騒めく会場になまえはそっと様子を伺う。会場は他国の王族の来賓パーティとのことで高揚していた。そんな熱気のある会場今すぐにでも抜け出したい、そんな気分だった。

気配をたてば目の前にいても気がつかれない。なまえは目立つこの王子の前からいつ離れようかこっそりと目論んでいた。

「逃げるなよ」
「に、逃げませんよ…?」
「ならそれはなんだよ」
「なんの話でしょうかね」

ゼンの鋭いツッコミになまえは咄嗟に視線を逸らす。

「おまえには心配ごとが多すぎてな。そもそもこういった場所は初めてだろう。結局エスコート役も頼まないで…」
「……私も不安ですよ…。あー…今の状態、一人言してるように見えるのであまり感情的にならないで下さいね」

エスコートの件も分身でチョチョいと。
前に視線を向けたままへらりと笑って見せれば大きなため息を吐く。

「本当にお前は…一応ここは公の場だぞ。キキたちも言葉遣いを改めてるのに…見つかったら咎められるぞ」
「はーい。」
「白雪がいないからって気が緩みすぎだ」

何気なく呟いたゼンのお小言に笑みを消して真顔になる。

「……いないからじゃないよ。」

こっそりと呟いた台詞はゼンの耳に届かなかったのかなまえは一度目を閉じて再び様子を伺う。

「来たぞルーグルス王弟だ」

小さな呟きに対しゆっくりと息を吐く。驚くほど足音が聞こえない相手の気配が目の前に届いたのがわかった。伏せていた瞼をゆっくりと開き正面を見る。

「ようこそ、よくいらしてくださった」
「ウルスラグナ=ウィル=ルーグルスだ、突然の来訪で申し訳ない。」
「ゼン=ウィスタリアと申します」

手をにぎり合う王族二人がにこやかに会話が生まれる中なまえは観察するように目の前の人物を眺める。煌びやかな音楽が流れている空間が、どこか映画のワンシーンのようだと、逸れた考えを改める。

「そして……」
「ええ、貴殿がお会いしたいという少女ですね。」

話が終わったのかゼンがなまえの示し、少しだけ消していた気配のままゼンの前に一歩進みでる。着飾ったドレスを摘みゆったりと膝を折り頭をさげる。


「……………お会いできるこの日を心待ちにしていました」

その言葉とともに顔を上げふわりと笑むなまえにゼンは取り繕う顔を忘れて瞬いた。白雪にしか見せていなかったであろう、少なくともゼンは見ていない、そんな顔だった。なまえは何か言いたそうにしているゼンを一瞥したが、目の前にいるいまにも感極まっているルーグルス王弟を優先しようと口を開いた。

「なまえとお呼びください。ルーグルス殿下」

誰だこの少女は。冷や汗をだらだら流しながらゼンはにこやかに笑うなまえを凝視しないよう笑みを作るのに必死だった。

「ええ、えぇ…なまえ様。私のことはウルスラグナ…いえ。ウルとお呼び下さい。このあとお時間をいただいても?」
「……ふふ、お手柔らかにお願いいたしますね。」

恥ずかしそうに笑うなまえにゼンは考えることを諦めた。いやもうこの少女は底が知れないし、そもそも何も知らないのではないか。何しでかすかわかったもんじゃない。二人きりにはさせないからな。

「では、他の皆様方にもご挨拶してまいりますので」
「ええ、後程。」

にこやかに去るルーグルス王弟になまえは込み上げてくる笑みが消せずに笑っていた。

「大きな猫被れるんだな」
「えっミツヒデさん、酷い」
「殿下は目を落としそうなほど凝視してたよ」
「うえ…キキさん、殿下まで…」

むうっと膨らますなまえにミツヒデとキキが笑う。

「対外的にはあんな感じで良かったんです?こんな豪勢なパーティ参加できる機会なんてそうそうないですからねぇ…大丈夫でしたかね」
「なまえ、あんまり心配しなくてもダメだったら殿下からフォロー入る手はずだったんだから、気にしなくて大丈夫だよ」
「ちゃんと道化できてました?」

なーんて、と軽口を言いながら、近くにあるテーブルに乗っていた料理をチラリと横を見れば呆れた声で「上出来さ」とゼンの声が聞こえた。

「おかえり殿下。」
「ああ。それで?」
「え?」
「ウルスラグナ=ウィル=ルーグルス王弟の目的には察しがついたか?表向きは外構だが、なまえに会いたくて訪問して来たそうだが?」

「まあこの国にご滞在するなら、自ずとわかると思うけど…」
「後手に回らないためだろ」
「名前どころか愛称で呼んでくれとさ」
「うーんこの話は執務室に戻ってからですね。」

殿下も戻ってきて視線もこっちに集まってきたし、と視線をめぐらした。
「では挨拶も終えたことですし、私はお先に失礼しますね。あまり遅くなると白雪が心配するので明日の早朝にでも伺います」

彼らが白雪を引き合いに出せば、あっさり認めるとわかってる上でなまえは疲れたようにため息をついた。まだまだ子供の体のため任務外の夜更かしは厳禁なのだ。

「ああ、だが彼が滞在しているうちは必ず呼び出しに応じてくれよ」
「はーい…変なタイミングでは呼ばないでくださいね…」

表面上渋い顔で頷いた後、気配を断ったまま部屋に戻る。