"ゼロ"にも知られてはいけない



警察庁警備局警備企画課と書かれた扉の前に立ち、中に入るのを躊躇っていた。私は警視庁の公安部の者なのに、何故此処に居るかと言うと……数分前に遡る。


「蒼井です!」
『今何処だ』
「公安部ですが」
『警察庁に来い』


用件だけ言って切られるのはいつもの事なのだが、今回は説明が欲しかった。……私、何かやらかしたかな。

冷や汗をかきながらも、急いで警察庁へ移動し今に至る。意を決して、扉を開くと同じ公安部の風見さんの顔があり少しだけ緊張が和らいだ。


「あ、風見さん」
「蒼井も呼ばれたのか」
「はい」
「…お前、何かやらかしたのか」
「何で私なんですか」
「お前以外に誰がいる」
「風見さんがいます」


話しをしつつ、目線は常に入り口にある。呼び出した張本人である私達の上司がいつ来るか分からないからだ。

思い当たる節は無いが、お互いに責任を擦り付け合っているとグレーの良質なスーツを身に纏った上司が入ってきた。


「降谷さん、お早う御座います!」
「ああ、来たか」
「我々は何故此処に?」
「お前達には今日から、此処で作業をしてもらう」
「え、?」
「我々は警視庁の人間ですよ?!」
「問題ない」
「有ります!大有りですよ!」
「裏の理事官には許可を貰ってる」
「拒否権は?」
「無い」


拒否権が無い事くらい分かってはいるが、聞かずにはいられなかった。貴方は何をお考えですか、降谷さん。


「着いてこい」
「はい」


資料室や仮眠室等、普段使うであろう場所を案内してくれた。私や風見さんが仮眠室を使う事は無いだろうが、念の為覚えておこう。


「分からなければ聞いてくれ」
「はい」
「あの、降谷さん。つかぬ事をお伺いしますが…他の人達は?」
「そのうち増える」
「そう、ですか……って、え?!そのうち!?」
「今のところは、我々だけという事でしょうか」
「ああ」


まるで、当たり前だろと言ってるような顔。あまり表情を崩さない風見さんも今回ばかりは違うようで、困った顔をしている。困っている私達が面白いのか、降谷さんは笑った。それはそれは素敵な笑顔で、笑ってらっしゃる。


「笑ってないで、人員を増やして下さい」
「大丈夫、ちゃんと増やすさ」


散々笑って満足したのか降谷さんは、私の頭をポンポンとし自分のデスクに座る。降谷さんの笑顔、久々に見た。


「…あの、降谷さん。我々の席は…」
「ん?ああ、好きに使え」
「……降谷さん、まさかとは思いますが、この大量にある資料の下が机ですか?」
「良く分かったな」
「風見さん、ファイト!」
「お前もやるんだよ」
「ですよね…」


一通り資料に目を通せという事だろうが、事細かく記されていて、頭がパンクしそうだ。一度休もうという風見さんに賛成し、パタンとファイルを閉じる。


「あれ、降谷さんは?」
「少し出てくるって」
「降谷さんって、この資料全部頭に入ってるんですかね」
「入ってるだろうな」
「凄いなー、降谷さん」
「記憶力には自信があるんじゃなかったのか?」
「幾ら自信があったって、この量は流石に無理ですよ」
「ほぉー、記憶力に自信があったのか」
「う、いつの間に戻られたんですか」
「今」
「それで?記憶力が良い蒼井はこの量じゃ物足りないって?」
「…鬼ですか!」
「お前、記憶力が良い割に試験には反映されてないようだな」
「うげ、何でそんな事まで知ってるんですか」
「お前の事なら何でも知ってる」
「…怖い」


全てを見透かされているような鋭い眼で見られ、思わず手にしていたファイルで顔を隠し視線を遮る。私にあの能力があるというのは、絶対に知られちゃいけない。其れは、この世で一番尊敬している降谷さんにもだ。あの人と約束したから。秘密にする、と。


− 絶対にその能力を誰にも知られるな。秘密にするんだ。もちろん、ゼロにもな。


私が公安部に配属されて直ぐ、能力の事がバレた時に言われた言葉。"ゼロ"というのは、存在しない組織であれと言われている警察庁警備局警備企画課の事だと思っていた。でも、彼の言うゼロというのは若きエースと呼ばれる降谷さんの事だと知ったのは、彼が殉職する少し前だった。