「ちょっと乱菊さん!昨日私どうなったんですか!」

 ガンガン痛む頭を押さえて急いで地獄蝶を飛ばし、乱菊さんと連絡を取る。普段より早く目が覚めたのは不幸中の幸いだった。

「あら、やっぱ覚えてない?もったいないことしたわねあんた」
「は?」
「阿近に迎えにきてもらったのよ」
「はあ!?」

 乱菊さんの発言は、私の理解の範疇を大きく超えていた。自分の大声が頭に響き顔を顰めつつ、その元凶となった乱菊さんの言葉を再度聞き返す。

「どういうことですか!」
「あんた潰れちゃったけどあたしは飲み足りなかったし。そのままにしとくわけにもいかないから阿近に連絡して引き取ってもらったの」
「うわあ……」
「阿近あんたのことおんぶして帰ったわよ」
「嘘!?」

 仕事で忙しい阿近さんをわざわざ呼び出して、しかも酒臭かったであろう私を回収させただなんて。それにおんぶって、あの細い阿近さんに私の体を背負わせたってこと、で。あの居酒屋から私の部屋までそれなりに距離もあったはずだし、それに布団の中にいたということは布団も敷いてもらったということだし。というかそもそも私の部屋なんて阿近さんが知ってるはずもないから、わざわざ調べさせてしまったということになる。考えれば考えるほどたくさん浮かんでくる失態に頭を抱える。

「ま、いい理由付けになったじゃない。お詫びにご馳走しますとか適当に言って食事にでも誘いなさいよ」
「は!?」
「あんたあたしがせっかくキッカケ作ったのよ?そのくらいしなかったら許さないわよ」
「え、あの」
「じゃ、次会う時はそのこと詳しく聞かせてね」

 乱菊さんが楽しげにウインクしてる姿が目に浮かぶ。通信の切れた地獄蝶を見つめ、口をパクパクさせながら私は棒立ち状態だ。食事ってそんな、今まで頑張っても食堂までしか出たことないのに。出不精な阿近さんがそれに応じるとも思えないけど、でも誘わなかったら乱菊さんが恐い。うう、と半泣きになりながら、まずは数々の無礼を詫びるため慌てて支度を済ませ部屋を出た。誘う誘わないよりも先に、まずは阿近さんに謝らなくては。


「阿近さん!!」
「あ?」

 技局に着くなり阿近さんの研究室に直行する。入ってすぐに大声で名前を呼ぶと、怪訝そうな顔をした阿近さんが煙草を咥えながらこちらを向いた。走ったり声張ったりでガンガン痛む頭は今日一日使い物になるのか疑問ではあるが、とにかくまずは謝ることが先決だ。

「すみませんでした!」
「あ?あー……昨日か」
「お忙しいところをわざわざ迎えに来させてしまって」
「まあそうだな」
「しかもおんぶして頂いたとか」
「ああ、腰がめちゃくちゃ痛ェ」
「布団も敷いて頂いたようで」
「敷いたな」
「本当にすみませんでした!」

 土下座せんばかりの勢いで思い切り頭を下げる。わかってたけどやっぱり忙しかったんだなとか、私重かったんだなとか、阿近さんの短い返事から読み取れた事実がずしずしと胸にのしかかった。どう考えても迷惑かけてしまったし、昨日乱菊さんが言ってた阿近さん内好感度ランキングもかなり下位になってしまったかもしれない。頭を垂れて泣きそうになっていると、スタスタと此方に歩み寄ってきた阿近さんがポンと私の頭に手を乗せた。

「別に怒ってねえから心配すんな」
「で、でも」
「それとこれ」
「え」
「二日酔いのままじゃ辛ェだろ。それ飲むと大分楽になる」

 阿近さんに錠剤の入った瓶を手渡され、意図がわからず首を傾げるとすぐに答えは降ってきた。昨日散々迷惑かけたのに、更にこんな気遣いまでしてくれるなんて。この人どこまで出来た人なんだと感動してしまう。

――食事にでも誘いなさいよ

 突然、地獄蝶越しに聞いた乱菊さんの声が脳裏を掠めた。そうだ、お詫びとかなんとか言って誘えって言われてたんだった。ちら、と阿近さんを盗み見るといつもと同じように無表情で書類に目を通している。その横顔だけでも脈拍は上昇し、お誘いなんて出来るわけがないという結論に至るまで時間はかからなかった。

「……何だ」
「え、いや、あの」

 乱菊さんに怒られてもいいから誘うのはやめようと思った矢先、私の視線に気付いた阿近さんに声をかけられてしまう。いつも私のことなんかほとんど見やしないのに、何故か今日に限ってこっちに目を向けてくれちゃうし。眉をつり上げて怒声を浴びせる乱菊さんが浮かんで、ついでにお詫びという言葉も浮かんで、もう自棄だと大きく息を吸った。

「お詫びに何かご馳走させて下さい!」

 うだうだ言ったらきっと尻すぼみになって上手く伝えられないだろうから、自分でも笑えるくらいの早口で一息で言い切った。ああ、言ってしまった。ついに阿近さんを食事に誘ってしまった。

「……あ?」

 そこで聞き返さないでください。ものすごく勇気を振り絞って言った台詞だったのに、それをもう一度言えと言うんですか阿近さん。顔なんて上げられるわけもなくて目線はずっと床のまま。お詫びという言葉の裏にあるのはどう考えても下心で、見方によればこんなの逆ナンみたいなもので。断られたらどうしようとか、がっついてると思われたら立ち直れないとか、マイナスに傾いた思考はどんどん後ろ向きな答えを提示する。先程渡された薬瓶を握り締めて、震えそうになるのを堪えながら目を固く瞑った。

「……週末」
「え」
「今週末、仕事終わりなら暇だ」
「え、あの」
「ご馳走してくれんじゃねえのか」
「し、します!是非!」

 店は任せる、とだけ残して、阿近さんは書類片手に研究室を出ていってしまった。……え、ちょ、待ってこれオッケーもらえた、んだよね?先程とは違う意味で震えそうになる体。飛び上がりたくなるのを必死で抑え、胸の前で小さくガッツポーズした。嬉しい、けど恥ずかしい。暴れたいような叫びたいような気持ちになって、けれど腰も抜けてしまってその場にしゃがみ込む。……週末、阿近さんとお食事できるんだ。握りしめていた薬瓶を額に押し当て、溢れて止まらないにやにやを隠すことなく顔に出した。