生まれてはじめて母に「友達の家に寄って帰る」と連絡をした。
 入学式も終わり、連絡先を交換した長谷部に積もる話もあるからとファミレスか何処かで話そうと連絡すると、とりあえず校舎前に集合となった。
「主!お待たせしてしまい申し訳ありません!」
 すごい勢いで走ってきた長谷部に周りがざわつく。
「ちょ、呼び方考えてよ」
「は、はっ……ではなんと、」
「あ…うん……」
 前世の刷り込みか、真名を伝えることは神隠しにあったりと何かと審神者にとって不利だと言われ続けていたのもだから一瞬名前を口にする事に抵抗してしまう。
「…名字名前。私の名前」
 こんなにも自分の名前を口にすることが緊張するなんて。
「主に見合った綺麗な名前です」
「あ、ありがとう。うん。名前はその、人目につかない時は主でいいよ」
 むしろやっぱりそう呼んでくれた方が馴染みがあるおかげで落ち着いた。
「はい」
 しかし、容姿が良いとそれだけ目立つ。正直本丸の中で長谷部は地味な方だと思っていたけれど、イケメンはイケメンに変わりないのだ。
「ファミレス、…行く?」
「いえ、少しお待ちを。あいつも呼んでいますので」
 そう長谷部が言うと、少しして胸元に花が咲いた生徒達がぞくぞくと校舎から出てきた。その中から大倶利伽羅の姿が見え、彼はこちらに気が付くと、らしくもない駆け足でこちらへとやってくる。しかしその理由も納得だ。大倶利伽羅の背後には数名の女子生徒が群がっていた。
 私が審神者だった頃は、私の本丸以外にも本丸は当然あり、ある意味私たち審神者は始めの頃よりはこの容姿の良い彼らに慣れてきていた。しかしこの時代では、仕方のないことで容姿が綺麗な者にはそれなりに好意を寄せるものが増える。私は、その女子生徒達からの妬みを受けまいと、そっと正門の裏へと隠れた。今でさえ友人は少ないというのに、もしもお門違いな妬みの矛先がこちらへ向けられるのは非常に避けたい。
「悪い。とりあえず急げるか」
 大倶利伽羅の顔色は悪く、「慣れ合うつもりはない」と散々言っていた彼のことだ。居心地が悪いのは仕方のないことだろう。
「では見つからない場所はひとつしかありませんね」
 長谷部の言葉にまさか、とは思っていたが、そのまさかだった。学校から徒歩十五分といったところだろうか。たくさんのマンションがそびえ立つ一角に、長谷部、そして大倶利伽羅の家はそこにあった。
「わあ、片付いてる」
「もちろんです。ここに越してきたのは三月ですから」
 どうやら長谷部と大倶利伽羅は親戚同士らしい。
 元々この広いマンションの一室は長谷部の両親が仕事の関係で購入したらしく、その縁で長谷部もここに越してくるようになり、大倶利伽羅もまた、丁度学校が近いということで居候させてもらっているようだ。
 そんな長谷部の両親は越して来て早々海外の出張が決まり、今は二人でここで暮らしている。
 とりあえず長谷部は財力のある家に生まれたようだ。3LDKのマンションは、リビングだけでも私の住んでいる家よりもずっと大きい。けれど家具は少なくやけに声が響く。
「すみません。こいつと二人なので緑茶しかなく…なんだったらコンビニで主がよく飲んでいたオレンジジュースを買ってきます」
「えっいいよ、お茶で」
 ガラスの大きなローテーブルに、きっと本革なのだろう黒のソファ。ますます羨ましい。
「ご両親はいつ帰ってくるの?」
「来年には帰国できるそうですが、もうその頃には自分も家を出て一人暮らしをするつもりです」
「伽羅ちゃんはどうすんの」
「その時は実家にでも帰る」
「そっか。…まあ仕方ないよね。前みたいに皆で暮らせたらいいのにね。光忠さんがご飯作ってくれて、皆で一緒にご飯食べんの」
「主……」
「暮らせないのか?」
 大倶利伽羅の真っ直ぐな瞳が私を貫く。
 若い男女が一緒に住むなんて、おかしなもので、しかも私一人に彼らとなると、もうご近所さんに顔向けができない。
「伽羅ちゃんも長谷部も将来結婚したとして、その時はどうする? それこそ私はまた寂しくなるから嫌だなあ」
 わがままにもほどがあるのは自覚している。だけど、会えたのに、また一緒に暮せたのにと私自身が身勝手に落ち込むのは目に見えてる。
「しかもどうせ二人のことだから今まで彼女とかいたんじゃないの」
 あれ、私は今なにに怒ったんだろう。長い沈黙に否定もしないということは、やっぱりそうなんだ。そうか。二人に将来がどうのと言いながら、あの時に立ち止まっているのは私の方だ。
「……あ、厚君たちもいるのかな」
「っいえ、今のところ分かっているのは俺と大倶利伽羅だけです」
「そっか。でも不思議なのはさ、なんで私の本丸の刀が転生したんだろう」
 自分の身勝手で出会いの日、そして大倶利伽羅の入学式にしんみりとした雰囲気は避けるべきだ。
「確かに。偶然にしてはあまりにも揃いすぎているような気がします」
 しかも三人とも前世の記憶があるということ。
「ね、あの時代の最後って覚えてる?」
 考えてみれば全く思い出せないのだ。
「いや、覚えていない」
「俺も…記憶にありません」
 だとしたら、それもおかしな話じゃないか?あの戦いに何らかの終止符がうたれたから、私たちはここにいる。
「まさかあの政府の企みとかじゃないよね」
「……もしくは時間遡行軍の仕業か」
 そう言った大倶利伽羅に私は背筋がぞっとした。もしもこの転生自体が仕組まれているとしたなら。
「主はこの時代に生まれ展示されている刀をご覧に行かれたことは?」
「あるよ。行ける範囲では、だけど」
 毎年一月には長谷部に会いに行ったし、旅行に行くと決まったら刀が展示される日付に合わせたりもした。
「俺たちも見て回ったことがあります。もちろんそこには自分達は…というか前世、というべきでは無いのかもしれませんが自分達がありましたし、現存してある他の刀たちもいました」
「どういうこと?」
「遡行軍が仕組んだとすれば邪魔な刀剣を元から排除する為に転生させたのなら、現存してある刀はもうすでに遡行軍の手で無くなってしまったのだろうかと、そう思ったんですが…」
 でも、だとしたら過去へ向かい政府が対遡行軍の審神者を募る以前で動く方が現実的だ。
「じゃあなんで私たちなの?って話じゃない?」
「他の本丸も俺たちと同じような状況かもしれない」
 大倶利伽羅が言うには、並行世界が無数に存在し、その中のひとつが私たちのいるこの世界なのでは、ということらしい。
「この出会いは仕組まれたものかもしれない。理由は分からないが、あいつらに何か策があるんだろ」
「ではこの世界には他の仲間もいるはずということか」
「少なくとも、あんたが顕現した分の刀は揃っていると思う」
 考えすぎだとしても、この不可解な出会いは魚の骨が喉にあるような、何か引っかかる。そんな気分に私たちをさせているのは事実。
「俺の読みが当たっているなら近いうち、他の刀とも会うんじゃないか?」
 私は口を閉ざしていた。なにも言えなかった。大倶利伽羅のいうことが真実だったなら、また戦いはきっと起こる。この素晴らしい出会いも、全て偽物で。奇跡だと信じた今朝は、夜が空を覆っていた間に消えていた。

「本当によろしいんですか?」
「うん。ここから近いし」
「では近くまで…」
「大丈夫だって。じゃあまた明日」
 電灯で照らされたコンクリートの道はひんやりとしていた。私の家は長谷部達の家から二十分程歩いた場所にある。
 悪い意味で熱に浮かされた頭が冷やされていくのを感じ、今までの自分の人生は、何者かの手によって作られていたものなのかもしれない、と不安になった。その不安を紛らわすために、スカートのポケットの中からイヤホンを取り出しスマホに挿した。しかし思いの外指先が乾燥していたのか、スマホは鈍い音を立て、硬いコンクリートの地面を滑ってしまう。まだローンが残っているのに、と嫌な汗が出て、慌ててスマホを拾おうとした。
「あなや。主は相も変わらずそそっかしいなあ」
 視界に影が落ちる。聞き覚えのある声に顔を上げれば、そこには月夜に照らされた三日月宗近がいた。細く長い指先が、私の無骨なスマートフォンを拾い上げる。
「傷はついていないようだ。よかったな」
 何の戸惑いも無く、三日月は私を見下ろし笑みを作った。私は何も言えないまま、口を開いたり閉じたりと繰り返した。
「どうした?主。俺が分からんか」
「み、か…づき」
「ああ、やっと声が聞けたな」
 彼は三日月を宿したその瞳で微笑むと、私の唇にキスを落とした。