【一部屋目】
まるで壊れかけた時計の様に少しづつ、少しづつ、全てがズレて見えた。
この部屋は普通に見える。
いつもの畳に、いつもの紫色の座布団。机の上には昨日まで小夜と審神者が食べていた柿がふたつ。
審神者は息を殺していた。震える手を胸元で祈るように重ね合わせる。
首元を撫でた刃、虚ろな瞳、鶏の亡骸、閉ざされた門、繋がらない端末。
全てが歪んでいる。
(わたし以外、なにもかも)
「今度こそ…今度こそは…」
押入れの向こう側で誰かの声がした。うっすらと光の差し込んだ隙間を覗くと、そこには壊れた笑みを浮かべたまま部屋の中を漁っている骨喰藤四郎の姿があった。
バン!バン!
座布団を襖に叩きつけ、机をひっくり返している。
どうか、こちらに気づかないでと固く目蓋を閉じ、骨喰藤四郎が部屋から出るのを待った。
【二部屋目】
誰かが争った形跡のある部屋だ。
畳には血痕と思わしき赤が点々とあり、いつの日か五虎退が書いてくれた「精進」の掛け軸が酷く破れている。
「もういいかい?」
獅子王の声だ。まるでかくれんぼでもしているかのような声色に慌てて身を隠す。
とん、とん、とん、と誰かの足音が聞こえる。
「もういいかい」
声が近い。少し寂しげな声に胸が痛くなった。
足音が遠退く。去って行ったようだ。
【三部屋目】
書斎に出た。洋箪笥の中へと隠れる。隙間から様子を伺うと誰かが廊下を駆けていく足音が聞こえたが、そのまま去って行ったようだ。
【四部屋目】
書庫に出た。気配がしたので物陰に隠れる。
近くで不気味な笑い声が聞こえる。声からして、信濃藤四郎だろうか。
延々と笑いを繰り返す玩具のようで恐ろしくなり耳を塞ぐ。まだ塞いでも聞こえるのか、頭の中で聞こえているのかわからない。
ふと、手を離し耳を澄ませる。
不気味なほどに静まり返った本丸に心臓はどくどくと脈を打つ。
信濃の気配は無い。今だ。と、審神者は部屋を移動した。
【五部屋目】
この部屋は普通に見える。箪笥の中から小箱を見つけた。
開けてみると無数の自分が映った写真が入っていた。こんな写真が撮れるのは獅子王ぐらいだ。
何故撮られていたことに気づかなかったのだろう。
しかしそこで審神者は考えるのを止めた。これ以上考えてしまうと震えが止まらなくなり、きっと歩くことさえできなくなってしまう。
審神者は小箱を元通りに戻して早々と部屋を出た。
【六部屋目】
老朽化が随分と進んでいる部屋だ。こんな部屋前からあっただろうか。
気配がしたので押入れに逃げ込む。
……ズル…ズル…ずるズル…と何かを引きずる音がする。
(…………通りすぎた)
押入れから出て部屋から廊下に出ると、擦れたような赤が床を這っていた。
審神者はその赤を踏まないように端を歩く。
長くて赤い紐を見つけた。誰の「赤」なのかを悟り瞳に涙を浮かべた。
【七部屋目】
写真が散乱した部屋に入った。
先程からおかしいのだ。知らない部屋、見慣れない部屋ばかりに入っている。ここが自分の本丸なのかさえ分からなくなってきた。
どしんどしん、と今度は荒立った足音が聞こえる。
押入れに隠れて様子を伺っていると荒々しく襖を開けて前田藤四郎がやって来た。
思わず口元を抑える。
前田藤四郎は随分と機嫌が悪そうで「ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ!」と写真を踏みつける。
審神者は只それを隙間から眺め、自分の知っている前田藤四郎では無いんだと言い聞かせた。
【八部屋目】
本丸の執務室だ。
ガチャン!
置いてあった茶器を割ってしまった。派手な音が本丸に響き渡る。
複数の足音がどんどんと近づいてきている。移動しなくては。
【九部屋目】
煤けた部屋。ここが自分の私室だと気づくのに数秒を要した。
化粧台にねん清がいた。引き出しを開けるよう促してきたので開けてみる。
メモが入っていた。
『鏡にご注意』
(なんのこと?)
化粧台の鏡を見ると加州清光の姿があった。
「忠告したのに」
見つ か った…
ここは壊れた本丸。
政府によってバグのテストが行われていたらしい。
「先輩、あの本丸何年もあのままらしいんですけどいいんですか?」
「ああ、例の。どうせ誰も気にして無いし凍結しちゃったから周りに害は無いのよ、あれ」
「でも、あの中にまだ…」
「こら。上が放ってるんだから変に騒ぎ立てないの。まだ仕事残ってるんだから先行くわよ」
ここは壊れた時計の中。
いつもの畳に、いつもの紫色の座布団。机の上には昨日まで小夜と審神者が食べていた柿がふたつ。
私は息を殺していた。震える手を胸元で祈るように重ね合わせる。
首元を撫でた刃、虚ろな瞳、鶏の亡骸、閉ざされた門、繋がらない端末。
全てが歪んでいる。わたし以外、なにもかも。
<ゲームオーバー>
最初からはじめますか?
はい
はい
はい
はい
はい
はい
以上、診断メーカーからでした。