――これは、成功したと思ってもいいのだろうか。

夜。布団に入り漸く落ち着いた俺は、ふに、と自分の唇を親指と人差し指でつまむ。
一瞬、でも確かに触れた善逸の唇の感触を思い出し、じわじわと顔が熱くなった。

善逸に好きになってもらおうと決めたは良いが、如何せん俺は色恋には疎い。それに嘘のつけない自分は色恋に限らず駆け引きも得意ではない。
そこで俺は恥を忍んで、相手を伏せて禰豆子に相談した。俺の話を全て聞き終えた禰豆子の物凄く優しいようで微妙にひきつった笑顔と呆れた匂いが気になったが、禰豆子はいくつかの案を出してくれた。

その中で決して器用ではない俺が出来そうだったのが、押して駄目なら引いてみろ作戦だ。

しかし、善逸が俺の気持ちを知ったのは、俺の抑えきれない恋心が彼の聴こえ過ぎる耳に届いてしまったからであって、俺自身の言葉や行動はあくまでも友人の枠を越えたことはなかった。

既にバレている上に殊更押した訳でもないのに引くとは?と思ったが、俺が善逸に好きになってもらうと宣言した時に微かだが善逸から期待の香りが漂ったことを思い出し、俺はその案を採用した。

今まで友人として善逸から聞かされてきた色恋に対しての発言を鑑みるに、恐らく、その時の善逸は俺が少女漫画のヒロインよろしく健気に善逸に振り向いてもらおうと努力することを期待していたと思う。

なら、ここで敢えて特別な動きをすることなく、これまで通りに振る舞えば善逸の方が意識してくれるかもしれない。
そう思って宣言の翌日から今日までの間、これまで通り表面上は仲の良い友人としての距離を保ってきた。何なら近付き過ぎてはまた音でバレてしまうと思って、ほんの少し素っ気ない態度をとってしまっていたかもしれない。――だが。

「……長男でも、ちょっとしんどかった」

俺は小さな溜め息と共に呟く。正直、素直に気持ちを伝える方が気楽だったと思う。嘘をついているとは言えないにしても、俺は気持ちを圧し殺して善逸に接することに疲れてしまっていたのだ。

何より、あれ以来善逸から以前は香らなかった恋の匂いが香っている。
最初こそ気のせいだと自分に言い聞かせていたが、どうやら自惚れではなくその好意は俺に向かっていて、その上日に日に強く甘くなっていった。

あの子が可愛いその子が可愛いと言って告白をしてはフラれていた善逸だが、記憶にある限り真剣な恋の匂いをさせたことはなく、フラれて大袈裟に泣きはしても、本気で傷付いて落ち込んだような匂いもさせてはいなかった。

そんな善逸が、俺に、真剣に恋をしているらしい。

更には俺が善逸以外の人間に話し掛けていると微かに嫉妬の匂いまでさせるようになったことで、俺はこの駆け引きを若干楽しむようになれた。

――もっと、もっと俺を意識してくれ。

そう思ってはいた、のだが。

「……あれは狡い」

俺は再び己の唇に触れる。
突然キスをしてきた善逸は、結局顔から耳まで赤くして、しかし獣のように鋭い蜂蜜色の瞳をこちらに向けて、「じゃあね。……また、明日」と一方的に告げるとそのまま帰ってしまった。

「どういう、つもりなんだ……」

あの時の善逸から香った、恋と欲の匂い。

自分の鼻を信じるのなら、女の子が好きだったはずの善逸が確かに男の俺に恋をしている。そして恐らく、性的な意味でも求められている。
しかし、善逸が今抱いている欲を満たしたら、これは恋じゃないと善逸は感じてしまうのではないか、とか、やはり禰豆子に重ねて俺を好きだと錯覚しているのではないか、とか。

夜が深まるにつれて、期待と不安にぐるぐると思考が巡る。

考え過ぎてろくに眠れずにいるうちに一夜を過ごした俺は、翌朝熱を出して学校を休むことになった。