ロブロに教わった猫騙しを綺麗に実践して見せた渚になまえは感嘆した。
寺坂の言葉通り首もとへ突きつけたスタンガン。そこに未知の武器、人を傷つける戸惑いはなかった。
渚は鷹岡の喉元へスタンガンを押し当てながら一人の生徒として先生である鷹岡に向き合った。
殺意を教わった。抱いちゃいけない種類の殺意があるって事。その殺意から引き戻してくれる友達の大事さも。殴られる痛みを、実践の恐怖を、この人から沢山の事を教わった。酷い事をした人だけど、それとは別に授業への感謝はちゃんと言わなきゃいけないと思った。
感謝を伝えるなら、そういう顔をすべきだと思ったから。
(やめろ...その顔で終わらせるのだけはやめてくれ...もう一生、その顔が悪夢の中から離れなくなる...!)
「鷹岡先生、ありがとうございました」
バチッ
脳内に刻まれた渚の表情(微笑み)に怯える鷹岡へ感謝の言葉と共に笑顔を向け鷹岡の首に電流を流した。
フルリとなまえは渚に対して鳥肌を立てる。果たして私は彼のように仲間の仇に、嫌いな人物に、感謝を述べれるだろうか。
否、出来ない。
その事実、彼の人間性にぞくりと身の毛がよだつ。このE組は彼にとって殺意を抱かせるほどに大切なクラスだ。そのクラスの半分が死んでしまうかも、という瀬戸際に、元凶である何十倍と力に差がある犯人へ感謝を示したのだ。その目には一切の怒りも見せずに、汐田渚という列記とした中学生が。
ゆるりと自分の腕を押さえ、渚に対して畏怖するなまえ。鷹岡に渚がなんの感謝を抱いたか知っているなまえだが、元々それらは知らなくてもいいものだ。普通に生活していたら知りえないそんな種類のものだ。
「みょうじさん…?」
隣に立つ茅野の呼びかけで飛んでいた意識が戻った。渚と話がついたのか烏間が撤退指示を出しているところだった。
「とにかくここを脱出する。ヘリを呼んだから君等は待機だ。俺が毒使いの男を連れてくる」
「フン。テメー等に薬なんぞ必要無ぇ。ガキ共。このまま生きて帰れるとでも思ったか?」
そこに来たのは先程の殺し屋3人だった。
E組の生徒が身構える先頭に烏間が立ち彼らに向かって交渉を始める。
「お前達の雇い主は既に倒した。もう戦う理由は無いはずだ。俺は充分回復したし、生徒達も充分強い。これ以上互いに被害が出る事はやめにしないか?」
「ん、いーよ」
「諦め悪ィな!!こっちだって...え?」
いいの??と殺し屋達があっさり交渉に応じた事に殺し屋以外は呆気に取られた
「〔ボスの敵討ち〕は俺等の契約にゃ含まれてねぇ。それに言ったろ。そもそもお前等に薬なんざ必要ねーって」
「どういう意味だ」
「お前等に盛ったのはコッチ。食中毒菌を改良した物だ。あと3時間位は猛威を振るうが、その後急速に活性を失う。そしてボスが使えと指示したのはコッチ。これ使えばお前等マジでヤバかったな」
「使う直前にこの3人で話し合ったぬ。ボスの設定した期限は1時間。だったらわざわざ殺すウィルスじゃなくとも取引できると」
「はは、お前等が命の危険を感じるには充分だったろ?」
「え、命令に逆らったって事?金貰ってんのにそんな事していいのか?」
「アホか。プロが何でも金で動くと思ったら大間違いだ。もちろん依頼人の意に沿うように最善は尽くすがボスはハナから薬を渡すつもりは無いようだった。カタギの中学生を大量に殺した実行犯になるか、命令違反がバレる事でプロとしての評価を落とすか。どちらが俺等の今後にリスクが高いか、冷静に秤に掛けただけよ」
「まあどっちにしろ俺たちはこれ以上お前らに手は出すことはしねぇよ」
「ま、そんなワケでお前等は残念ながら誰も死なねぇ。その栄養剤を患者に飲ませて寝かしてやんな。倒れる前より元気になるだろうよ」
「信用するかは生徒達が回復したのを見てからだ。事情も聞くし、しばらく拘束させてもらうぞ」
烏間がヘリを呼んでいたのかヘリポートに向かい大きな音を響かせて着陸してくる機体を見たながらそう殺し屋たちに告げる。
「まぁしゃーねーな。来週には次の仕事が入ってるからそれ以内にな」
肩をすくめる殺し屋たちになまえはウルにコンタクトを送る。
鷹岡の実行は全て彼の独断だったが、殺し屋たち3人が決めた内容はもともとなまえが事を広げないために編入前にウルへ依頼していた内容でもあった。情報屋として日々邁進するウルスラグナは椚ヶ丘学園3年E組の生徒に殺し屋の目が向かないように、向いても死に至ることは無いように予防線をしっかり張らせていた。なまえは中学生に順応しすぎてすっかりとその事を覚えていなかったが。
<<ウルー、今回の件、知ってたでしょ>>
<<ああ、マスター。何かございましたか?>>
<<……いやまあそれなりに大きなことだったとは思うけど、誰も命に別状はないし、まあ良いか。後で報告するよ。でもその前に、たすかったよありがとう>>
<<あなたの意を組むのが私の仕事ですから>>
獣耳を垂らし優雅に微笑んでいるだろうウルスラグナを想像し口元が緩む。
<<ラスト1日、ゆっくり羽を伸ばして下さいませ>>
<<気苦労しかしてないけどなぁ…ね、今度一緒に行こうか沖縄、仕事がひと段落したらさ>>
ウルに鼻で笑われ一蹴された。
ほんと心がおれる…
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零