1.Kanbe Noriya

 



ぐるぐるぐると。
目が回るようだった。

なんでやねん、とか。タチの悪い嘘言ってんちゃうぞ、とか。
そうやって軽く流せたらいいのに。額から流れる汗が床に零れて、それを見たマネージャーが青白い顔のまま心配そうに俺の顔を覗き込んでくるから。
もう、何も言えない。
何も言えなかった。





運命とか、そういうの。信じたことはない。
そういうんはドラマとか、映画とか、物語の中だけのもんやって思ってた。冷めてる言うたら冷めたガキやった。
だけど初めてこれが運命ってやつなのかもしれんって思ったのは、お前と出会ったとき。

君、神戸くん…だよね。この前、雑誌撮影のとき見かけたんだぁ。俺、同い年で。ずっと仲良くしたいなって思ってて。一緒に頑張ろうね。

そうして笑ったお前に「そうやな、お互い頑張ろうなぁ」なんて言うたけど。最初俺はちょっと迷惑に感じててん。
何が仲良くや、って。
俺ら、ライバルになんねんのに。
友達とか、一緒にとかそういうのくだらんって。
けど、カメラも回っとるし、審査員のおっちゃんもおるしそんなん言うわけにはいけないやんか。だから、取り繕った笑み浮かべて、テキトーに流してた。
どうせこんなやつ、すぐにオーディションから脱落するわって。

けどお前は思ってたよりもずっとすごいやつで。不器用で、怒られてばっかりなくせに泣きもしないで。

…そんで、誰よりも一生懸命で。

カメラに撮られてるわけでもないのに、毎日夜遅くまで練習してるお前のこと、俺、ずっと見ててん。

それで俺、お前のことちょっとだけ尊敬してた。
顔だけのダボも、自分の実力を過信してるイきりもぎょうさんおって。俺もきっと、そんな奴らのうちの一人で。
そんな中で、誰に褒められるわけでもないのにただ必死にやってる姿は眩しかった。
お前を見てると俺、もっと頑張らなって思えたんや。
だからオーディションで勝ち残って、お前と一緒にユニット組めるって聞いた時、本当に嬉しかった。これから二人だけでやってけるかな、とか前から組んでたグループは抜けなあかんのかなとかいろいろ思うことはあったけど、それ以上にこの先の未来はきらきら輝いてた。

なぁ、たっちゃん。
アイドルのテッペン掴もうな。
俺らならできる。やれるって。

本気でそう思っとったし、やる気だったんやと思う。
だからデビューした年から始まった忙しさもなんとか飲み込めた。バラエティ8本、ドラマ、映画、CM、コンサート、取材……。気がおかしくなるような仕事量。忙殺ってこういうことなんや。ほぼ1年通してホテル暮らしとか頭おかしいちゃうん。
でも忙しさは世間と、社長と、周囲のスタッフたちからの期待の裏返しやってわかってたから。そうして働いて、頑張ればいつか報われる日が来るって信じとったから。

「…ねぇ、ノリ」
「…ん−、どうしたん」

久々のバラエティ収録だった。
俺もタツも近頃は個人の仕事が忙しかったから、バラエティ収録以外で会う暇もなくて。俺は来年のドラマの撮影中で。台本を覚える時間もないから、この日も暇な時間で必死こいて憶えとった。

「…最近、どう?」
「あ?」

最近、どう、だなんて。随分改まって聞くやん。
そう思って顔を上げる。バラエティのアンケートを書いてたタツは手を止めて、俺を見とった。

「…別に。変わらずやで」
「…そっか」

そうして困ったように笑ったタツの顔。
タツの顔、もう長い間ちゃんと見てなかったなあって思った。
ちょっとこけたやろか。
あ、髪。前見たときは黒かったのに茶髪になっとる、なんて。

ファンでなくてもすぐ気づく見た目の変化にすら気が付いていなかった自分に驚いた。でも、しゃあないやんか。俺も忙しいし。寝る時間やって1日4時間とか、そんなんが6、7年以上続いとるんやで。労働法とか、そんなんしったこっちゃないって量の仕事こなすだけで精いっぱいで、人のこと…例え相方だって気にしてる暇なんかない。
そうして言い訳をして、自分の心の中で抱いたちょっとした焦りに蓋をする。

「…ノリ!あのさ、…あのさあ…」
「…なん」
「あのさ、…今日…ううん、今日じゃなくても、……なんか、さあ。ちょっと暇な日あったら、久しぶりにご飯、一緒に食べにいかない。俺さ、ノリといろいろ、話したいことあるんだ」
「………」

めんどいなあって。
こいつの、そうやってあからさまに何かありますって顔とか、その割に遠慮したような物言いとか。そういうの全部、ちょっとうざいって。
そう思ったのは事実。
前までならそういうところも「タツらしい」って受け入れられたはずなのに。

「…タツ。悪いけど…俺、今撮影中やから。監督とか共演者とならともかく、お前と食べに行っとる暇はさすがにないって」
「……」
「お前もさ、今度から映画の撮影始まる聞いたで。俺なんかよりもっと、共演する俳優さんとかと一緒に飲みに行ったりしたほうがええんちゃう」
「…ノリ」


今はただ、ドラマに没頭して、仕事だけを頭に入れていたい。プライベートを過ごすならなんにも考えんとバカ騒ぎできるヤツとの方がずっとええ。面倒ごとはごめんやわ。そんな思いで無意識にタツのことを避けた俺やけど、それでもやっぱりタツには非情になり切れんかった。来月のCD打ち合わせの日の夜はちょうど仕事が入っていなかったと思い出して。

「……。……ん、まあ…あれや。…来週にCDの打ち合わせあったやろ。その日だったら…なんとか…」

そうしてつけ足すように言うたけど結局その言葉はタツが笑って「…いや!ううん、やっぱいいや」って断って。

それでこの話は終わり。

ごめんね、ノリが忙しいのは知ってたのに。俺もそろそろ、ノリに頼らないで1人でしっかりしなくちゃダメなのに。俺、もっと1人で頑張れるようにならなきゃ。

そう言って笑ったタツに俺はなんて返したんやったっけ。

そうやで。
俺たち、もっと上いける。もっと高みに上っていける。もっと、もっと、もっと!
だから、今はただ頑張ろおな、って。





…なあ、俺のせいなん。
あの時の俺、なんもわかっとらんかったな。
お前の苦しみも、辛さも、なにもかも。

仕事が増えて、お偉いさんたちにへこへこして。余裕なくして、いっつもなにか苛ついて、勝手な振る舞いも増えてって。

中居くんにも言われたやんか。
頑張ってるのはわかるけど。大変なのもわかるけど。独りよがりだって。もっと周りを見るべきだって。
その言葉も、忠告も無視して。
一人で突っ走って。相方の大事な気持ち置いてって。


…お前はそんな俺にだって頼ろうとしてくれてとったのに、その手ぇも払いのけてもうた。

俺のせいや。
俺のせい。
なんで、もっと早く気づいてやれなかったんやろ。俺、お前の相方なのに。



 


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