「へ、変じゃない、かな……」
約束を取り付けてからの数日は驚くほどに早かった。気付けばもう週末で、そして夜になっていて。私の方はもう仕事も終えて、あとは肝心の阿近さんが上がるのを待つだけ。とはいえいつも忙しそうな阿近さんは何時に終わるかなんてわからないし、突っ立ってるのもアレなのでとりあえず身なりを整えようと御手洗いに入った。鏡と向き合ってお化粧し直して、髪も整えて。我ながら綺麗にセットできたと思ったけれど、今度は気合い入れすぎなんじゃないかと悩んだり。お詫びのお食事ってだけで、別にデートってわけじゃないのに。
「ぎ、ぎこちな……」
鏡に向けて笑ってみるも、あまりの表情の固さに自分でも引いてしまう。やばい、これ普段より三割増しでブスだ。こんなんじゃ阿近さんにも気を遣わせてしまう。落ち着け紫乃、今日はただのお詫びであって、特別な意味があるわけじゃないんだから。ばちんと音を立てて両頬を叩き、よし、と気合いを入れてから御手洗いを出た。
「何してんだ」
「え、阿近さん!?」
出たら、すぐ横で阿近さんが壁に寄り掛かっていて。その呆れ顔から察するに、今の御手洗いでの一人言は完全に聞こえてしまっていたのだろう。うわ、御手洗いで一人で喋ってるなんて、これ私完全に危ない人じゃん……!お食事する前から恥をかいてしまい、自分の情けなさに顔が火照る。……というか、ついさっき研究室で忙しそうにしてたのに。
「あの、阿近さん」
「何だ」
「仕事の方は……」
「終わってねえのにここにいると思うのか」
「え、終わったんですか!?」
「まあな」
普段から仕事の早い人だけれど、さっきまであんなにバタバタしてたのにもう終わらせただなんて。……私との約束のためだと、少し自惚れてもいいのだろうか。何も言えずに黙っていると、阿近さんの大きな手のひらがポンと私の頭に乗せられた。
「行くか」
「は、はい!」
無表情の阿近さんとは対照的に、自然と笑みが溢れてしまう私。こんなに浮かれてるのも、こんなにドキドキしてるのも、どうせ私だけなのだろうけど。それでも、阿近さんがこうして私に時間を割いてくれる事実がこんなにも嬉しいのだ。ちゃんと話せるかなとか、これから行くお店の料理は阿近さんの口に合うかなとか、一抹の不安はあるけど。半歩前を歩く阿近さんの広い背中は、私の胸をひどく高鳴らせた。
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