様子見をしていたとはいえ見事に白雪救出を掻っ攫われたなまえは複雑な気持ちに歯噛みしていた。

<<いいこと言っていましたね彼>>
「私だって転移魔法使えばすぐにでも助けられたよ。もちろんあんな野党と比べなくても実力だって上だし…」
<<何またバカなこと言ってるんですか>>
「…う…わかってるよ。異能な力で白雪を怖がらせたくないしね。」
<<そうではなくて、>>
「王子様の前に顔を出したらどうなるか…この世界魔女裁判とかあるのかなー…」
<<武力でねじ伏せるクセして何を言っているんですか。>>

機械音にあるまじき呆れ声がルークから漏れ眉を顰める。息を吐ききり朝日に目を細める

<<マスターが支離滅裂で意味のわからない言葉を紡ぐのはいつものことです。>>
「えっと………ごめん、なさい?」
<<最近のあなたはさらに酷いですが。>>

昔よりひどいってこと!?え?!!となまえは戦慄する。
<<あなたの方が彼女に依存している>>

疑問符もつけることもせずにルークはこともなげに言う。目を伏せ逡巡する。命の恩人で大切な親友。彼女は私を戸惑うことなく助け救ってくれた。そして躊躇せず離した。

「彼女の為に何かしたかったんだ」

お礼もなにもできず彼女が離れてしまったから、特に。
<<顔を見せてきたら如何です?>>
「……彼女の生活が落ち着いてから、なら…」
<<落ち着いていない今こそ彼女に手助けするべきでしょうに…>>
「ルークが言ったんじゃない。白雪は強いんだって。」

それくらい私だって知ってるよ。
なまえは拗ねた様子で口を尖らす。余談だがいまのなまえの容姿は白雪の4、5歳の容姿だ。14、5歳の容姿は私にとってそう珍しくない。

引っ越した白雪が落ち着くまでなまえはゆっくりと待つつもりであった。

白雪が再び狙われるまでは。

<<お姫様はどうしてこう狙われるのか>>
「あーもう!だめ!許せない!!!」
<<彼女の恋路を応援するのでは…>>
「王子が姫を守るくらい根性みせろや!」
<<先週見せてましたよね>>
「ぐっ……あの王子のせいで白雪に近づく口実が悉くなくなっていく!!!」


ぐああ!となまえが呻きながら頭をかく。フードがパサリと落ち髪がさらりと揺れる。
チカチカと光っていたルークも同意していた。わかっていたことだが私とルークは彼女が好きすぎるのではないか。

「ハルカ侯爵…だっけ?」

目を細めてなまえは権力を笠にする人物に目を細めた。我慢の限界で腹を括ったなまえは、ぼふんと一般兵へと変化し城へ堂々と忍び込む。

「白雪殿?」

なまえが白雪の気配を辿り白々しく声をかける。手に矢を持つ白雪にへらりと笑いかければ怪訝そうな顔を隠し硬い顔でニコ、と笑いかけられた。

「こんにちは」
「お話は伺っておりますよ、白雪殿。殿下にご用事で?」
「え、ええ。本を一冊忘れてしまって」
「ならご案内致しますよ」

ありがとうございます。とにこやかに頷きこちらの意図をこっそりと考えているのが伝わってなまえはクスクスと楽しい気分になる。

「白雪殿は兵たちに有名ですからね!殿下のご友人として城への入場を許されている特別の方だと」
「と、特別だなんて…」

なまえの言葉に白雪が口籠る。まだ何も知らされていない衛生兵さんか、とどこかホッとした様子をみせる彼女を見つめる一つの気配を感じた。みぃーつけた。

じっと白雪を見つめ、「どうかいたしましたか?」と声をかければ誤魔化すように笑顔になる。

「ではご案内致しますね」
なまえに連れられた白雪を追い、隠れて様子を見ていた青年はチッと舌を打つ。これでは殿下の元に行かれてしまう。
だが気のせいだろうか、ジロリと兵に睨まれた気がした。
気づかれた?しかしながら何故か遠回りする兵に疑問を感じる。早く知らせるにはこちらの道はとても遠回りだ。こちらとしては都合がいいが、何故?無言で歩いていた兵と白雪に向かってクナイを構えたところクルリと兵が白雪に振り返る。

(おいおいおい!?)

「しかし白雪殿、その手に持っているものは些か危険なのでは…」
「え、あ、さっきそこに刺さっていて」

狙われたと言わない白雪に思わずそんなに頼りないかな、と眉を下げる。短くなってしまった赤髪をさらりと手で惜しむように梳いた。

「え、」
「白雪!!?お前帰ったんじゃ…!」
「ああ、殿下。白雪殿が本を一冊忘れてしまったということでご案内しておりました。」
「そ、そうか…」

ジロリと殿下に睨まれた私は衛兵という立場になりきり、口角を上げ目を細めた。そして何か気配を感じ取ったのか、殿下が外に目を向ける。
「白雪、誰かに話しかけられたりしたか?」
「え、衛兵の人に…」
「衛兵ね」

目を座らせジッと見てくるゼン王子に何にもしてませんよと手を振ってみせる。

「で、その手の矢はなんだ?」

ギクリと肩を跳ねさせた白雪。チラリと衛兵に扮したなまえを盗み見る。あまり公にしないほうがいいのかと判断したのか部屋に行くか、と白雪を連れて行こうとする。すると白雪があの衛兵さんもとゼンに訴えた。

え、私もついて言っていいの?こっそり様子伺う予定だったんだけど。目をパチクリと瞬く。

ゼン王子に渋々といった様子で連れられたなまえは居心地の悪さを感じ、扉の前で衛兵らしく直立不動を心がけた。
実は、と白雪が小さな声を発した。

「誰かに射られた!?」

ゼン王子に被った声に一瞬詰まり衝動を押し込める。く、いくら見ていたとはいえ白雪から発せられる誰かの悪意に対し苛立つ。グッと言葉を飲み込めばゼン殿下は白雪へと怒鳴り声を上げる。

「アホ!どうしてそれで兵を呼ぶなりなんなりしなかった!!」
「ごめん、けどゼン、起こる前に聞いてください。」
「これが怒らずにいられるか!お前こそ何飄々としてる!?」
「私も怖いし腹が立ってる!」

白雪の訴えにゼンはギョッとし思わず怒りを引っ込めた。ゼンが怒りのまま振り上げていた矢を白雪が掴みゼンの目を真っ直ぐと見つめる。

彼らのやり取りを見ていたなまえはゾクンと鳥肌が立つ。この目。この目に惹かれたんだ。私が持っていない目。自分の意思で覚悟を決めた揺るぎない瞳。

「…だけど…何もせずにここを立ち止まりになんかしたくない。私をゼンに会わせたくない人がいるなら、その人に会ってみないと。」
「白雪殿が、お一人で…?」

なまえが兵として声をかければ白雪はこちらを見て頷く。

「相手も私一人でいれば近づいてくるかも…」
「だめだ」
「ゼ…」
「と、言いたいけどな…分かった。お前を待つよ白雪、ただし相手が引かないようなら俺の名を出してでも止めさせろ。一人の仕業とも限らん。俺も………見つけ出して監視しておく」

ゼンは頭をかき顔を伏せる。意味深の言葉に白雪が「心当たりがあるの?」と尋ねれば「確証がないから口に出せない」と顔を顰める。そして、悪い…と髪をぐしゃりと乱す。


「俺はどうやら敵を作りやすいらしい」

ゼンが下を向いて話すのを初めて見た。白雪は自分は知らないことばかりだ、と目を閉じた。それはもちろんなまえも同じことだ。彼もまた重たい宿命を抱えているのだろう。いや、私は自分の宿命なんて知らないんだけども。宿命を明らかにしてくれたらそれを目標として頑張る気も湧いてくるのに。寂しい気持ちになりながら見送る二人を眺めた。

「無理をするなよ白雪!」
「努力するよ」
「び、微妙な返答ですね…」

思わず素で困ったように苦笑した。