖をつく阿近さんは、私の言葉を遮るようにそう切り出した。
「采絵とは何もねえよ。食事してただけだろ」
「……別に誤解なんてしてないです」
「俺達見た途端ベソかいて走ってった癖にか」
「ベソなんて、」
「じゃあ今泣いてんのは何だよ」
強がってみたところで、泣いてる理由なんて訊かれたら私に勝ち目はない。だってこの涙は紛れもなくさっきの出来事にショックを受けているせいなのだから。阿近さんが私の頭に手を乗せ、少し乱暴にわしゃわしゃと撫でる。真意が読み取れず顔を隠していた指に少し隙間を空けると、困ったように笑う阿近さんと目が合った。
「柄にも無く相談乗ってもらったんだよ、お前のことでな」
「私、ですか?」
「お前への気持ちは秘めておこうと思ってたのに、抑えきれなくなっちまったって話だ」
私への、気持ち?
足りない頭で必死に考える。私への気持ちって?抑えきれなくなったってどういうこと?そんなはずはないと脳内で自分を戒めるけれど、その言い回しから想像しうる答えは私の胸を大きく高鳴らせた。でもまさか、そんなはず。
「ど、どういうことですか」
「分かんねえか、本当に」
阿近さんは顔の前で行き場をなくしていた私の手を握り、私を真っ直ぐに見つめた。深い黒の三白眼に捕らわれて、目を逸らすことができない。触れられた部分が熱くて、でも何故だか心地良くて。心臓の鼓動だけが、いやに大きく響いた。
「お前が好きだ」
阿近さんの低くて落ち着いた声が、私の鼓膜を揺らした。
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