勢いで飛び出してきたはいいが、授業が始まってしまっている廊下はもうすっかり人の気配がなかった。急いで自分の教室に戻れば授業は始まっていて、遅刻したことを注意されたものの席に座るように促された。深く理由を聞かれなくてよかった、と胸をなでおろしながら、俺は机の中から教科書を取り出した。
黒板に書かれていく文字を機械的に書き写しながら、俺はもやもやとした感情を持て余していた。
『炭治郎でも、イケる気してきたわ』
見たことのない、薄暗い笑みを思い出す。温度を感じない声と瞳。禰豆子を引き合いに出され、やっぱりあくまで女の子がいいのだと言外に思い知らされ、傷つかずにはいられなかった。
それでも、と。
どうせ手に入らないのなら、彼の言うとおりに思い出だけでも、なんて。浅ましく思ってしまったことがバレて、いよいよ軽蔑されてしまったのかと思って、頬を触れていたはずの指が遠のいたのを目で縋るように追いかければ、善逸が、ぼろぼろと涙をこぼしているのだから、もうわけがわからなかった。
けれどぐすぐすと泣きじゃくる善逸は、自分のようく知っている善逸で、さっきまでの何もかも見透かすガラス玉みたいな危うさが消えていてほっとして思わず笑ってしまう。
確かに傷ついたのに。許しを請うように縋りつかれれば許してしまうのだ。どうしようもない。
『思い出、作ってあげる』
思い出でもいい。一瞬だけでもいい。嘘でもいい。善逸がいつかできる彼女に向けるだろう熱を、俺にも分けてほしいと思った。あのときは。
でも今は、思い出じゃいやだと、どうしても思ってしまう。
受けいれたのは俺なのに、それでも俺のせいにはしない善逸が、どうしようもなく好きだ。
彼女ができたら親友の顔をして祝福しようと思っていた。できるとも思っていた。でも、無理だ。
善逸を諦められない。一度でも手が届きかけたせいで、押し込めていた欲が期待して出てきてしまった。女の子じゃなきゃだめなのはわかっているけれど、俺でもイケる気がするって善逸は言っていた。全く望みがないわけじゃないんだ、と、不思議とどんどんポジティブにとらえてしまっている自分に気づく。いっそ開き直ってしまったと言ってもいい。
好きになってもらうにはどうしたらいいのか皆目見当がつかないが、とにかく努力しかない。自分にできることと言えばそれしかないのだ。
努力、努力だ。大丈夫、俺ならできる!
心の中で己を鼓舞する。とりあえず、何を努力すればいいのか、情報収集から始めるか。
考えがまとまって、よし、と頷いた途端にチャイムが鳴った。授業を聞いていないどころか、黒板にはいつの間にかびっしりと文字が書かれていて、ちっとも書き写していなかったことに気づいて青褪める。
起立、と日直の号令に合わせて生徒たちが席を立つ。俺も慌てて立ち上がり、礼をして、まずはノートに黒板の内容を書き写すことに専念した。
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