「え、なまえを呼んでこい?」
「ああ、封が届いた」
「わかった。…けど誰がなまえへ?」

執務机に座ったゼンがピンッと指で弾いた封書を見つめミツヒデに声をかける。その彼からの問いにゼンは苦虫を噛み潰したような表情をしながら答えた。

「……ルーグルス王弟の遣いだ」
「はぁ!?」

予想もしない大物の登場にミツヒデは声を裏返し驚いた。
ルーグルス王弟といえば昔はとても強硬派であった。2つ隣の大国で派閥争いの末後継者争いが勃発するかと思いきや身軽な身分でいたいと自身から王候補から降り臣下となった。当初はルーグルスは騒然となったが、いざ政務に手をつけると烈々だが優秀な人物として評価が上がり、真摯に王を支える姿に国民臣下から絶大な支持を受けている。

そんな大物な人物に白雪の家族である少女、なまえ宛に封書。また侯爵あたりに、なまえが間者と疑われる可能性にゼンは頭を抱えたくなるがとりあえずまずは本人を呼び出そうとミツヒデに声を掛け、早く呼んでこいと手を振る。

「白雪も呼ぶか?」
「…いや、だが仕事中だろ…」
「それもそうか。」

なまえを呼び出しにいったミツヒデを目で追ったあと目線を落とし、この厄介な面倒ごとをどう処理するかな、とため息を吐いた。

「失礼致します」
「来たか」

薬室に、白雪に会いに行けばすぐに会えると思ってはいたが、彼女の前では話せない。時間通り執務室にやってきたなまえに座るよう促す。

「呼び出して悪いな。お前宛に封書が届いていてな。」
「えっ、殿下のもとに、私への手紙ですか?」
「ああ。ルーグルス王弟の使者から直接受け取った」
「ルーグルス…王弟??」

首を傾げるどころか捻る様に倒したなまえの様子にゼンは杞憂だったかと安堵した。悪いが中身を確認してくれないか、とその場で開封を促した。

なまえは自身に私的な手紙が届くこと自体が意外であるため、ツウとひと撫でしてゆっくりと開封をした。パサリと畳まれた紙を開き中身に目を走らせた。

「…!」

途端、なまえの目が見開かれた。白雪にしか関心を示さない彼女の指が震えている。彼女は最後の一文字まで目を通したのか、ゆっくりと紙をたたみ少し考え込んだ後、殿下に差し出した。

「………いいのか?」
「……」

迷いなくこくりと一つ頷いたのをみてゼンは差し出された手紙を同じくゆっくりと開いて目を通した。

「これは…」

絶句。ゼンは先の言葉が続かず手紙を見下ろした。ゼンが絶句している間なまえは魔力を辿り確認を取っていた。

「なんで、求婚されているんだ、おまえは」
「…やっぱりそれ求婚かな……そんなはずないはずだけどなぁ…」

首を傾げながらなまえはゼンの手元にある手紙から目を逸らした。

「そもそも、私まだ結婚できる年齢じゃないんですけど…」
「そうじゃない。ルーグルス王弟が訪問してくると。」

困ったなぁとなまえが頭の片隅で考えながらこれからの白雪の予定を確認して行く。
「なまえ、顔が赤いがこの求婚受けるつもりか?」
「え…!?受けませんよ。ただ…」
「ただ?」
「………うーん…なんだろ…多分、嬉しいんです」
「は…?」

嬉しい?なまえがなにを言いたいのかわからずゼンは首をかしげた。困ったように笑うなまえにどういう事だと問おうとする前に彼女から口を開いた。

「殿下、他国の王族の前に私が顔を出してもよいのであれば、夜会に参加していい?」

なまえの問いにゼンは執務机に指をトントン、と当てながら考える。
正式な訪問はまだ受けてはいないがこの手紙によると近々こちらへ来国するのは確実のようだ…。使者はルーグルスの紋を持っていたというし、目当てがなまえであるのならば彼女が参加しないという悪手はとれない。とれないが、うちの国での外聞が非常に悪い。


彼女は普通にしていればどこにでもいる可憐な少女だが、外見にそぐわぬその実態は一流の斥候だ。騎士としての腕前も十分にある。
過去のことは記憶喪失らしく、身元不明。
一見怪しい実力のある幼子。人見知りで消極的な性格が子供らしくはあるが、自身の力量もわきまえて表情豊かに見えてドライな性格。けれど倒れていた彼女を白雪が救い忠誠を誓うというのがミツヒデとキキの見解だ。

そんな消極的で関心を示さない彼女が参加したいのだという。
外聞が悪いのは彼女が貴族でないため仕方がない。そして彼女は城へ出入りしているがそもそも城勤ではない。純粋に白雪の側で白雪を守っているだけだ。言ってしまえば不法入城なのである。そんな彼女に手紙が届くというはなしもおかしな事だ。

それならば、まだ早いと思っていたあれを進めるか…?彼女の隠密や斥候技術の腕前は一流のため、あってもなくてもどちらでも良いと思っていたが、正式に表に出るのであればそのようなことを言ってられない。

しかし…なまえは…いや。

「なまえ。」
「……?」

顎に手を当てて考えていたが、真剣な顔をつくりなまえへと向きなおる。

「…おまえは、白雪以外に自分の力を使うつもりはあるか?」
「ないよ。」

ばさりと切られた言葉に思わず、だよなぁと苦笑いを浮かべた。そうなると、なまえの扱いに悩む。

「……ない…けど、ないけど、白雪が大事にしてる世界(あなたたち)は守りたいと思う、よ?」

大事な人に会えなくなる悲しみは誰よりも知っているから。意味深に紡ぐなまえの瞳を曇らす。まあ、もちろん目の前で困ってる人がいて助けられる手段があるのなら話は別だけど、興味はないしね。

「……そうか。頼もしいな。」
「……いえ、それで、私はパーティに参加してもいいの?」
「ああ。そうだな、おまえにも"コイツ"を与える。それをつければいつだって城内の出入りは自由だ。」

なまえにはあまり関係がないかもだが。と笑いながら執務室の机の引き出しを開いた。

「これって…身分証……」
「表向きはトビと同じ"クラリネス第2王子付き伝令役"だ。……だがお前に期待している正式な任は"宮廷道化"」
「…へ…?」
「おまえの扱いをどうするか正直悩んだ。なまえは白雪の家族であって城仕えのものじゃないからな。ただおまえの力は便利だがあまりにも脅威だ。」
「…伝令役ならまだしも…宮廷道化って、そんな権力与えられても、困るよ……」
「なんだ、どんな立場なのかわかるのか」
「私の認識とあっているなら、とんでもない地位だよ」

恐々となまえが言葉を紡ぐとゼンが笑う。

「まあもちろん表向きは伝令役だ。深く考えるな。」
「斥候とかなら全然わかるけど…」
「身分証にそんなの書けるわけないだろ」
「ええ…まあ、周知になるか…道化にしろ…」
「そのための表向きだ」
「うええ…」

ジッと身分証を見つめた後ゼンを一度見て、仕えるべき人物が変わるのか考える様に目を伏せる。なまえが仕えたい相手は白雪だ。親友だから、家族だからという理由もあるが、身体と共に心も救ってくれた恩人だから。

だが、コレを受け取ってしまったら、自分は親友の思い人のゼン殿下どころか、国に仕えることとなる。白雪やゼンの頼みどころか、彼の兄や上層部に頭を垂れなければならない。それは、少し嫌だな。まあ左遷なんぞなったら大変になるだけで対処できないわけではないし、引きこもることも可能であれば様々な選択肢があるし……

まぁゆるい首輪を与えられただけか。

コホンと咳払いをしたゼンに意識を戻す。

うん。とひとつ頷いて結論を告げる。

「最優先は白雪、そこは譲ない。でも力及ぶ限りは、最善を尽くす。こちらも使わせてもらいます。」

「あぁ、そこでだ。おまえ正装は持っているか?」
「えぇ…と…」

首を傾げるなまえに、そうだよなあ…と頭をかくゼンに準備しておくよ。とパタパタ手を振ると、ゼンはそんな金あるのか?会うのは王弟だぞ。と剣呑な顔が向けられる。

「大丈夫だ、恥をかかせる様にはしない。」

衣装くらいどうとでもなるよ、とは言えずになまえは二、三度口を開閉した後お願いします…。と頭を下げた。変化した方が楽なのだけど、彼の善意を無下にもできないしキュッと授かったばかりの身分証を握りしめた。

白雪が苦労して手に入れた大事なものなのに私なんかが貰って大丈夫なのかな

手にしてから襲う不安感に視線を落とすが、ゼンの話はまだ続くらしい。

「それでだなまえ、エスコート役はどうするつもりだ?」
「………は…?」
「城での正式な催しだ、必ずエスコート役に父親か兄弟、婚約者…が必要だが…おまえの場合親族もいないし、婚約しているわけでもないしなぁ」
「…………」
そりゃこの世界のお貴族様とは無縁ですし、となまえは眼を遠くしぼんやり思う。
まあ白雪に世話になってる身ではあるし、誰かに頼もうにも他に人がいないしなぁ、なまえが頭を悩ませていると、ゼンが「あっ」と声をあげた。

「なぁなまえ。おまえリュウにエスコートしてもらえば?」

歳近いだろ?といい笑顔をむけるゼンに、目を瞬いた。

「え…でも彼に頼むと白雪に知られそう…うー、まあ参加できるのであれば私は誰でもいいのですが、彼の都合も考えてあげてください、彼も私同様引きこもりの典型ですから」

でもやっぱり彼に依頼すると白雪にバレて心配されそうだし…と掌を頬に当てる。
「何を言ってる、なまえが招待されているんだから相手は別に貴族じゃなくても構わん。……やっぱり白雪には言わないのか?」
「………え?」
「あらかじめ説明しておくのは大事だぞ」
「うーん、白雪に言ったら隠れて見学してそうじゃないですか?バレてないと思ってるのも可愛いけど」
「コラコラ。」

なまえの冗談にゼンは頭痛がしたのか片手でひたいを抑えた。