土の妖精・コボリーはほかに人のいない調理室で、2人の男が話をしているのをこっそり窺っていた。うち、調理器具を握り慣れた手つきで作業を行うのが橘水希、最近入ったアルバイトの青年。そのそばで腕組みしているのがこのパークの支配人代行、可児江西也だ。
パークが閉園時間になり、のろのろと更衣室で着替え、廊下に出たときに、お互い私服姿で話す西也と水希を見つけたことから話は始まる。何やら二、三言交わして歩き出した2人を、コボリーが追わないわけがなかった。
閉園後の遊園地! 2人っきりの男性! これは……間違いが起こらないはずがない!
じゅるり。思わずよだれをすすった。
さて、追いかけた2人は上司と部下と言うよりも友達同士に近い空気で、また内容も後者よりの会話をしている。だからだろうか。西也の声は心なしか弾んでいる。
「本当に、手際がいいな」
「『俺には勝らないがな』か?」
「うっ……!」
「はは。慣れたよもう、可児江のそれ」
あまり表情の変化を見せていなかったが、水希はいつもよりも柔らかい表情をしていた。確かに笑っていた。
一方の西也は、図星をつかれたのとは別の理由で顔をしかめる。「おい」不機嫌に吐き出された言葉に、水希は特に動揺しない。彼の不機嫌の理由をわかっているようだ。
「そうじゃないだろ」
「……慣れないんだよ。そっちは」
火を止めて、フライパンから皿に盛る。ふわふわの分厚いパンケーキはそこらのカフェで出されてもいいぐらい、申し分のない出来だ。
「同い年だけど、おまえはここのお偉いさんだろ? 俺はただのアルバイトだし」
「だが、もう勤務時間は過ぎているぞ」
「あ? あー……うん」
暫時ためらったあと、水希は小さなため息をついた。
パンケーキの上にバターを飾る。放っておけば、パンケーキの熱のおかげでするすると滑り出すだろう。
「……ほら、西也」
ほとんど突きつけるような皿の渡し方だったが、そのことに西也が文句を言わなかったのは、自分の名前を照れたように呼ぶ水希のせいに他ならなかった。
「ふっ。まあわからんでもない。俺様のような頭脳明晰、運動神経抜群、非の打ち所がないハンサム様の名前を呼べるのだ! それはそれは緊張することだろう!」
「……」
まあ、本人が自信満々に言っているところがあまりいい気はしないが西也の言葉は本当である。可児江西也という人間は何をやらせてもそつなくこなすし、モデルをやらせてもいいぐらいなスタイルのハンサム様だ。
水希は無言のまま西也を見つめる。そう、西也はイケメンである。
「……なんだ、俺のことをじっと見て」
「……いや」
「まさか、この俺に見惚れていたのか? 同性ですら魅了してしまうこの美しさ……! くっ、さすが俺……!」
「確かにおまえ、かっこいいよ」
「なにわかりきったことを……」
あきれあきれに言って、水希を見た西也はわずかに気後れした。慈愛に満ちた目が柔らかく細められていたから。
「でも、残念なイケメンってやつだな」
「……な、なんだその“残念な”というのは?! 余計だ! 余計!」
西也はハッとして、そんなにムキにならなくていいのにわざとらしい大声で否定する。ここにいすずがいたならば、今ちょっと橘くんのことを自分よりハンサムかもしれないと思ったんでしょう、と的確なツッコミをしてくれたのだろう。
「余計? 余計なわけないだろ。ほんと、俺の周りってこういうのばっかなんだよな……。顔はいいのに性格に難があるっていうか……」
「待て、聞き捨てならん! この完璧な俺に欠点などあるはずがないだろう!」
「西也のそれって天然? さすがにきついな……」
「おい! その本気で残念がってる顔をやめろ!」
ぎゃあぎゃあと(騒ぐのは主に西也だが)うるさくなった調理室に、コボリーの姿は既になかった。
西也は友達がいない。これは冗談でもなんでもなく、事実彼は学校では休み時間にしゃべるような相手もいないし、昼は一人飯。トイレで寂しくカレーパンをかじることだってある。なんで友達がいないのかって、今更言わずもがなだろうが、それは彼の行き過ぎたナルシストと傲慢一直線な態度のせいだ。
このパークの連中はあくまで同僚。それにだいたいは女性ばかりだし、男性といっても着ぐるみをかぶったような妖精さんや不思議な見た目の妖精さんばかりで、しかも西也より何歳と年上の人たちばかりだ。
だから、水希という人間に少し期待していた。
西也は友達がほしいわけじゃない。ただ運動神経抜群・成績優秀・眉目秀麗と、三拍子のそろった完璧な自分が、友達がおらずぼっち飯をしているというのは自尊心に響く。なんて、強がるものの、やはり寂しいものは寂しい。同年代の男子と、つまりは『男友達』というやつとふざけあうのに憧れがあった。
水希は、西也がどんなにナルシストであろうが、鏡を見るたびにうっとりしていようが(前者と大して意味は変わらない)、傲慢であろうが、俺様であろうが、決して彼を邪険にすることがない。他のキャストに接するときと変わらない態度である。西也を受け入れ、仕事が終われば、『友達』として西也に接した。西也がどう思うかは知らないが、水希にとってバイト後の西也は『友達』である。
「まあ落ち着けって。西也が小腹がすいたっていうからわざわざ作ったんだ。冷める前に食べてよ」
水希の抑揚のなさは千斗いすずといい勝負かもしれない。ぶつくさと文句を言いつつも、西也は立ったままパンケーキにフォークを刺した。
口に運んでぱくんと。
「……うまい」
「そ?」
悔しいが、おいしい。こいつは自分より“料理の腕前”では格上なのかもしれない。(かもしれない、なんて。ほとんど答えは断言できるものなのだが、ここは西也の意地だ)
「まあ、『お前の唯一の長所だよな』とか言われるぐらいだし」
「意外と辛辣なことを言われているんだな、水希……」
「ほっとけ」
西也の哀れむ顔がかの幼馴染そっくりで腹がたつ。
「……とにかく、また小腹が空いたら声かけてよ。毒味係ぐらい任せてやるから」
そう言って自分に背を向けた水希を、西也はぽかんと見つめた。それから、ゆっくりとあきれ顔になる。
まったくこの男は素直じゃない。要は「いつでもおまえのために作ってやる」という意味なのだろう、あんな、ひねくれた言い方。してくれなくても。
「……ふん。この俺様を実験台にするとはいい度胸だな」水希は振り返らない。気にせず西也は続けた。
「付き合ってやらんことも、ないが」
なんていう西也も、なかなか素直じゃない男なのだが。
水希が肩越しに西也を見て、はっと鼻を鳴らした。
「よく言うよ。嬉しそうな顔しやがってさ」
「は?! なんだお前のそのポジティブシンキングは! いつ、俺が嬉しそうな顔をした!」
「今だよ、今。鏡でも見てくれば? だらしない緩んだ顔した、おまえの大好きなハンサム様が見れると思うけど?」
「だらしないとはなんだ! だらしないとは!」
水希の言葉一つに西也は噛み付く。男友達との軽いノリ。悪ふざけ。そんな感じだ。
水希が西也の心の隅にあった期待に応えていることに、水希はもちろん、西也自身も気づくことはない。