「どうして阿近さんが戦場に駆り出されるんですか」
「そういう決まりなんだから仕方ねえだろ」

 ハァ、と大きく溜め息を吐く阿近さんは半ば呆れ顔だ。対する私は不安を拭えず、眉を八の字に下げて抗議を続けた。私がとやかく言ったところでどうにかなるレベルの話ではないのだが。

「それに戦場って程大袈裟なもんじゃねえよ。虚捕まえてくるだけだ」
「交戦するなら戦場です」

 縁側で煙草に火を点ける阿近さんの隣に腰掛ける。着流し姿の阿近さんが月明かりに照らされて、普段とは違った色気を漂わせていた。女の私が言うのも変な話だが目のやり場に困ってしまって、阿近さんが吐き出す紫煙をただただ見つめる。
 魂葬礼祭、という旧い仕来りがあるのは知っていた。先の大戦で前総隊長たちが亡くなってから今年で十二年が経つ。知識として知ってはいたが、自分の大切な人が、しかも副隊長とはいえ技術職が主の阿近さんがその場に参加するとなれば心配にもなる訳で。

「お前俺を侮ってんのか?」
「そんな訳ないじゃないですか」
「なら喜んで送り出してほしいところなんだがな」

 煙草を吸いながらそう零す阿近さんは相変わらず呆れ顔で、勘弁してくれとでも言いたげな様子である。上官の阿近さんを過度に心配する行為が失礼にあたる事は百も承知だ。そんな事は分かった上で、好きで好きでたまらない恋人の身を案じているのだ。
 大戦で大怪我を負った阿近さんの姿がフラッシュバックする。滅却師の矢を背に受け続け、血塗れで倒れる阿近さんを見た時は心臓が止まりそうになった。総合救護詰所に通い詰め、目を覚ました時には大泣きして阿近さんを困らせた事はまだ記憶に新しい。

「相手はただの虚だ。破面や滅却師と戦えってんじゃねえんだぞ」
「万が一があるかも」
「あったとしても死ぬ程の事はねえだろ」
「阿近さんは大戦の時の自分の姿を見てないからそんな事が言えるんです」

 十二年が経過しても、いまだに夢に見て震えることがある。護廷十三隊に属している以上常に覚悟はしておかなければならないが、それでも大切な人を失う恐怖は計り知れない。身体中に包帯を巻かれ機械に繋がれた阿近さんの姿を思い出し、目頭がじんと熱くなる。途端に静かになった私を見かねた阿近さんが、煙草を持っていない方の腕で包み込むように私を抱き寄せた。

「……まあそれを言われちまうと反論できねえな」
「本当に怖かったんですよ」
「ああ、悪かった」

 困ったように阿近さんは笑う。実際私に心配をかけたことに負い目を感じているようで、当時の話になると決まって彼はこの笑い方をするのだ。阿近さんのこの表情を見られるのは自分だけだと思うと、傾斜していた機嫌も少しだけ直るのを感じる。

「惚れた女に心配されんのも悪くねえが、仕事は仕事だ」
「……分かってます、ごめんなさい」

 阿近さんの胸板に顔を埋める。私がごねたところで全副隊長が動員される事実は変わらないし、阿近さんの言っていた通り強い敵と戦わされる訳でもない。それに、用意周到な阿近さんが虚相手にやられる想像もつかない。周りには戦闘経験豊富な副隊長もたくさんいるんだし、そもそも本来過度に心配する必要などないのだ。自分自身に言い聞かせるようにそう考えていると、阿近さんが私の頭をわしゃわしゃと撫でた。ゆっくりと顔を上げてみれば、先程までとは違う優しい笑顔を浮かべた阿近さんと目が合う。

「終わったら好きなもん食わせてやるから待ってろ」
「……子ども扱いしないでくださいよ」
「子ども扱いな訳あるか、自分の女甘やかしてるだけだ」

 阿近さんの唇が降ってくる。軽く触れるだけのそれは、私を照れさせるには十分なものだった。自分の女、なんて普段は絶対言わない癖に。私が思い通りの反応をしたのが愉快だったのか、どこか楽しげな様子の阿近さんに不意打ちで口付ける。軽い気持ちで反撃してみたものの、自らの行為がとんでもなく大胆なものであった事に気づき結局私が頬を熱くする羽目になってしまった。自分でやっといて照れんなよ、と非難する阿近さんは口元を手で覆いながら目線を外していて、もしかしなくても私のカウンターは成功していたという事で。この表情も、きっと私しか知らないんだろうな。私にしか見せない顔をまたひとつ知れた事が嬉しくて、再び阿近さんの胸板に顔を埋めるのだった。