今しがた織り終わったシルクの布を真っ直ぐに広げ、その出来の良さに惚れ惚れとしながら綺麗に四つ折りにする。既に几帳面に畳んでおいた布の上に重ね、ヴァレリアンはふうと息を吐いた。籠の中身の布は依頼されてる分とピッタリの数だ。
最近は傭兵依頼を受ける冒険者が多いらしく、残っている討伐依頼は複数名で行うものばかりであった。ギルを多く稼ぎたいが、できれば一人で完結したい。そんな時に手っ取り早いのは製作作業である。チクチクと数時間細かい作業をする仕事は人気がないのか、手先の器用なヴァレリアンにとっては大変都合のいいことに、裁縫師の依頼は選り取りみどりであった。
今終わらせた作業は、そのうちの一つである。
納品物を入れた籠は少し重い。落とさないように両手で抱え、ヴァレリアンは宿を出た。
冒険者ギルドは朝晩問わずに賑わっている。
暑苦しい鎧を被った人々の間をくぐり抜け、リーヴ管理者の男性に声をかける。ヴァレリアンの持つ籠の中身を見た男は、これはすごいと感嘆した。一枚一枚、上から捲っては息を漏らしている。
「あの。報酬……」
「おっと……はい。これね」
カウンターテーブルに置かれたのは報酬の入った布袋だ。ずしりと重みがあって、この仕事をやり遂げたかいがあったとほのかに笑みが浮かぶ。
守銭奴というわけではないが、やはり、仕事に見合った報酬は嬉しいものだ。
「追加でなにか受けるかい?」
「いえ。今日はやめておきます」
「そうかい。君みたいに腕のいい職人さん、いつでも歓迎だ。またたのむよ」
布袋を大事に懐にしまう。軽く会釈をして、ヴァレリアンはカウンターを後にした。
それにしても冒険者ギルドは人が多い。早いところここを抜け出したい。そんな思いからヴァレリアンがやや早足でガヤガヤと人々の声が行き交う中を縫っていると、不意に聞きなれた声がヴァレリアンを呼んだ。
「……」
「ヴァレリアンくんっ」
一度目は聞こえなかった振りをして無視してしまおうかと思ったが、二度目は一度目よりも声を張ってきたしツンと上着を掴まれてしまったので反応せざるを得ない。
「……エアハルトさん」
「! へへ」
名前を呼んでやると、エアハルトは嬉しそうに眉を下げた。耳が動いている。本当にこの男はわかりやすい人だな。ヴァレリアンは呆れ半分に思う。
「あのね。今日はね……」
始まった。
「ここ。人が多いので向こうでいいですか」
「あ。うん!」
さすがに、あからさまに嬉しそうにふりふりとしっぽを動かして語り始めた男を、今忙しいのでと振り払うことはできない。とりあえず場所を変えることにした。
ヴァレリアンが少し離れたところにある休憩スペースに向かうと、エアハルトは素直についてきた。
「座りましょう」
「うん!」
空いていたのは四人席のテーブルだ。ヴァレリアンがひとつ椅子を引いて腰掛けると、エアハルトはヴァレリアンの左隣の椅子を引いた。
「……」
向かい側にふてぶてしく座られるより、圧迫感はないが。横にニコニコと座っているエアハルトは、やはりヴァレリアンからすると距離が近い。というか、エアハルトが若干近寄って座っているのだ。
「それで? 今日はどうしたんですか」
「えっと……今日はね」
ぽつぽつと語り始めるエアハルトに、ヴァレリアンは特段普段と変わらない反応を返す。エアハルトが語るのは今日の討伐リーヴのことだ。余計な装飾が多いが、要するに、4人でリスキーモブを狩りに出て、殴られ役のタンクをしてきたらしい。頬の下あたりに真新しいかすり傷があるのは、その成果のようだ。
そうなんですか。へえ。ヴァレリアンの淡白な相槌に、くすぐったそうに頬を緩ませるエアハルトもいつもと変わらない。
この人、共感も褒められもしないのに。自分に語って何がそんなに楽しいのだろうか。小さく手振りをまじえて話すエアハルトを、ヴァレリアンはぼんやりと見つめる。
「でも4人だと、分け前も四等分だから。思ってたよりもらえないよね」
「そうですね」
だから、一人でするのがいいのだ。チームを組むと、やれ俺が一番貢献しただの、やれあいつはサボってたから分け前を減らせだの。面倒な揉め事しかおこらない。
と、ヴァレリアンは言ってやりたかったが黙っておいた。こんな嫌味を言っても、この男は「そうかなぁ」と気の抜けた顔をするだけだとわかっているからだ。
そんなヴァレリアンの胸の中の返答などつゆ知らず、エアハルトは話を続ける。
「ひとりがさ。自分がトドメをさしたんだから、自分が1番多くもらうべきだって言い出しちゃって……」
「……ふーん」
やっぱり。
「みんな空気重くなっちゃって。だからおれ、『トドメを刺したのはきみだけど、おれが敵視取ってなかったらトドメを刺されてる側じゃん』って言ったんだよね」
「へえ。……? え? なんですって?」
「え?」
「え。いや、『え?』じゃなくて……」
エアハルトはきょとんとしている。
その間抜けな顔を見ていると、ヴァレリアンは聞き間違いかと自分の耳を疑うことしかできない。
「そしたら、『じゃあダイスで決めよう』って怒鳴るから、サイコロ振ってきたよ」
「ダイスで……」
「おれが数字が大きかったら、分け前はきっちり4等分で、その人が大きかったら、その人に5割。あとの分を3人で分けろって」
「おかしくないですか。それ」
「うん。でも怒ってて話し合いできなさそうだったし……おれが勝ったからまあいいかなって」
ヴァレリアンは沈黙した。
どうやら先の言葉もヴァレリアンの聞き間違いではなかったらしい。
結果良ければ全てよしだよねと付け足して、へらりと笑うこの男。そのトドメを刺した男とやらを挑発した挙句に足蹴りにした自覚はないのだろうか。
ヴァレリアンがここ最近見かけたエアハルトといえば、道端のたんぽぽを見つけてしゃがみこんでいたり、ひらひらと飛ぶ蝶を凝視してふらりふらりとしっぽを動かしていたり……
「猫ちゃん〜って、ゴミ袋を追いかけてた人と同一人物とは思えないですね……」
「えっ!」
「えっ」
ヴァレリアンは数日前に見かけたエアハルトの姿を頭に思い浮かべていたのだが、どうやら無意識に口に出ていたらしい。「見てたの?」と焦ったように耳を下げるエアハルトにヴァレリアンは「あ。はい。まあ……」と曖昧な返事をして彼から目線を逸らした。
「見てたなら、声かけてくれればよかったのに」
「……」
嬉しそうにゴミ袋を追いかける背中に、なんと声をかけろというのか。
「それでさ。よかったから今度2人でモブハントいかない?」
「え」
「おれ、タンクするよ。治癒もある程度自分でできるし、ヴァレリアンくんは敵をボコボコにすることに専念してくれていいから……」
えいえい、と腕を振るエアハルトは、敵をボコボコとやらを表現しているらしい。
ヴァレリアンはまたも耳を疑った。この男、2人で、と言ったのか? 2人。2人で? 自分と、エアハルト。2人で、と……?
「ヴァレリアンくんが、7割持っていってもいいから……」
「…………」
「……! 8割り、……それか、全部……」
ヴァレリアンの無言の凝視をどう思ったのか、エアハルトの耳はしおしおと下がり、声音は自信なさげに窄んでいった。ヴァレリアンがはっとしたころには、報酬は満額ヴァレリアンのものでもいいと言っている始末である。
「ヴァレリアンくんと、一緒が……」
「おい。エアハルト」
第三者の声に、呼ばれたエアハルトだけでなくヴァレリアンも一緒に顔を上げた。ヒューランの男だ。ヴァレリアンが過去に何度も見てきたものと似た、嫌な目付きをしている。ヴァレリアンは無意識に眉間に皺を寄せた。
エアハルトを呼んだ男はエアハルトとヴァレリアンを交互に見て鼻を鳴らす。
「最近はずっとそいつに構ってるんだな」
「え」
「媚び売るのはうまいもんな。お前」
エアハルトは抜けた声を出したのに続いて数回瞬きをした。
男の言葉に少しも傷ついた様子は見せないエアハルトを、ヴァレリアンはじっと眺めていた。
「夜暇だろ?」
「え。うん、と……暇、てわけでもないけど」
「手伝って欲しいことがあんだよ」
「えー、と……」
エアハルトがヴァレリアンの方を向いた。ヴァレリアンもエアハルトを見ていたので当然目が合う。
俺の事見てなんですか? なにを求めてるんですか。そんな意味を込めて見つめ返した。睨んだつもりはなかった、が。無意識に眉を寄せ、きつくエアハルトを睨んでいた。
もごもごと何か言いたげにエアハルトの口元は動いていたが結局ヴァレリアンに何か言うことは無かった。エアハルトの視線が、ヴァレリアンから男に戻る。
「えっと……その」
「来いよな。金はやるからよ」
答えあぐねるエアハルトに対し、男は乱暴にエアハルトの肩を掴んだ。
「……」
エアハルトは無言でいたが男は決定事項と言わんばかりにエアハルトの肩を弾いて背中を向けた。その姿をぼんやりと見送るエアハルトが何を思っているのか、ヴァレリアンにはわからない。けれども男とエアハルトの会話が何を示すのかは、察することが容易かった。
不快だ、と思った。
「2人でモブハント、でしたっけ」
「! あ、……うん!」
ヴァレリアンに顔を向けたエアハルトは、先程のぼんやりした顔を忘れてぱっと表情を明るくする。その様子が、今のヴァレリアンにとっては、無性に腹立たしかった。
「嫌です」
「……」
「他の人を誘ってください。俺、製作リーヴを一人でやった方が楽なので」
上がっていた口角が徐々に真一文字に結ばれていく。その様子を見て可哀想だ、なんて思いが浮かぶ隙はなく、むしろヴァレリアンの胸を占めたのは、一体どうしてそんな被害者ヅラができるのかという、怒りのみだった。
この人はあろうことか男に体を売っているのだ。なんの罪悪感もなく。その身を開き金を受け取っている。その事実は、ヴァレリアンにとって全身の血を沸騰させるほどに不愉快だった。
「ヴァレリアンくん、じゃあ――」
「俺。忙しいので」
エアハルトに言葉の続きを言わせぬよう、ヴァレリアンは荒々しく席を立った。エアハルトの目が自分の動きを追いかけているのはひしひしと伝わってくるが、あえて無視して背中を向ける。
ヴァレリアンくん、じゃあ――。じゃあ、なんだと言うのだ。――媚び売るのはうまいもんなりお前。ヒューランの男の言葉がヴァレリアンの頭に蘇る。怒りで顔が熱くなる。何を提案しようというのか。エアハルトは。
「……ヴァレリアンくん」
頼りない声だった。聞こえたが、無視をした。二度と話しかけるなとさえ思った。
ヴァレリアンは、ズカズカと荒々しい歩調で冒険者ギルドを出る。
扉を閉ざして歩みを進める。その後ろにやかましい騒音は何一つついてこなかった。