「ヌメーレ湿原、通称“詐欺師の塒”二次試験会場へはここを通って行かねばなりません。この湿原にしかいない珍奇な動物達、その多くが人間をもあざむいて食糧にしようとする狡猾で貪欲な生き物です。十分注意してついて来て下さい」



「だまされると死にますよ」



サトツがそう言い切ると受験生達が息を飲んだ。それに伴うように、霧が一層濃くなり始める。
サトツの用心の言葉と説明を聞き、受験者達が“だまされてはいけない”と緊張の糸がピンっと張った。その時、その緊張感を切り裂く一つの声が響く。

「ウソだ!!そいつはウソをついている!!」

受験生たちが声がした方に視線を向ければ、無情にも閉まった建物の影から全身傷だらけの男が出て来た。

その手に何か引き摺っている。
なまえは目を細めてじっくりと観察をする。念話でルークから生体反応有りと伝えられ、一つ頷いた。

「そいつはニセ者だ!!試験官じゃない。オレが本当の試験官だ!!」

その男の言葉に受験生達が騒つく。

「これを見ろ!!ヌメーレ湿原に生息する人面猿!!」

自らを試験官だと言う男がその引き摺っていた物を持ち上げる。それは猿だった。血だらけの猿だ。その顔は確かにどことなくサトツに似ていおり受験生達を混乱の渦に巻き込んだ。生きているという事実を知っているなまえからしてみればなんともまぁ上手い死に顔だこと、と逆に関心をしていた。だらしなく開かれた口から覗く長い舌がそれを余計に異様な物に見せ、感心するほど、演技として猿は優秀だった。

「人面猿は新鮮な人肉を好む。しかし手足が細長く非常に力が弱い。そこで自ら人に扮し言葉巧みに人間を湿原に連れ込み他の生き物と連携して獲物を生け捕りにするんだ!!そいつはハンター試験に集まった受験生を一網打尽にする気だぞ!!」

へえ、そうなんだ。
なまえがサルの生態について感心していれば男にトランプが鋭く飛んで行った。

数枚のトランプが男の顔に深く突き刺さった。オーラで覆われているそれは頭蓋を軽く越え、脳にまで達したのではないか。投げた張本人が愉快そうな声をだした。

「くっくなるほどなるほど◇これで決定…そっちが本物だね☆」

ヒソカが不気味に笑みを零すと、その雰囲気に当てられたのか仲間が死んでしまったからか、死んでいた筈の人面猿が逃げ出した。しかし刹那に放たれたトランプに呆気なく地に伏せってしまった。

騒つく周囲を無視し、ヒソカは雄弁に語った。

「試験官というのは審査委員会から依頼されたハンターが無償で任務につくもの◆我々が目指すハンターの端くれともあろう者があの程度の攻撃を防げないわけがないからね★」

「ほめ言葉と受けとっておきましょう。しかし次からはいかなる理由でも私への攻撃は試験官への反逆行為とみなして即失格とします。よろしいですね」

「はいはい◆」

どこかフィルター越しに見ている気分になったなまえ。沢山の羽音が空から降りてくる。死んだモノを啄む姿に受験生達は敗者の姿を見た事だろう。自然の摂理だとわかっていても、元の世界で似たような事象に関わっていてもどこか遠く見えた。

「私をニセ者扱いして受験者を混乱させ何人か連れ去ろうとしたんでしょうな。こうした命がけのだまし合いが日夜おこなわれているわけです―――――何人かはだまされかけて私を疑ったんじゃありませんか?」


サトツ言葉を聞きながらぼんやりしているとパシリ、と頭を叩かれた。なんだ、と見上げればキルアが「なに考えこんでんだよ。」と不機嫌そうに言いゴンが「サトツさんもういっちゃったよー?」と湿地奥を指し行こうよと首を傾けた。

「おう」とキルアが返事をしてゴンの後を追うように駆け出す。


少しずつ霧が濃くなっていく。


これはもっと前に行かないとな。ちらりとゴンとキルアを後ろから盗み見れば同様の会話をしていた。

「ゴン、もっと前に行こう」

「うん。試験官を見失うといけないもんね」

「そんなことよりヒソカから離れた方がいい」

「?」

「あいつ殺しをしたくてウズウズしてるから。霧に乗じてかなり殺るぜ……なんでそんなことわかるのって顔してるね。なぜならオレも同類だから、臭いでわかるのさ」

「同類…?あいつと?そんな風にはみえないよ」

「それはオレが猫かぶってるからだよ。そのうちわかるさ」

「ふーん」

これは11歳の会話なのだろうか。改めて目の前にすると




「なまえ、まだペース上げれるか?」

振り返るキルアになまえは素直に頷く。よしっと頷く彼に元気だな、と目を細める。これは嬉しいことにお仲間認定されたのだろうか。へラリと笑えばゴンが後ろへ振り返り、

「レオリオ――――!!クラピカ――――!!キルアが前に来た方がいいってさ――――!!」


そんなゴンに緊張感がないと言うキルア。同意するけど張り詰めすぎるよりはいいんじゃないかな。緩んだ頬をそのままに彼らの会話に耳を傾けた。緊張感の無い会話を大声で交わすゴンとレオリオに笑いが零れる。



「何笑ってんだよ」

「ハンター試験なのに楽しそうだなぁって」

「人が親切心で言ってんのに緊張感無くして和むなよ」


その言葉に、ふへっとだらしなく笑ったなまえにゴンがどーしたの?と首をかしげた。それになんでもないよ、とそのままの笑みで返す。

その後、ゴンはレオリオ達のことを気にしているらしく、しきりに後ろを振り返っていた。キルアがそれをたしなめる。

「ボヤッとすんなよ。人の心配してる場合じゃないだろ」
「うん……」
「見ろよこの霧、前を走る奴がかすんでるぜ。一度はぐれたらもうアウトさ。せいぜい友達の悲鳴が聞こえないように祈るんだな」


確かに濃くなった霧に目を細める。こんなに深い霧ではもう1m先が見えなくなっていた。二時試験まで後少し、汗ばんだ身体に再び活を入れてなまえは前を向く。