阿近さんから発せられたその言葉はすぐに耳に届いたはずなのに、私の脳は文字通り思考停止してしまい全く理解が追いつかない。阿近さんに握られた右手が熱くて、それが私の熱なのか、はたまた阿近さんのものなのかの判断すらできなかった。

「口あいてんぞ」
「……だ、だって、」

 真っ直ぐに阿近さんに見つめられ、先程言われた言葉の意味を少しずつ理解する。途端に顔が火照りだし、その反応が面白いのか阿近さんは優しく笑った。
 好き、って、私を?阿近さんが?とてもじゃないけど信じられない。阿近さんが私と、同じ気持ちでいるだなんて。

「本当、ですか」
「この状況で冗談言うと思うか?」
「だって、阿近さん、普段通りじゃないですか」

 好きな人に気持ちを伝える時ってもっとこう、緊張するものじゃないのだろうか。顔色一つ変えず至って冷静な阿近さんからは何の感情も読み取れない。阿近さんは一呼吸置いてから、握っていた私の手を自らの胸元へ誘導した。……ドクドクと、心臓が早鐘を打っている。

「……緊張してんだ、これでもな」

 分かったかよ、と訊かれこくりと頷く。自身の胸元から私の手を離すと、阿近さんは再び手を握り、ゆっくりと指を絡めてきた。びく、と肩を揺らす私を、阿近さんは優しい瞳で覗き込んでくる。嫌か、と短く訊かれ、今度は首を横に振った。嫌なわけがない、好きな人に触れられて。

「お前が技局に配属されて、一緒に働くようになって。気がついたら目で追うようになってた」

 どんどん顔が熱くなるのを自覚する。好きな相手にこんなことを言われて照れない人がいるだろうか。阿近さんの顔色は相変わらず青白いままだけれど、繋がれた手はじんわりと熱を帯びていた。
 私だってずっと阿近さんのことが好きだった。優しくてかっこよくて優秀な阿近さんは私の憧れで、憧れはいつからか恋心へと変化して。もう何年も何年も、ずっと阿近さんのことだけを見てきた。

「あの、私も」
「知ってる」
「え」
「お前の気持ちなんかとっくにバレてんだよ」

 阿近さんには、私の気持ちは筒抜けだったらしい。よくよく考えれば確かに、敏い阿近さんが私なんかの考えていることに気がつかないわけがない。周りの人たちが見て分かるくらい好意が丸出しだったのだ、気づかない方が無理な話だ。
 阿近さんは徐に立ち上がり、歩きながら話すぞ、と私の手を引いた。夜空に浮かぶ満月が私たちを照らし、二人分の影が地面に伸びている。

「お前の気持ちは分かった上で、お前を受け入れることも、突き放すこともできずに、ずっと付かず離れずの関係を保ってた」
「……どうしてですか」
「お前は貴族だろ。同じ貴族と結婚して家を守っていくもんだと思ってたんだよ」

 ぎゅ、と握られた手に力が篭もる。阿近さんは真っ直ぐ前を見据えたまま、淡々と続きを語り始めた。

「お前のためを思うなら、突き放して諦めさせるべきなのはわかってた。だがお前を失いたくなくて、気持ちに気づかないフリしたまま傍にいたんだ。何年もな」

 卑怯だろ、と自嘲気味に阿近さんは笑う。阿近さんは、私の家のことまで考えてくれていたんだ。確かに両親から見合い話を持ち掛けられたことも少なくない。けれどその度断ってきたのは、今目の前にいるこの人のことが好きで好きでたまらないから。きっと阿近さんは私のことや私の家のことをたくさん考えて、私の幸せを願ってくれていたのだろう。でも、阿近さん以外の人と結ばれたって私はちっとも幸せじゃない。絡められた指を解き、阿近さんの背中に飛びついた。

「阿近さんじゃなきゃ嫌です、私」

 細い腰に腕を回し、強い力で抱きしめる。私の気持ちが、少しでも阿近さんに伝わるように。しかし阿近さんは私の腕を解き、くるりと身を翻した。再び漆黒の三白眼に捕らわれる。

「もうお前の家に遠慮はしねえ」
「は、はい」
「他の奴になんざ渡さねえ。俺がお前を幸せにする」
「……はい」
「俺と付き合ってくれ、紫乃」
「っ、はい」

 ぐいっと腕を引かれ、阿近さんの胸板に閉じ込められる。頭と腰に回された腕はどちらも優しくて、けれどしっかりと私を包み込んだ。闇夜に浮かぶ月が、柔らかい光で私たちを照らしていた。