「う、うそでしょ…?」

 またしてもとばされたなまえは耳を抑えて呆然とした。
手元に魔力を集中させても、念話を試みても通じないことに絶望を覚えた。

《なんで…こんなこと…ルーク!ルーク!ウル!?やだよ、応えて、応えてよ!》

 胸元に手を当てなまえは涙を流す。ラディアルーク自体は手首に存在している。私の魔力が消失した・・・?それでもルーク自体にも魔力を蓄積する機能がついている。ルークが音を発せないということ、それが精神的にまいってしまい涙が止まらない。ウルスラグナからの反応も返ってこなかった。

 やだやだやだっ

 魔力が使えないことよりもルークが意思を持たないことが!

 ウルから返って来ないこの現実がなまえの心を蝕んでいく。


「あ、あ、あ・・・」

 ガクガクと震え落ちる膝。自分の体を両手で抱きしめぽたり、ぽたりと地面に雫を落としていく。

 このひとりきりの世界でたった1つの希望も存在しない世界で、これ以上私に生きろって言うの…?
 ふざけないでよ、私が心の糧にしてきた存在がなくなったんだよ
 耐えられないよ、死なせて、この世界から私を消してよ…

「ねえキミ、大丈夫かい?」

「…て、…殺して…」

「はあ!?何言ってんの!?」

「お願い、殺して、お願いだから・・・・」

「ちょっ・・・本当に待って!?キミ俺にPKになれって言ってんの!?あぁもう!ちょっとこっちきて!」


 グイッと引き起こされたなまえは軽く、引き起こした人物が軽く目を見張った。腕を引かれたなまえはうつむいたまま唇を噛み締めた。

 つれてこられた場所はこじんまりとした宿屋だった。

「これでも飲んで、ちょっと落ち着こうか」

「……………」

 目の前の人物はティーカップをなまえの前に起き頬杖をついた。
 しばらく黙々とお茶をすする。
深々とため息をついてこの世の絶望じみた表情を浮かべる少女に腫れ物に触れるように話しかけた。

「えっと、なまえは?」

 その問になまえは逡巡したのち口を開いた。

「………なまえ」

「そう、なまえちゃん・・・?なまえって呼んでも?」
「……」
「ありがと、俺のことはキリトでいいよ」

 頷いて答えるだけで何もはなさないなまえにキリトは頭を掻いた。

「それで、どうして死にたいの?」

 ―――ない、から――なまえが放った言葉が聞き取れずキリトはとっさに聞き返す。

「……えっ?」

「この世界には、私が大切にしているものが何一つ存在しないから」

「じゃあ現実世界には……?」

 はっ?となまえから言葉が漏れた。
 キルトはその様子に首をかしげた。

「現実世界って…?」
「何言ってるんだ?ここはMMO、仮想世界で俺らはそこから出るために日々攻略してるんじゃないか」
「仮想…世界…?MMO?」
「あ、ああ…」


 頭にクエスチョンを浮かべるキリトになまえは彼の顔をまじまじと観察した。
二度見、三度見、四度見し恐る恐る口を開いた。



 もしかして…キリト、キリガヤカズト…?なまえは驚愕した。
 突如息を飲んで驚かれたキリトは丸い目で彼女を見た。

「……!?」

 なら、なら、この魔力は一時的、ってこと、だ。
 次元世界に飲まれシステムに混線してしまったのか。ルークを握りしめ、ちょっとだけ待ってて、と眉を下げた。この世界、出る方法、そのキーは彼だ。ゴクリ、となまえは唾液を嚥下した。ここまで明確な目標が存在したのは初めてだ。


「キリト、このSAOに入ってどれくらい経ってる…?」

「えっ?そうだな、半年ってくらいだな」

「半年…」

 なら少なくてもあと1年半、はある。
 掴んだ希望にギュッと手を握ったなまえはバッと勢いよく頭を下げた。

「ありがとう、キリトのおかげでやるべきことが見つかった。」
「お、おお…?」

 巻いていたマフラーがバサリと下がる。それを軽く払いのけ、立ち上がる。

「おれは、君を殺さずにすんだみたいだな。」

「ごめんね、私、やっぱりこんなところで死ぬわけにはいかない」

「そりゃ、こっちとしても助かったけどな」

「ごめんなさい」

 いや、いいって。と笑うキリトに「それと。」と続けた。
「私も前戦組になるよ。」

「ってなまえ、戦えるの?」
「ふはっ私ってば、まほ…ううん、これでも、忍者だよ」

 いかにも驚きましたという表情に吹き出したなまえは茶目っ気たっぷりに笑った。
 思わず魔法といいかけた口をつぐみ、言い直す。キリトは不審そうに目を細めた

 表情、わかりにくいかと思ったけど、かなりわかりやすいなこの人。
なまえはへらりと笑った。

「に、ん、じゃ…?」
「はい、忍者です」

「それって・・あの・・・?こう、火遁―とか水面歩行とか?」
「ん、まあそんなもんかなあ、ほかにもいろいろできるけど」
「は、はあ」

 キリトはなんか厄介な奴に関わっちまったなあ、と頭を掻きむしった
 世界に絶望した顔で死にたいと殺してくれとのたまったなまえと名乗った少女は、ここがVRMMOだということを知らなかったという。現実世界だと思い込んでた少女に教えてあげればすぐさま顔色を変えた。
 そのことに驚いた俺は続けざまにされた会話の内容に唖然とした。

 っていうかこの娘、前戦に出るって言ってるんだけど、どう見ても、12歳くらいだよな・・・?あげく忍者だっていうけど、しかも真剣に。戸惑って曖昧な返答をしてしまったが。さらりと答えたなまえはさきほどと違い生気を帯びていた。


 もっといろいろなことを聞こうと思った。いつからここにいるのか、とか、なんでこんな層にいるのかとか、どうしていまさら攻略組に加わるのだとか、その忍者ってやつのはほかのMMOの中の話なんじゃないのかと若干勘ぐってみたり。

 もし事実だとしても、ここはMMOだ。身体能力なんかは全部数値化されている。たとえ現実世界で忍者だったとしてもこの世界でも…というのは不可能だ。いや、レベリングしたら不可能ではないだろうが、ここがMMOだと認識したばかりの彼女がそれを行っていると考えるのは些か無理がありすぎる。謎が尽きない彼女。その実力が気になる。もうこれは病気みたいなものだ。

 メインメニューを開きながら彼女は腕を組み眉を寄せながら眺めていた。そんな彼女にキリトは決闘しないか、と持ちかけた。