場所は変わり、遙の家の台所。そこには久しぶりに鯖以外のものが並んでいる。
 相変わらずクリスマスソングを口遊む水希。その機嫌は上々と言える。
 オーブン予熱係の遙が役目を終えて水希の横に戻ってくる。
 すると水希はふるいと薄力粉を遙に手渡した。
 特に聞くこともないので遙はそいつを受け取って、台所の空いたスペースを陣取る。隣では湯煎にかけられたバターがすっかり一息ついていた。
「水希」
「ん?」
「バター」
 ドンドンと麺棒でクラッカーを砕いていた水希は、「ああ」とほとんど返事になっていない返事をすると、その手を緩めた。
 遙の言葉はあまりにも無駄を省きすぎて、逆に必要な部分も失ってしまっているが、水希には十分足りる。
 細かく砕いたクラッカーをボウルに移し、薄力粉をふるう遙の後ろを通って移動する。それからおめあての、バターの入ったボウルを持ち上げた。
「遙、マッシャーは?」
「そんなもの俺の家にあったか?」
「こないだ俺が置いていった」
 いつの間に、と遙が呆れる最中、クラッカーとバターの入ったそれをゴムベラで混ぜながら、水希は台所を探して回る。
「水希」
「クリームチーズとサワークリームをそっちの、新しいボウルに入れて混ぜて」
「薄力粉は?」
「隅に寄せてていいよ。……あ、あった」
 遙が言われた通りの材料を手元に集めていると、少し上ずった水希の声がした。
 無事、マッシャーを見つけたらしい。
「型はどこにやったっけ……」
「……お前、いつの間にそんなにいろいろ持ち込んだんだ?」
「結構前からだよ。水泳部立ち上げてから遙ん家で台所に立つこと多いし、いちいち家に取りに帰るのがめんどくさいから置いてる」
 そんなこと、家主の遙はまったく気づかなかったわけだが。
 いつの間にか家の台所が水希の料理道具に占拠され始めている事実に、驚けばいいのか、呆れればいいのか。
 なんだか、彼の私物が置いたままにしてあるなんて、同棲しているようで気恥ずかしい。しかも、当たり前のようにやってのけるのだから。
 遙は微妙な顔をしながら、クリームチーズとサワークリームを混ぜ合わせる。
 ふと思えば、今遙が使うゴムベラも、ボウルも、水希が買ってきたものだ。
「それ、あとでグラニュー糖と塩もいれて」
 本当、勝手に台所を充実させやがって。いつかは台所に新たな棚を設置する勢いだ。
 見つけ出したマッシャーと型、それとボウルを台所に置いて、ラップを取りに行った水希の背中を、遙は恨めしそうに睨んだ。
「プレゼント交換、するんだっけ?」
 ラップを持って戻ってくるなり、水希は遙に聞いた。
「なんで不機嫌なの?」と不思議そうに首をかしげてくるのには、「別に」と返しておく。
「渚が言ってたな」
「俺たちの分は真琴に任せてあるけど、大丈夫かなぁ」
「真琴は凛と買いに行くんだろ?」
「ん、まあ」
 型にクラッカーを入れて、マッシャーで押し付ける作業をする水希のすぐ横では、遙がボウルにグラニュー糖と塩を手際よく加えている。
 会話をしながらも、お互いの作業に滞りはない。渚の「水泳部のシェフ」というのも、言い得て妙なのかもしれない。
 ちなみに、今更ではあるが、水希は台作り、遙はフィリング作りをしている。
 特に分担したわけではない。
「真琴と凛って、不安なコンビじゃねー?」
「? どこがだ?」
「センスが悪いとかじゃなくてさ」
 隙間なくクラッカーを敷き詰めた型を冷蔵庫に運び、代わりに卵を持ってくる。
「なんか、俺や遙が絶対に買わないようなものを買って、『これはハル、そっちは水希が買ったやつだよ』とか。渚たちに言いそう」
「たとえば?」
「んー、なんかもふもふした動物のポーチ? とか?」
 ずいぶん具体的であったが、確かにそんなもの、蘭なんかにねだられなければ水希が手にすることはありそうにない。
 万一水希がプレゼントにそれを買ったとして、遙がそれを受け取ったなら、あまりの不意打ちに、笑い転げてしまうだろう。
 似合わない、似合わなすぎる。もふもふのかわいいアニマルポーチ。ぬいぐるみと甘いものはまだいけても、無理だ、そんなもの、この男にはギャップすぎる。
「……やりかねないな」
 特に凛が。と付け足すと、水希も深く頷いた。
「遙、そっち終わった?」
「ああ」
「加減、大丈夫?」
 つまり甘さはどうかということらしい。
 遙も水希も、料理に関しては割と目分量だ。経験ゆえに目が利くからだ。
 水希は遙がヘマをすることはないと信頼しきっているが、それでも念のため聞いたようだ。多分、真琴と料理をすることもあるので、その癖なのだろう。
 シャカシャカと水希が卵をとく。
 遙はよく練ったボウルの中身を少し指に掬って、味を確かめる。
「……ちょうどいい」
「ふうん?」
 お前も確かめるか、と遙が聞こうとした。が、それは口に出ることはなかった。
 遙の人差し指に、ぱくりと。なんの前触れもなく。
「うん。上々」
 にっこり。満足げに水希は笑った。
「じゃあ卵よろしく。2,3回に分けて入れて、その都度混ぜて。俺はさやをしごくから」
 そう言ってバニラビーンズに包丁を持って向かい合う彼は、至っていつも通りだ。
 遙はしばらく動けなかった。
 だんだんと情報処理の追い付いた頭のおかげで、何が起こったのか整理がついて。やっと動きのぎこちないロボットのように、自分の指先を見るのである。
「〜〜〜〜っ!」
 かっと顔が熱くなる。耳だって、自分じゃ見えないけれど、真っ赤に決まっている。
 油断していた。油断していたのだ、料理のときに水希が突拍子もない行動に出ることは、わかっていたはずなのに。
「え? なに? どうしたの遙」
「信じられない……」
「はあ?」
 いきなり蹲った遙を、水希は不可解な面持ちで見つめていた。
「変なやつ」結局その一言だけで収められるので、遙はもう、苛立ちと羞恥と、嬉しさと、その他もろもろ。とにかくたくさんの感情が一気になだれ込んでくるのだから、ボンッ! と音を立てて、爆発してしまいそうだった。
 人の指を咥えるやつがあるか!
 なんて、改めて言葉にすると、余計恥ずかしい。自分で自分の首を絞めるようなものだ。
 だから、その一言を、遙はどうしても口に出せなかった。

 ベイクドチーズケーキは、クラッカーと粉砂糖を少々まぶされる使命を残して、冷蔵庫の中で休憩中だ。
 時刻は午後4時過ぎ。
 渚たちが来るまで暇なので、2人は台所の片付けをしている。
「あ」
「? どうした?」
「ピザとか頼まねーの? さすがにケーキだけってわけにはいかないだろ」
 確かに。
 しかし、他の意見も聞いた方がいいだろうか。ケーキは任されたけれど、チキンとか、ピザとか。そこは担当になっていない。
 遙は考え込む。
 水希は返答を急かすわけでもなく、ゆっくり待っているようだった。
 遙が答えあぐねているうちに、ピンポン、と呼び鈴が鳴った。
「早いな。5時ぐらいって言ってたのに」
 水希は時計を一瞥して、遙を肘で小突いた。迎えてこいということらしい。
 特に異論はないので、タオルで濡れた手を拭って、遙は玄関へ向かう。別に、普通に入ってきてくれても構わないのに。なんて思いながら。
「はい……っ?!」
 カラカラ、と戸を引いた途端に、パンッ! と破裂音。それからヒラヒラと紙が舞う。
 状況把握に困った遙の前で、けらけらと、渚と凛が笑っていた。
「メリークリスマス! ハルちゃん!」
 戸を開けて早々、クラッカーを鳴らされたのだと、やっと把握できた。
 不意打ちもいいところだ、と遙が不満げな顔をする。「なかなか間抜けな顔だったぜ」なんてからかいにかかってくる凛は無視だ。
 ニコニコと笑って「水希は?」と聞いてくる真琴の手には紙袋。
 よくよく見れば、凛も渚も、怜も江も、割と大荷物だ。
「台所にいる」
「えっ、まだ作ってるの?」
「片付け」
 こっそりのぞくスナック菓子に、クラッカーに。こりゃゴミ捨てが大変そうだ。
 遙の後に続いて続々と真琴たちが家にあがる。きちんと並んだり、ころんころんと転がっていたり、玄関の靴の並び方にはそれぞれ個性が出ている。
 遙の後ろにいる渚は、台所で調理器具を洗う水希を見つけるなり、にんまりと、いたずらっ子の顔になる。
 またやる気か、と遙は呆れた。
 渚がそおっとポケットからクラッカーを取り出した、ちょうどその時。
「渚。クラッカー鳴らしたらボディーブロー」
「うええ?! なんでわかったの?!」
「さっき玄関で鳴らしてただろ」
 キュッと蛇口をひねり、手先の水を切りながら、水希が呆れたように言う。
 そんなあ。がっくりと渚の肩が落ちる。
「水希先輩、飲み物とお菓子、買ってきました」
「ああ。ありがとう、怜」
「どこにおいたらいいですかね?」
「居間の座卓」
 怜は頷いて、手をいっぱいにするビニル袋を持っていく。
「水希先輩、ケーキはどうですか?」
「上々だよ」
「ね、水希。今回はなににしたの?」
「ヒミツ」
「えー」
「よう、水希」
「あ。来たんだツンデレ」
「んだよ、それ」
 怜の後に続いて、江、真琴、凛がそれぞれ水希と言葉をかわす。
 水希の発言に眉をひそめる凛だが、水希からの答えはないし、前方の3人がクスクスと笑うものだから、なんだかいたたまれない。
「なんだよ、お前ら」
「ふふ、お兄ちゃん、昨日すぐわたしに詳しい日程を聞いてきたんですよ?」
「くくっ、凛先輩……」
「凛、来れたら、なんて言ってたのに」
「う、うっせ!」
 真琴たちからかわれる凛は、かあっと顔を赤くしてプイッとそっぽを向いた。
「相変わらずだな」とつぶやいた水希に、凛が乗りかかる。「どの口がそんなこと言えるんだ」とか、じゃれ合いが始まったようだ。
「ねえハルちゃん」
「ん?」
「なんか、台所に立つと、水希ちゃん、人妻感半端じゃないね」
 なにを言うかと思いきや。遙は渚の突飛な発言に呆れたが、見遣った渚がなかなか真剣な目をしていたので驚いた。
「やっぱり、いいコンビだと思うなあ」
 渚が柔らかく目を細める。
 その視線の先には、じゃれる凛と水希。
 いいコンビ。その意味を理解すると、もやもやと、嫌な気持ちが胸を塞ぐ。
「早く嫁がせなよ」
 と、渚がさらに煽り立てるようなことを言うので、遙はいよいよ我慢ならなくなった。
「七瀬水希、とか、結構決まってるんじゃない?」
「……は?」
「お似合いだよ、本当。ハルちゃんと水希ちゃん。ね、ね、ハルちゃん、僕のこと、ちゃんと式に呼んでね!」
 ぴょんぴょんと跳ねる渚。
「……お似合いって、あいつらじゃないのか?」
「あいつら? 凛ちゃんと水希ちゃん?」
 拍子抜けした遙の声にも疑問を持ちつつ、渚は凛と水希を見直した。
 そろそろ大騒動になりそうだからか、2人の間に怜と真琴が入っているところだった。
 渚の答えは――彼らを見なくても決まっていた。しかし渚はしばらくその光景を眺め、ゆっくりと、
「ハルちゃんは、そう思うの?」
 そう聞き返した。
 質問に質問で返すな。きっと水希ならそう言ったし、遙だってそう言いかけた。
 けれども遙の意思に反して、うっすら開いた遙の口からこぼれたのは「思わない」という、否定の言葉であった。ため息のような言葉の流れだった。
 ふっと渚が笑う。
「なら、僕も同じ気持ちだよ」
 渚の笑みは、ずいぶん大人びていた。
「ハル、渚、ピザを頼もうって話になってるんだけど」
「わあっ! はいはいっ! 僕、イワトビスペシャルがいい!」
「そんなメニューありませんよ!」
 凛と水希の仲裁が済んだのか、いつの間にやら次の話題に進んでいたらしい。
 どこから見つけ出したのか、ピザ屋のチラシを揺らしながら真琴が遙たちを呼んで、渚が一目散に駆け寄った。
 怜の言葉に「じゃあ……」と渚は新たなメニューを作り出す。
 コントのような渚と怜のやりとりに、どっと笑いが起こった。
「遙? おまえいつまで突っ立ってんの?」
 こちらもいつの間にか、完成したケーキを大きめのプレートに載せている。
 大事そうに両手で皿を持って近寄ってきた水希を、遙はぼんやりとした目で眺める。
 居間の方は賑やかだ。そこから少しも離れていない台所なのに、まるで空間が切り取られたようだ。
 この場に自分と彼しかいないような。遙は確かに、そんな気分だった。
「……水希」
「なに?」
 ――七瀬水希。
 返事をした彼を、ぽつり、遙は胸の中で呼び直す。
 ああ、そうだな。悪く、ない。
「……なんなの?」
「……呼んだだけだ」
「はあ? 変なやつ」
 怪訝な顔でそう言われるのは2度目だった。

 クリスマスパーティーはどんちゃん騒ぎだった。
 渚の持ってきた6面に様々なお題の書かれたサイコロで、真琴が恋バナを促されたり、唐突に始まった王様ゲームで、凛が怜に肩たたきをしたり。
 極めつけのプレゼント交換では、渚が「美しき筋肉集」なんていう写真集を引き当てた。いったい誰が仕込んだかなんて、問い詰めるまでもない。
 水希と遙が共同作業したケーキはかなり人気で、渚が横の怜のを少し奪うなんて事故も起こった。
 楽しい時間はすぐ過ぎてしまうのはどうしてなのか、気づけば時間は午後8時を回っていた。
 凛は兄らしく江を送ると申し出て、まだここにいたいとごねる渚は、怜が連れて帰った。
 さて、かの幼馴染、真琴はというと、
「じゃあハル、ごゆっくり」
 と、にこやかに言って、水希を遙に任せて帰ってしまった。
 真琴たちが訪れた時と同様、水希は台所に立って食器を片付けていたので、そんなことはまったく知らない。
 遙は玄関に散らばった紙吹雪を片して、また家に戻る。部屋の中は先ほどの賑やかさが残り、ぼんやり暖かい。
 ちょうど水希の方も片がついたらしく、遙が暖簾をくぐって台所に入ると、彼はタオルで手を拭いていた。
「おかえり」
「ああ」
「寒かったんだ?」
 遙の鼻の頭は少し赤い。
 水希が小さく笑って遙の頬に触れる。
 その手こそ冷たくて、ぴくりと遙の肩が揺れた。
「ああ、ごめん。水使ってたから、冷たいか」
 すっと離れていく手。
「待て」
「?」
「こっち」
 遙は水希の手を捕まえて、自分の手と絡めた。水希の手よりも、遙の手はずいぶんと暖かい。
「これなら、あったかいだろ」ぽつりと遙が言う。
 きょとんとした水希だったが、すぐ、はにかんで頬を赤らめた。
「……くっそ、天然」
「どこがだ」
「そういうとこ」
 水希は恨めしそうに遙に言って、朱の走る頬を隠すように、遙の肩に顔をうずめる。
 どこに天然と悪態づかれる箇所があったのか見当もつかないが、遙は自分に抱きついてきた水希の頭を撫でてやる。
「……なあ、遙」
「ん?」
「クリスマスじゃん」
 ぴたりと、水希の頭を撫でていた遙の手が止まった。
 いまさら、なにを言うのだろうか。
「そうだな」
 遙は一応頷いてやる。
 しばらく間をおいて、「プレゼント」と水希はつぶやいた。「プレゼント?」遙はおうむ返しにして、首をかしげる。
「プレゼント、ほしい」
 次ははっきりと言った。
 ぎゅっと服を掴んでくる水希に、遙は困り顔を作る。遙がなにも準備していないことなんて、水希は知っているだろうに。それとも、今から買ってこいとでと言うのだろうか。
「……明日じゃダメか?」
「そんなものじゃないんだ」
 ふるふると水希が頭を振る。
「俺がほしいのは、遙しか、渡せないものだよ」
「それって、……」
 なんだ。
 ピンときそうでピンとこない。自分にしか渡せないもの、今すぐに渡せるもの。一体なんなのだろう。
 遙の戸惑いは水希に直に伝わっていたが、言葉を撤回する様子はない。
「……遙」
 そっと水希が顔を上げる。遙を見つめる真摯な瞳は、ちょっぴり、泣き出しそうだ。
「目ぇ瞑って」
「目? なんで……」
「いいから」
 こんなに乱暴で、子供っぽい水希は珍しい。焦りは伝染するもので、水希のそれは遙にうつり、遙は狼狽えた。
 それでも、これ以上なにも言わないという固い意志がひしひしと伝わり、理由を聞く気にはなれず、遙はゆっくりと目を閉じた。
 すうっと深く息を吸う音、そして吐き出す音。視覚を持たない今の状況では、他の感覚が敏感になる。
 水希は、すっと目を細めた。
 遙を見つめるその目は、とても大切なものを見る目であった。
(俺から、触りたい)
 なんて、面と向かって言えるわけがないのだ。
 遙に近づくにつれて、ばくばくとうるさい心音がどんどん遠ざかっていく。
 水希は目を閉じた。
 遙の薄い唇に、静かに、柔らかく水希の唇が当たる。少し乾いた遙の唇は、ほんのり甘かった。
「、」
 遙が驚きで目を開く。
 伏せ目がちになった水希が、離れていくところだった。
 遙はうまく言葉を紡げない。はく、と開いた口からは喃語の1つも出てこない。
「……あ」
 何かに気づいた水希の声が上がり、遙は金縛りのような体の痺れがやっとなくなるのを感じた。
「雪だ」
 いつから降り出したのか、ガラス越しにはちらちらと踊る白い雪。
 台所の窓を開け、水希がつま先立ちになって外を見る。ほうっと吐き出した嘆息はぼんやりとした白に変わった。
「あいつらも、見てるかな」
 開いた窓から窓から冷気が侵入し、部屋にゆったりと落ち始めた。
 閉めろ、と言えなかった。
 まだつないだままの手が、やけに熱くて、寒いと思えなかった。
 一瞬、欲情した大人の顔を見せたかと思えば、雪を見る横顔は無邪気にはしゃぐ子供でしかなくて。
「くっそ……」
 遙は顔を隠してへなへなとその場にしゃがみ込む。
 触れるだけのキスが、舌を絡め合うようなそれよりも恥ずかしいなんて。自分をその気にさせるに余計なほど足りるなんて。
 それなのに――生殺しか。生殺しなのか。
「積もったら、雪だるまだな」
 幼い弟妹のことを言ったのか、賑やかな後輩たちのことを言ったのかは推し量れない。
 遙がしゃがみこんだことに触れない代わりに、水希の頬には薄っすら朱が走っている。チラリと水希を見上げた遙には、それがわかった。
 幻でもなんでもない。やっぱり、水希から、キスされた――ああ。
(ニヤける……)
 今日うちに泊まるだろ、というか、泊まれ。命令だ。今夜は寝かせない。
 胸中ですっかり予定を立てて、遙はもう一度水希を見上げる。
 しんしんと降る雪と、暗闇を照らす月光に切り取られた幼なじみは、きれいだった。