私の終わり。そして始まり。

私、峽夢子は彼氏いない歴=生きてきた時間の寂しい二十代後半のしがない会社員だった。
家と会社を往復するだけの毎日、癒しはtwitterのTLに流れてくる美麗イラストやアニメ公式アカウントからの酸素配給をニヤニヤしながら見ること。
仕事の忙しさに追われ新しいアニメ漫画を開拓する事も出来ず、昔から好きだった王道の作品を振り返りまたニヤニヤ。
学生時代はお小遣いを切り崩して買い込んだグッズも、今じゃ「いや、部屋にあってもな」と買うのをやめてしまう程の熱意しか持てず、ああつまらない大人になったなと感じてしまう。

友人達は次々と恋愛し、結婚をしていく。
いい人はいないの?と度々聞いてきていた母も最近じゃ話題にすらしなくなった。

虐められた学生時代のトラウマなのかなんなのか、恐怖症とまではいかないものの異性に対して臆病になってしまった私の恋愛対象は専ら2次元の世界に生きる人。
私なんて好きになる人はいないだろうな。
そうまで考えてしまう程幼い頃に受けた傷はなかなか治らない。
現実の男性を好きになる事はあれど何のアクションも起こすことは出来ず恋心の自然消滅をいつも待つだけだった。
好きだと知られたら迷惑がられるかもしれない。
そんな考えが真っ先に現れて私を止めるのだ。

その点、乙女ゲームや夢小説はいい!現実で味わった悪意のある言葉など殆ど無い甘く優しい世界が沢山広がっている。
いや嫌われ設定とかあるけどね?
でも大体の物語はハッピーエンドだし、好みの問題かハッピーエンドのものを選ぶから幸せになって終わるし…私はいい歳してと自分でも思うがそういった類のジャンルに今でものめり込んでいる。
化粧や洋服や髪型にお金をかける訳でもなく、夢やゲームに時間をかける生活の繰り返し。

そんな冴えない女が私だった。


いつも通りの朝、通勤途中にスマホからお気に入りのサイトを閲覧して更新があることに喜びつつメインのページを開く。
ローヒールのパンプスがコツコツとアスファルトを鳴らし、急ぎ足のサラリーマン達が私を追い抜いていく。
ぶつからないように気を付けながらちょいちょい視線はスマホに向けた。
駅まであと200メートルもないような場所にある横断歩道の赤信号に足を止める。
隣には通勤途中駅前の保育園に子供を預けるのか3、4歳ぐらいの子供の手を引いた母親。
私を挟んで反対側にはシャカシャカと音楽が漏れ聞こえるイヤホンを挿したスーツ姿の男性。
特に代わり映えの無いいつもの日常的な光景をぶち壊したのは1台の大型トラックだった。

最初に悲鳴をあげたのは子供を連れた母親だった。
歩道に立つ私たちを狙うかのように大型トラックが物凄いスピードで歩道に突っ込んできたのだ。
びっくりし過ぎて動けなかった。
一瞬だけ見えた運転席にはハンドルにうつ伏せになっている男性の頭頂部。
居眠りだったのか、持病などで意識がなくなったのかはわからない。


ああ、終わった


張り付いて動かなくなった両足にそう感じた。
こういう時、せめて子供だけでもと何か行動出来たらどれ程良かったか
夢小説のようには上手くいかないな、ごめん、ごめんね、と私はそれを最後に意識を失くした












「あぅー…!!」


いや意識失くしたって言ったじゃん!
なんで気が付いたら豪華なお部屋にこれまた洒落た感じの檻の中で寝てるんだ私は!?
なんだこのプニプニのもみじの様な手は!?


「あっ おきた!夢子おきたわママ!!」

「あらあら、起きたのね夢子。そろそろミルクの時間かしら」

「わたし!わたしやるー!!」

「まだ園子には早いわよ。おねえちゃんは夢子が泣かないように見ててね。 浅霧さーん?ミルクお願い」

「はい、ただいまお持ちします」


柵越しに此方をキラキラした目で見つめて来る小さな女の子と凄い美人な奥さんが母娘なのは見ていてわかった。
しかしその視線は私に向けられているのだ。夢子、と私の名を呼んで。
明らかにおかしな出来事に頭の処理が追い付かない。
目に飛び込んで来る情報は私にグサグサと突き刺さる。
私がいるのは檻ではなくベビーベッドの内側、先程から声を出そうとしても出てくるのは母音のみ、頭が重くジタバタと手足を動かしてみると目に入るのはプニプニの手足、どうやらこれからミルクを飲まされるらしい、天井にシャンデリアが輝いてる、世界の全てが大きく見える

これらの情報から一つの答えが導かれた




え?私生まれ変わった??



私の終わり。そして始まり。


(それも結構な金持ちの家だ…!!)

目次 next→