※なんちゃって一期EDパロ
※全体的に暗い。一部グロ注意


 もう、5年は経つ。
 それなのに町並みは変わらない。
 遙は賑わう広場で足を止めて、そっとため息をついた。

 賊は、刀を持っていた。
 護身用に、と遙が渡された曲刀より、もっと鋭利で、大きな刃のものだった。
 そんなものを喉に突きつけられて、ついてこいと脅されたら、どうして抵抗できようか。
 懐に忍ばせた刀へ伸びる手は震えた。
 ――切れるか? 俺に、人を。
 ごくりと唾を飲み込んだ。
 不可能だ。考えるまでもなかった。
「綺麗な顔だな、高く売れる」多分、そんなセリフだった。
 男の大きな手に引かれ、喉が引きつった。
 助けて。声にならない。
 涙で視界がぼやけた、その時に、見つめていた地面にぼたぼたと水たまりができた。
 低いうめき声と一緒に、こぼれ落ちた雨。
 それは、赤かった。
 ――なんだろう?
 遙はよくよくそれを確認しようとした。
「走れ!」
 いきなりそう怒鳴られて、遙は走り出したのだ。
 いつも口喧嘩をするあいつの言うことなんて、ろくに聞いたこともないのに。あの命令には――1番背くべきものだったのに――なぜか従ってしまったのだ。
 緩んだ男の手を振り払い、遙はがむしゃらに足を動かした。
 鞭打たれた馬のように、全速力で駆けた。
 振り返ることすらできなかった。
 いくら走ったのか、涙をボロボロとこぼして大人に頭を撫でられる真琴に出会った。
 真琴は遙が来た方向を指差しており、遙を見た途端、「ハル!」と彼に駆け寄った。
 良かった、無事だったんだね、と。ほとんど言葉になっていなかった。
 遙はわけもわからないまま真琴を見ていた。
 頭が真っ白だった。
「お前たちは帰りなさい」大人たちは皆そう言った。
 怖かったね、大丈夫だよ。そんな言葉は気休めにすらならない。遙はひどく興奮していた。
「水希が! まだ水希が!!」
 遙の懸命の叫びに、男たちは手を挙げた。
 大丈夫、任せなさい、と。
 そして――5年経ったのだ。
 大きな血だまりを残して、水希が消えてから。もう、5年も経ってしまった。
 5年前。
 町の男たちが駆けつけた時にはすでに誰の姿もなく、筆を引いたような血痕が残されるのみであったのだという。
 嘘つき、と幼い遙は唇を噛み締めた。
 大丈夫だと言ったくせに。
 任せろと。言ったくせに。
 嘘つき!
 しかし――遙は1番に自分を責めた。
 好奇心に任せて、人気の少ないところに行くべきなんかじゃなかったのだ。美しいオアシスの噂話になど、唆されるべきじゃなかった。
 1人、真琴と水希の呼び止める声も聞かずにずんずん進まなければ、賊に出くわすことも、水希を失うことにもならなかったのに。
「走れ!」あの命令を聞かずに残っていれば、また違う結果になっていたかもしれないのに。
 遙は真琴が泣くのを見なかった。
 水希がいなくなった翌朝も、真琴はいつも通りだった。
 ただそれが一突きすればすぐに崩れ落ちてしまう脆いものであることは一目瞭然であった。
 だから遙は何も言わなかった。し、自分も虚勢を張った。
 きっと真琴にはばれていただろうが、真琴もまた、何も言ってこなかった。
「多分、死んだだろうよ」
 町で大人が言っているのを聞いたときは、さすがに耐え切れなかった。
 遙の振り上げた拳は――しかし真琴に止められた。
 怒りのまま真琴を睨むと、彼は至って冷静に、首を横に振った。
「ダメだよ。ハル」
「……」
 遙の中の怒りはしゅんと萎れていった。
 遙の腕を掴む真琴の手は震えていたのだ。
「ダメ」
 真琴は、泣いていた。
 真琴だって、あの大人たちを殴ってやりたかったに違いないのだ。ましてや彼は水希の双子だ。遙より悲しみも怒りも深いはずだった。
 それでも真琴は遙を止めた。
 真琴はきっと、彼らを力でねじ伏せることができたって、残るのはただの虚しさであることを知っていたのだろう。
 5年目の今日、遙は町を出ることを決めた。
 荷物運びなんかをしながら、様々な町をめぐる。そうすれば、手がかりがつかめるかもしれないからだ。
 ずっとここに居続けてもなにも進まない。
 周りはもう水希のことを忘れ去ってしまった。それが悔しい。
 自分から水希を探す覚悟は、とうにできていた。
 遙は町を離れて、あの日の場所に立っていた。
 そこはあの日と変わらず森閑としている。だが、血生臭さはない。町から離れたここは、ただただ、ひっそりとしていた。
 目を瞑れば、あの声を鮮やかに呼び起こすことができた。
 5年前から一向に成長しない幼馴染の声が、遙に走れと促すのだ。
 しかしどうしてか、今日は聞こえない。
 遙は不思議がってまぶたを持ち上げ――驚きで目を瞠った。
 2人、ガラの悪い大男が遙に前後から近づいてきていた。
 まさか夢を見ているのではないかと疑ってしまうほどに、いつかと同じ光景だった。
 ジリ、と地面に足を擦る。
 嫌な汗が浮き上がる。
「綺麗な顔してんじゃねえか……高く売れそうだ」
「おい、動くな」
「、」
 背中に当たったのは冷たい剣先。
 遙は息を呑み、体を強張らせた。
 自分の思っていた以上に、あの日の記憶は遙を蝕んでいた。恐怖で声が出ないし、動くこともできない。
 鞘から曲刀を抜くことはなおさら。
「おとなしくいうことを聞けば悪いようにはしねえよ」
「ついてこい」
 ぐわんぐわんと頭が揺れる。
 何が起こってるのか理解できない――いや、理解しようとしていないのだろうか。
 遙が呆然と立ち尽くし、それに苛立った賊が怒鳴り声をあげた。
 直後。
 ころころと果実が2つ転がってくる。黄色いそれは、レモンであるが――なぜ。
「すみません。それ、俺のです」
 1人の青年が腕に麻袋を抱えて駆け寄ってくる。
 袋に詰められた果実がわっさわっさと揺れている。あまりに場違いで、お間抜けだ。
 賊も遙も気を抜かれた。
 青年は遙が剣を突きつけられているにも関わらず、当たり前のように遙の前で膝を折ると、彼の足元に落ちたレモンを拾い上げる。
 レモンを麻袋に直した青年は立ち上がった。
 青年を見つめていた遙のと、青年の瞳がぶつかった。
 若葉色。
「しゃがんで」
「――」
 静かに、小声で遙にだけ告げられた言葉を、遙は理解しなかった。
 けれど体は反射的に、彼に言われた通りしゃがみこんだ。
 そうするや否や、遙の頭上を青年の足が超えた。カエルのつぶれたような声と、骨の砕けるような鈍い音。
 ハッと我に返った遙の向かい側の賊が剣を振り上げる。
 片足を高く振り上げた姿勢のまま、青年はそれを鞘から引き抜いたシャムシールで受けた。
 賊の持つのと大差ない、いや、それ以上に鋭利な曲刀だった。
 どさりと遙の背後で何かが倒れる。
 遙は思わずその場に尻餅をついて振り返った。
 大男が泡を吹き、白目を剥いて倒れていた。
「持ってて」
「!」
 青年が片手に抱えていた麻袋を、遙は押し付けられるがままに受け取った。
 一体どれだけ詰め込んだのか、大層重い。
「な、何者だてめえ!!」
 鎬が互いに擦れて削りあう。
 大男と比べると幾分細い男のどこにそんな力があるのか、かみ合った刀は青年が押している。
 キリキリと金属が擦れ合う。
 ギリギリと賊が歯をくいしばる。
「くそっ……!」
 鏗然と音を立てて賊の持つシャムシールが宙に舞った。
 ぐるぐると回ったそいつは青年のすぐ横に鋭く突き刺さった。
 あと少し、ずれていたら。
 思わずひっと遙が喉を引きつらせたのに対して、青年は至って冷静に、気にする素振りさえ見せなかった。
 武器を失った賊は、目の前で冷たい目をして切っ先を首元に近づける青年に両手を挙げて首を振った。
「や、やめてくれっ」
「醜い」
「たっ頼む……っ!」
「だから、醜いって言ってるだろ」
「命、命だけはっ!!」
「醜いって、」
 すう、と青年の瞳が細められる。
「聞こえないのか」
 人殺しの目。
 それに射抜かれた賊は、もはや震え上がり、意味のない母音を吐き出すことしか許されなかった。
 青年の持つ曲刀が大男の喉仏をなぞりあげる。
 そこでやっと――遙は慌てて立ち上がった。
「もうやめろ!」
「……」
「もう、いい……っ!!」
 遙は青年の腕を掴んで曲刀を下ろさせようとする。
 遙が置き去りにした麻袋から果物が転がり落ちる。それの1つが遙の足に当たる。
「……あんたは、綺麗だね」
「、」
 遙を肩越しに見た青年は、冷ややかに笑った。
 色鮮やかな若葉色は確かに遙を蔑んでいた。
 青年の意識が遙に移ったその一瞬をついて、大男が青年の手を捻り上げ、シャムシールを払い落とした。
 青年は小さく舌を打ち、空いた手で遙を突き飛ばした。
 唸り声をあげ、大男が青年に襲い掛かった。
 またも地面に倒れる羽目になった遙だったが、自分のことを気にする暇なんてない。
 砂で擦れた手のひらなんかに気づかず、遙は慌てて顔を上げた。
 丁度――青年は軽い身のこなしで大男を避け、手を振りほどき、高く右足を振り上げていた。そして、その踵は、遙の目の前で、容赦なく男の首に叩き落とされた。
 嫌な音がした。
「……、」
 ドサリと地に伏した男は動かない。
 青年はしばらくその男を眺め、次に最初に倒れた男を見つめ、どちらも動きそうにないことを確認してから、落ちたシャムシールを拾い上げ、鞘に直した。
 それから唖然とする遙に見向きもせず、転がった果実を麻袋に直していく。
「殺した……のか?」
 遙の質問に青年は答えなかった。
 ひたすら果実を詰め込んで、それが終わると、遙に背を向けて歩き出した。
 遙はその背中を唖然と見ていたが、青年がいなくなる、という現状をやっと把握して、急いで立ち上がり、彼の腕を掴んだ。
 金属のブレスレットは冷たい。
 何となく彼の腕輪を見た遙は、心臓が凍てついた。
「……え、」
 見覚えのあるものだった。
「死んだかもね」
「、」
「1人目は顎を割った。2人目は首を折った」
「そんな……」
 驚きと恐怖で目を瞠った遙に対して、青年はまたあの色を見せる。
 嫌悪と蔑み。苛立ちが若葉色の中でゆらゆらと揺れている。
 青年はいきなり遙の顔をガシリと掴んだ。
「ふうん。綺麗な目だな」
「離せ……っ」
「売れば高値」
「!」
 ギクリと遙が肩を揺らした。
「冗談だよ」
 パ、と青年が手を離す。
 少しも笑わずに冗談だとか言ったって信じられるわけがない。
 遙は青年から距離をとり、警戒の眼差しで彼を睨んだ。
 青年はそれをジ、と見て、どこか満足げに口角を上げた。
「初めて会ったやつにはそれぐらいがいいと思うよ」
「は……?」
「お世辞でも何でもなく、あんたは綺麗だ。賊が目をつけて金にしようとするのも無理がない。もう1人でこんな場所には来ないようにすべきだよ。それを、」
 青年の視線が遙の腰にかかった曲刀に向いた。
「抜く勇気がないんなら」
 そんなことはない、と遙は言い返せなかった。
 青年が手を腰に当てた。
 おかけで左腕のブレスレットが堂々と遙の目に飛び込む。
 青年を警戒していた遙は、それを見て急に思い出し、「それ」と小さく呟いた。
 青年が不思議そうに遙の視線の先を探るが、ブレスレットにあるとはわからないようだ。右腕に抱えた麻袋だろうかと、首を傾げている。
 だか遙はそんなことはどうでもよかった。
 その腕のブレスレット。
 明るい若葉色の瞳。
 アッシュ系のブラウンの髪。
 面と向かって青年を見ると、彼には思いの外面影があった。
「お前、水希……なのか?」
 5年ぶりに口にした幼馴染の名前に胸が軋んだ。
 それでも聞かずにはいられなかった。
 ドッドッと鼓動は大きく打ち鳴らし、手には額には嫌な汗が浮かぶ。
 青年は微かに瞳孔を開いた。
「なに? 俺、懸賞首?」
 青年は否定しなかった。
 遙は頭が真っ白になった。
「それとも、個人的に俺を探してた?」
 青年――いや、水希の言葉の通りであった。
 遙はずっと水希を探していた。
 5年間、忘れたことはなかった。
 はく、と口を動かす。うまく言葉が紡げない。
 嘲るように水希が目を細める。
「俺は戻る気はないよ」
 水希が曲刀に手をかけた。
 おかしい、と遙はすぐに思った。
 水希は遙を思い出していない。何か別の人物と間違っている。
「、待て」
「どうしてもあんたが来いっていうなら、俺は手段は選ばない」
 鞘から覗く刃がギラリと太陽に反射する。
 遙が何と言おうと、水希は聞く耳を持たない。
 戻る気がないって、どこに。
 どうして水希は、俺を殺そうとしている。
 遙はジリと足を引きずった。
 それに合わせて水希も距離を詰めた。
「誰に言われた」
「誰、って」
「ハ。白を切るつもりかよ」
「……っ誰にも言われてない! 俺は自分の意思でお前を探して……!」
 無性に喉が渇いた。この場の空気だけカラカラに乾いてしまったみたいだ。
 水希はしばらく遙を睨みつけていたが、左手を下げると肩をすくめた。
「人違いか。紛らわしいな」
「え……」
「俺は確かに水希だけど。あんたの探す“水希”は俺じゃないと思う」
 どうしてそんな話になるんだ、と遙は目に見えて顔を歪めた。
 水希が麻袋を抱え直した。まるでこれ以上話すことはないと言うように。「じゃあ」と遙に背を向けた。
 いなくなってしまう。
 また、失ってしまう。
「……っ、待ってくれ……!」
 麻袋から一つレモンが転がり落ちた。
 悲痛な声だった。
 もう一度腕を掴んできた遙を鬱陶しく思って振り返り、水希はぎょっとした。
 遙は泣いていた。
 さすがの水希でも知らない人間にいきなり泣かれると戸惑う。
 腕が解放される様子はない。
 水希は困ったように眉を顰めあたりを見渡した。
「とりあえず、街に行こう。こいつらの仲間が来るかもしれない」
 遙は返事をしなかったが、水希は遙の返事など待っていなかった。
 半ば遙を引きずるようにして、水希は歩き出した。