翌日。朝、通い慣れた道をいつもの三人で歩く。今歩いている通りは車や自転車があまりこないから三人で並んでいても危なくない。
 俺の横にいる水希は先程からあくびを連発している。真琴の話にも気の抜けた相槌ばかりなので多分聞いていないのだろう。
「水希。寝てないのか?」
「ん……。うん」
 返事ははっきりしない。目が眠そうだ。
 意思疎通が厳しいようなので代わりに真琴を見る。彼は苦笑をこぼして頬をかいた。
「昨日の夜、ずっと本を読んでてさ」
「本? ……」
「そ。蘭が呼んでも気づいてなかったから、相当夢中になってたみたいだよ」
 そのときのことを思い出しているのだろう。真琴は柔らかい表情をしている。
「しかもハードカバーのすっごく分厚いやつ。どんな心境の変化なんだろうね?」
 ……。それは、俺が昨日見たのと同じやつだ。水希が、怜に、勧めてもらった本。
 水希はそれを、周りの声が聞こえなくなるほど、寝不足になるほど夢中になって読んでいたというのか。本なんか読むようなやつじゃないのに。勧めてもらったから。怜に、……。
 胃がキリキリとする。
 水希が俺以外の存在から影響を受けているのがひどく不快だ。自分でも余裕がなさすぎだとわかっているけれど、……嫌なものは嫌だ。
 信号に差し掛かった。点滅を繰り返す青が赤に変わる。真琴が残念そうな声を出したが、時間には余計なほど余裕がある。ここで足止めされても遅刻にはならない。
 ふらりと。左隣の影が動いた。
 血の気が引いた。
「おいっ……。赤だぞ」
 思いっきり水希の腕を引いた。
 水希は俺の方に肩をぶつけてきた。強く引きすぎたのか、水希の踏ん張りがきかなかったのか、あるいは両方か。
 不思議そうに俺を見上げて、瞬きを数回。ゆっくりと道路の方に目をやる。
 往来する車を見て理解したのだろう。「ごめん」と眠たそうな声がした。
「……。気をつけろ」
「ん……」
 水希は相変わらず俺に寄りかかっている。反応が悪いし、覇気がないし、だるそうだし……て、水希、目を閉じてる。まさか、立ったまま寝る気か? 俺に寄りかかって? ……。信号なんてすぐに変わるのに。
「ふ。くくっ……」
「! ……真琴」
「……良かったね。ハル」
 俺と水希を見て、真琴は笑いを殺しながらいう。
 ……。……水希が寄りかかってきている現状に、自分の顔が熱いのは自覚している。それを、真琴に、からかわれている。
「……笑うな」
「ふ、……ごめん」
「……」
 笑いを隠しきれてない。ギロリと睨んでやってもまだ肩を震わしている。
 ため息をついて信号を見た。相変わらず赤のままだが反対側が点滅している。
「寝るな。バカ」
「……」
 俺に寄りかかっている水希の背中を叩く。
 信号が青に変わった。同時に、水希が瞼を持ち上げた。
「行くぞ」
「……。ん」
 やっとまっすぐに立った。そのことにホッとする反面、離れていったぬくもりに寂しさを覚える。
 横断歩道を渡る水希の足取りは重い。ふらふらしてるし、遅いし。睡眠不足が相当きている。見ていて危なっかしい。
 ……。手、握って引っ張っても、別に、変じゃないよな。放っておくと危ないし……。
 横断歩道を渡りきったのは真琴が先だ。少し先で待っている彼の元に俺たちも近寄る。と、真琴の視線が、手元に下り、……!
「あー。ハル」
「違う。水希が危なっかしいからっ……」
 慌ててつないでいた手を離す。つもりが、水希が離してくれない。握ったままだ。
 真琴はニヤニヤしている。相当な悪人ヅラだ。くそ……!
「ふふ。わかってるって。ハルもなかなかやるなぁ」
「だから……っ。……。もういい」
 揶揄してくる真琴に弁明するのはやめた。たまった熱を逃がすようにため息をする。
「寝ぼけてる水希は扱いやすいよね」
「……」
 ……冗談で言ってるのか本気で言ってるのか。反応に困るので真琴の発言は無視した。
 水希が俺から手を離したのは学校の昇降口に着いたからだった。はっきり目を覚ましたとかじゃなく、靴を履き替えるために、だ。その後もふらふらしていて教室に着くと速攻で寝てしまったし、HRで起こされてもうとうとし続け、授業中も先生に起こされまたすぐうとうと。どれだけ寝てないんだ……。
 水希は一度だけちゃんと目を覚ました。四限が始まっててすぐのことだ。なにか、自分のカバンをしきりに気にしていた。けれど十分と経たず机に伏せてしまい、元どおりだった。四限目の教師は寝ている人は放置するようで、あからさまな水希でも完全にスルーされていた。
 昼休みになった。
 真琴が弁当を取り出し、心なしか自慢げに俺を見る。なんだ、と。目で訴える。途端に真琴の表情がわかりやすすぎるぐらいに緩んだ。
「今日の弁当」
「……」
 真琴は得意げな顔のまま俺の反応を待っている。
「……。見ればわかる。だからなんだ?」
「ふふ……。今日の弁当は、水希が作ってくれたんだよ」
 兄弟の手作り弁当。俺には兄弟がいないからその嬉しさがわからない。ただ……。水希が作った弁当を自慢してくるとか。やっぱりブラコンだ。ブラコンすぎてムカつく。水希の手作り弁当。くそ……。
「羨ましい?」
「……。別に」
 中身が気になりはしたけど真琴を羨んでなんかいない。
 真琴のやつ、最近はやけにからかってくる。真琴の考えてることは大体わかる。そうやって俺を煽ってさっさと告白させようとか、そんな考えを持っているに違いない。その手に乗るつもりはない。
 自分も弁当を用意して、ふと、水希の方を見た。
 水希は机に伏せている。もう見慣れた光景だけど今回は本当に寝ているみたいだ。今日も置いて行くか……。
 ……、そういえば水希。四限の始め妙にカバンを気にしていた。多分だけれど本を持ってきているんだと思う。……もし俺のいない間に起きて、怜から勧めてもらった本を読まれたら嫌だ。……。
「……。真琴」
「ん?」
「今日はここで食べる」
「? あ。うん。わかった。俺は屋上に行くね」
 真琴はいやに機嫌良く言って、俺の返事も待たずにさっさと教室を出てしまった。
 ……。“水希と仲良くね”とか聞こえた気がする。幻聴だろうか。……深く聞いてこないでくれたのはありがたいが、それは聞かずともわかっているからだろう。俺がなぜ教室に残るのか察したふうな真琴が少し腹立たしい。なんでも理解してくれる幼馴染というのも考えものだ。
 ため息をした。
 弁当と水筒を持って水希の方に近寄る。彼の前の席は空いているようだ。この席のクラスメイトが帰ってくるまで借りさせてもらおう。
 水希は寝ている。周囲は賑わっているのによく眠れるものだなと思う。呆れを通り越してやや感心する。
 水希の観察もほどほどにしよう。
 昼飯を食べようと思って不意に真琴が「今日の弁当は水希の手作り」と自慢してきたことを思い出した。母親の手伝いか代わりか知らないが、真琴のだけを水希が作った、という話じゃないだろう。水希は自分の弁当も自分で作っているはず。
 ……。気になる。
 これは本人を速急に起こさなければならない。
 何度肩を叩くはめになるかわからないけれど水希を起こすことにした。
 まずは軽く叩く。もちろん起きない。
 次に体を揺さぶりつつも肩を叩く。まだ起きない。
 少し間を置く。
 今度は肩を掴み、先ほどよりも大きく体を揺さぶった。……起きない。
「……水希」
 思った以上に情けない声になった。それが恥ずかしくてごまかすように水希の肩を軽く叩く。
「……、……」
「!」
 水希の頭がゆっくりと上がった。
 目をこすって、周囲を見渡している。完璧に寝起きだ。かわい……、いや、かわいい、じゃない。……かわいいけど。
「水希。飯、食べるぞ」
「……?」
 水希が体を起こしたので肩に触れたままだった手を離した。
 水希は寝ぼけ眼で俺の近くを気にしている。なにを探しているのかと確認しようとした矢先。
「真琴は……?」
 探しものは真琴だったようだ。開口一番に真琴の名前を口にしたことがやや面白くないけれど、ブラコンだから仕方ない、大目に見てやろうと思う。
「屋上に行った」
「ふうん……」
 自分から聞いておいて水希は反応が悪い。寝起きだからだろうな。
 借りている席の机に置いていた自分の弁当を水希の机に載せる。
 時計を眺めていた水希の視線がこちらに向いた。随分と眠たそうな目をしている。寝ても寝ても寝足りないのか。本に夢中で。……、不快だ。
「急に読書家になったな」
「? ……ん」
 首を傾げられた。
 少しも理解されていない。嫉妬混じりの嫌みを言ったことが急に恥ずかしくなった。
「……今日も図書室に行くのか?」
「んー。いや、行かないよ」
 水希がゆるゆると首を振る。
 否定の返事に少し胸が軽くなる。なにも、毎日図書室に通うほど影響されているわけじゃないようだ。
「水希。弁当」
 放っておけばまた眠ってしまいそうだ。指先で机を叩いて食事を促す。
 水希は不思議そうにしている。というより困り顔だ。
「忘れたのか?」
「……。あるけど。遙。なんでいんの?」
「……屋上だと暑い」
 聞かれると思わなかったので返答に詰まった。とっさの嘘で納得したのか、水希はふうんと特別興味を持った様子もなく鼻を鳴らしただけだ。
 水希が机の横にかけたカバンから弁当を取り出した。……カバンの中に、“本”があるのが見えた。またモヤモヤとしたものが胸のあたりに充満し始める。今は意識しないようにしたい。話を変えよう。
「……真琴が今日は水希の担当だって言ってた」
「? ああ。弁当か」
 うわ言のように言いながら水希は弁当の蓋を開いた。
 おかずは卵焼きとウインナーと唐揚げと。野菜が入っていない。彩に偏りがある。
「……緑がないな」
「は。おまえの鯖弁当に言われたくないんだけど……」
 そう言われるとぐうの音もでない。自分の弁当を隠してしまいたくなる。今日も鯖と白米だ。
「遙の弁当、色少なすぎ」
「好きなものが食べれたらそれでいい」
「それは俺も同意するけど。そんな食生活でおまえが倒れないか心配だよ」
「!」
 顔が。……顔が、熱い。火照っている。
 水希の発言にそれ以上のことはないのだろうが、直球に心配を投げかけられたのは不意打ちに他ならない。単純だと罵られてもいい。好きなやつに気にかけられて、高揚するなというのが無理な話だ。
 水希の方からため息が聞こえる。
 弁当の蓋の上に、唐揚げと卵焼きが一つずつ、……?
 思わず水希を凝視して、一度おかずを見て、また水希を見てと、視線をその二つに彷徨わせる。
 これ、は。
 俺にくれるのか?
 ……、手作り。だったな。確か。
 今さら水希がエプロンをつけて台所に立っているのを想像して変な声が出そうになる。……良い。とか、思ってしまった。
 ジと卵焼きと唐揚げの二つを凝視する。正直、うわーとか、渚みたいに声を上げたいぐらいに嬉しい。好意でもらえたものだ。嬉し、
「! なっ……」
 急に水希が卵焼きを取って自分の口に放り込んだ。もぐもぐと口が動いている。食べてる。食べてる……? 俺に、くれたんじゃなかったのか……?
 呆然と水希を見る。
 もぐもぐと動いていた口が止まり、喉が動き、それから水希は発言する。
「余計だったろ」
「……余計とか言ってない」
 俺が食べずに凝視していたのをどう取ったのか。水希は余計なお世話をしてしまったのだと解釈したようだ。
「気ぃ遣わなくていいけど」
「……」
 気を遣うってなんだ。なんに対してだ?
 卵焼きはすっかり水希の胃に収まってしまったようすだ。ふざけるにもほどがある。
 唐揚げにも箸が伸びてきた。これまでも食べられてしまうのはかなり不愉快だ。箸でサッと唐揚げをつまんで一口で食べる。
 水希が呆然と俺を見ている。
 ……唐揚げ、衣がサクサクしてておいしい。まだ唐揚げしか食べてないから断定するのは難しいけど、水希、思いの外料理うまくないか? ……。
 胃袋を掴む。なんて言葉を聞いたことがある。自分は今まさに胃袋を掴まれたのかもしれない……。
 ……卵焼きも食べたい。口一杯の唐揚げをなんとか咀嚼しながら水希の弁当箱に残っている卵焼きを見つめる。
「いるの」
「ん」
 水希は不審がりながら俺を見ている。獰猛な動物に餌をやるみたいに、警戒しながら、弁当箱にあった卵焼きを蓋に移す。
 満足だ。自然と口角が上がる感じがした。
 ふと、水希が眩しいものを見たかのように目を細めた。そのまま視線は窓の外に向いた。
 俺もつられて窓の外を見る。水希は、なにを見ているのだろう。空は雲ひとつない。グラウンドにはサッカーをしている男子生徒がいる。ただどれも、水希が見ている景色とは違う気がした。
 俺も。……俺も、水希と同じ景色が見たい。ぼんやりとしている水希が何を考えているのか。これがもし真琴だったのならある程度推測できるのに、その双子のこととなると俺は疎い。水希のことがわからない。こんなに近くにいるのに、まだ随分と距離があることをまざまざと感じさせられて、少しだけ胸が痛い。
 物理的な距離だけじゃ物足りない。考えているのも俺のことであれば良いのに。

 借りていた席のクラスメイトが帰ってきたので水希とも離れた。まだ話し足りなかった。席が近ければ授業と授業の間の休憩時間とかにも声をかけられるのだけれど。生憎、水希とは席が離れている。……放課後になるまでの辛抱だ。
 昼休みが終わる直前に真琴は戻ってきて、「どうだった?」なんて楽しそうに口角を上げながら尋ねてきた。とりあえず水希の弁当には緑がないことを伝えると、「え。俺のには入ってたけどなぁ」と真琴は驚いたようすだった。水希は真琴の弁当には野菜を入れて、自分のには入れなかったようだ。
「ねえハル。そんなことじゃなくてさ……」
「……」
 “そんなこと”というのは水希の弁当に野菜が入っていない話だろう。弁当の話を適当に振って逃れようとしたけれど真琴もそう簡単にはいかないみたいだ。
 教室の壁掛け時計を見る。真琴の視線もそちらにいって「あ。もう授業が始まっちゃうな」と。残念そうにしながら自分の席に戻っていった。
 ……。
 助かった。根掘り葉掘り聞かれるのは疲れる。

 退屈な授業を乗り越え、HRも終わり放課後になった。今からは部活だ。泳ぐことができるのかと思うとムズムズする。真琴が今日の授業がどうだったとか、出された課題がどうであるとか、ポツポツと話すのに相槌を打ちつつ、俺の左隣にいる水希を見る。水希はさっきからずっと黙っている。真琴の話を聞いていないわけじゃないんだと思う。
 昇降口についた。水希の歩調が緩んだ、と思った途端に彼は駆け出す。そっちは三年の靴箱じゃない。水希の突飛な行動に驚いているのは真琴もだ。「どうしたの?」と真琴に尋ねられて首を振る。
「俺もわからない」
「? とりあえず靴、履き替えておこうか」
「ああ」
 水希の行動は謎のままだ。真琴の提案通り靴を履き替えてから様子を見に行くことにした。
 靴箱からスニーカーを取り出して下に落とす。跳ねたそいつが倒れてしまったので足で上を向けた。真琴が何か言いたげにしているが無視だ。聞くまでもない。もっと丁寧に扱いなよ、て。顔に書いてあるのが読めた。
 上履きとスニーカーを履き替えた。上靴を靴箱に直し、二年の下駄箱に向かう。
「俺、そこで待ってるね」
「わかった」
 真琴はついてこないらしい。出入り口を指差していたので頷いておいた。
 二年の靴箱で水希の姿はすぐに見つかった。
 正直なところ、突然駆けていくからきっと誰かを見つけたのだろうとは予測がついていた。それが誰であるのかもなんとなく察していた。ただ、想像するのと目の当たりにするのとでは違う。
 怜と向き合って話す水希は楽しそうだ。珍しくも弧を描いている。表情が柔らかい。
 ……。
「水希」
 声をかけるとやっと水希が俺に気づいた。ずっと水希から見える位置に立っていたのに。今気づきましたと言わんばかりのきょとんとした顔がムカつく。
「早くしろ。行くぞ」
「ん。ごめん」
 素直に頷かれた挙句二言目には謝罪された。水希らしくない大人しさが癪に障る。軽くいなされているように感じる。
 水希の意識は俺にない、ような。
「怜も一緒行こうよ。プールだろ?」
「あ。はい」
 ……。
 水希が去って行った後は嫌な沈黙が鎮座した。自分が機嫌の悪さを前面に出してしまっているのは自覚している。靴を履き替えた怜が気まずそうに俺を見るのもそれが原因だろう。何か言いたげ、十中八九謝罪だろう。けど怜は、何も。悪くない。俺が勝手に嫉妬しているだけだ。
 何か言われる前に怜に背中を向けた。
 真琴が待っている方に向かう。怜がついてきているのは足音で察した。
 全部見ていたのだろう。俺の顔を見るなり、真琴は困ったように笑う。「そんなに不機嫌な顔するなよ」と宥められるが気持ちが落ち着かない。つい真琴を睨んでしまう。
 そう時間をおかずに水希は合流した。彼を見ると一層神経を逆なでされるような感覚を覚え、喉が熱くなる。
「遅い」
「……ごめんって」
 今度ばかりは水希も機嫌悪そうな声を出した。
 真琴に小突かれた。それぐらいにしておけ、ていう合図だろう。
 わかってはいても苛立ちが治らない。
「……先に行けばよかったのに」
 小さな不満の声が聞こえた。水希の声だった。
 無意識に口に出したのだろう。俺に聞こえていたのだと察した水希が表情を歪め気まずそうにしている。
 ……。先に行けばよかったのに、とか。こいつ、俺が待たされていたことに苛立っていると思っているのか。全く見当違いでますます腹が立つ。俺が何を嫌がっているのか、少しも理解されていないことが虚しい。……もちろん、伝えたことはないし、“そういう仲”でもない。でも。
「ハル、水希? 行かないの?」
 真琴たちからしてみれば、不穏な空気は認められても、俺と水希はずっと無言で佇んでいるにすぎなかったのだろう。真琴の声を聞いて水希が体ごとそちらを向いた。
 また、そうやって。すぐに俺から離れていく。気にくわない。
 真琴に近寄ろうとした水希の腕を強く引っ張った。水希はふらついた。
 真琴に向けて「先に行け」と口を動かす。一瞬驚いた顔をされたが、真琴はすぐ俺たちから目を逸らし、怜に声をかけ、歩き出す。
 二人が離れていくのを確認し、横の水希を見る。一連の流れに追いついていない顔をしている。
「……行くぞ」
 水希が俺に見せたのは困惑の表情だ。
 唇が何か言いたげに震えていたけれど、水希は結局何も言わず、俺から視線を外し、前を向いた。
 自分の中の激情が萎んでいく。
 そっと手を離した。
 水希が頼りなさげに歩き出すのに肩を並べて歩く。気まずい空気だ。……機嫌を悪くして当たってしまったのは、悪かったと思う。でもそれを謝るのもなかなか言い出せない。
 肝心なことはいつも言えない。それがひどくもどかしい。