2.Shibutani Subaru
同じオーディションを受けたからって別に仲良くなったわけやない。
むしろいっちゃん最初の頃、俺はあいつに興味がなかったどころか存在自体知りもせんかったわけで。
あいつのこと知ったん、先輩のバッグにつくためのダンスレッスンに来た日やった。てっきりいつもみたいにヨコとかヒナがいるもんやって勝手に思っててんけど、二人はコンサートにはでぇへんみたいで来てなかった。
あっちみても、そっちみても知らん関東モンばっか。
なんやこれ、最悪やんけ。俺、人見知りねんぞ。ざけんなや社長。せめて誰か一人でも知っとるやつ寄越せ…とか思って。
そんで周囲を見回してたとき、見つけたのがノリやった。俺とおんなじ顔してさぁ、大道具の後ろで三角座りしとんの。
あ、こいつも友達とかおらへんのや。
それが第一印象。
そんで、その後じっくりノリの顔を見た。今のあいつからじゃ想像できひんやろーけど、あんときのノリはそらぁもう見るからにお育ちのいい感じの綺麗な子供やった。
周りにおるやつらとはちょっと違った雰囲気のやっちゃなあ。ああ、歳も近そぉやな。…話しかけてみようかな、やめようかな。どうしよ。
でも、結局一人でこの広いレッスン場にいることが耐えられんくなって。
「なあ、お前ひとり?俺も一人やねん。渋谷すばる。大阪出身。よろしく」
口下手か!
ヒナが突っ込んできそうなぶっきら棒さで早口に言い放ったその言葉に膝を抱えたまんまのノリがびっくりした顔浮かべて。そんで、「あんたも大阪出身なん!俺もやねん!うわ、心強いわあ」なんてくふくふと幼く笑うもんやから。
俺はもう、すっかり絆されてもうて。
それからもう、俺とノリは親友やった。
楽屋のテレビ画面でニュース番組が流れてる。
テキトーにそれを聞き流しながらギターをかき鳴らしとると「次のニュースは先日、ジャニーズ事務所所属のタレント・檜山巽さんが自宅で自殺未遂を図った事件について、昨日5日、所属事務所によって会見が開かれ…」云々いう聞こえてきて。
テレビの電源をオフにしたのはもう、本能やったと思うねんな。俺。
ギター放り投げて勢いよくリモコンを取って電源をぶっちぎった俺にメンバーたちからの視線が集中する。
「…すまん」
思わず、声が漏れた。
ヒナだけが「いや、…別にええけど。急でびっくりした」と苦笑いを返して、他のやつらはなんも言わんかった。そりゃそうや。昨日の今日であんなニュース。今の俺たちにはちょっと刺激が強すぎる。
俺たちにとっても馴染み深い友人、そんで同じ事務所で切磋琢磨する仲間。檜山巽が自殺未遂騒動を起こしたんは一週間ほど前のこと。
そんで、原因は働かせすぎやーとか自殺未遂報道で後追いのように死のうとするファンが出てきたー…とかようわからん理由で謝罪会見にノリが引っ張り出されたんは昨日のこと。
あんまりにも唐突で、いきなりのことすぎて。
もう、いろいろと同じ事務所の俺たちでさえ理解できとらん。テレビ局に来るまでの間にも週刊誌の記者に追っかけまわされたり、コメント求められたりもしたけど、結局「わかりません」「うちの事務所がお騒がせしとります」しか言えんかった。
…今はニュース、ぶっちぎってもうたけど。
ほんまは昨日、生放送の会見、家で見とった。それは俺だけやなくて、事務所に所属していて仕事がなかったやつら全員が見てたとは思うけど。
事務所のおえらいさんやチーフマネージャー、弁護士先生と一緒に黒スーツで出てきたノリは驚くほど細くて、やつれた顔をしてた。頬なんかこけとったし。
ひっどい顔色して、それでも「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」「彼の命には別状はないので、ファンの皆様も安心してください」「後追いだとか、そういうことは絶対にやめてください。彼は生きていますし、辛いことがもしあったら誰かに相談を…」と必死で言葉を紡ぎ、頭を下げる姿はあんまりにも痛々しかった。
テレビの前に正座をして、それを見とった俺はもう、怒りでどうにかなりそうやった。右の太ももに思いきり拳を落とす。
何考えとんねん、事務所のやつらは。
こんなん、ひっどい拷問や。ノリやってまだそう経っていない時分で辛いやろうに。…いや、それ以上に。あいつにとっては唯一無二の片割れやぞ、檜山は。
あいつが今、どれだけ苦しいか。悲しいか。辛いか。
その気持ちを理解してへんのか、事務所の人間は。それやったらとんだ人でなしや。社長も、スタッフも。あいつのあの、ひどい顔を見てなんも思わんのか。
多分そう思ったのは俺だけじゃない。今朝のニュースでは専門家やらコメンテーターやらが神妙な顔して「あんな会見はいかん」とか言とったし。あいつらのファンもきっと気持ちは同じ。
「ノリちゃん…今、どうしてんねやろ」
ぽつり。
そう呟いたのは亮やった。気まずい沈黙が広がる楽屋に響き渡る声。
「…心配、やな」
続いてそういったのは神妙な顔をしたヤス。
みんな、気持ちはおんなじ。
そりゃそう。ノリは今じゃ日本国民に大人気なかっこいいアイドルやけど、もとは俺たちと一緒に切磋琢磨しとった仲間なんやから。
お前らとも一緒にデビューしたかった、でもそれでも。俺、一緒にやってきたいって思うヤツと出会えたねん。やからすまん。
そう言って頭下げて、泣いとる亮を「すまんなあ、ごめんなあ、亮」ってあやすノリの姿が目に浮かぶ。
向上心の強い男やった。
トップに立ってやる、誰にも負けとおないっちゅう思いで絶え間なく駆け続けるその後ろ姿に俺はよく、立ち止まってしまう前の、泥の味を知らん、まだ輝かしいアイドルやった頃の自分の姿を幻視した。なるほど、神戸典哉という人間はトップアイドルになるにふさわしい完璧主義者や。
…やけど、そんなノリに対して。檜山はきっと、そういうタイプでもなかったんやろな。
ここは心穏やかに…とは正反対の業界やし、それがしんどくなってもうたんやろか。気持ちはわからんでもない。…やけど、こんな逃げ方はちいっと卑怯すぎる。
それじゃあ、あんまりにもノリが可哀想やろ。
もやもやした気持ちを胸の奥に抱きながら、投げ捨てたギターを拾う。…傷はついとらんかった。よかったよかった。今の俺からしたらなかなか痛い出費で買ったええやつやからな、これ。
「なあ、すばるくん」
すまんなあ、手荒に扱って。
そんな思いを込めてアコギをあっちこっち見てたら、隣に座って今まで黙ってなんかよおわからん雑誌読んどったマルに声をかけられた。
なんや、とそっちを向いて、ちょっと驚く。
おいマル。なんやねん、その、仕事でもめったに見せへんような真面目な顔は。
「…な、なんやねん」
ほら、お前がそんな真面目な顔することないからちょっとどもってもうたやんけ。
「あのさあ、…今日の仕事終わったら東京に帰るやろ?」
「おん、…一応そのつもりやけど」
「…あのさ、今日、泊まりにいってもええかな」
「……泊まりぃ?」
未だ関西住まいのマル。
他のメンバーはとっくに上京したのにこいつは地元愛が強いのかなんなのか、東京に出るのを渋ってる節がある。やから東京に来るときは大抵メンバーんちに泊まるか、ホテルに泊まるかの二択。
…なんやけど。
でも、お前。お前さ、俺んち来たいとかそんなん、よういわんかったやろ。
「…別にヒナんち泊めてもらえばええやん、いつもそーやろが」
「うん。……そうやねんけど」
そうやねんけど。
もう一度呟いて口を一文字に結んでしまったまる。話そうか、話すまいか。迷ってるみたいな顔。ゆらゆら、目が不安で揺れている。
……なんやねん。らしくない。
お前が遠慮するなんて。
「おい、マル。言いたいことあるんならはっきりせぇや」
「……」
それでも口を閉ざしたまんまのまる。
こいつはケッコーな、頑固モン。…まあ、俺も伊達に長い付き合いしとるわけやないから。なんとなくわかるけど。
「………なあ、ノリんとこでも行く気か」
「えっ…」
目が大きく見開かれる。
なんでわかったのって顔や。
「…何年一緒にいると思っとんねん、わかるわ。アホ」
「…すばるくん」
「まあ、確かにな、俺んち、あいつんちにいっちゃん近いもんな。歩いていける距離やし、都合ええやろ」
「…うん」
茶化すように言えば、マルの背中が丸まった。
…いや、ダジャレちゃうで、これ。
「……僕な、今行って、なんて声かけていいかなんてわからんけど、さあ…それでも、今のノリちゃんひとりにしとくん、心配やねん」
「……」
気持ちは、わからんでも…ない。
テレビで頭を下げる、あのノリの姿を見たらもうたまらなくなる。やけど、会ってどうするん、だいたい俺になにができんねん。あいつを傷つけるようなことを言ってしまったらどうしようって思うと足は重くなって、ノリの元から遠ざけさせる。
俺には到底、会いに行ける度胸はない。
俺って案外臆病もんなんやって自分の弱さに腹が立った。
…そんな話を昨日、会見が終わった後に電話でヨコに言ったら、ヨコは「俺も一緒や。今のノリになに言うたらええんか、どうしてあげるのがええのか、全然わからん。怖くて、近くにいけん」と力なく笑った。
俺ら、そんなんやねん。
普段は年上の矜持って気張っとるけどな、実際の俺らはそんなもんやねん。
でもマル。
お前は行くんやな。
「……そばにいてあげたいねん、僕が」
「…マル、お前…ほんまにノリのこと好きやなあ」
言葉以上に雄弁なマルの瞳に映る優しさと情熱に。
俺はもう、嘆息するしかなかった。
思わず呟けば、へへとマルは笑って「もうずっと長い片思いやから」と言った。
長い片思い。
そう、もうずいぶんと長い片思い。
そんでいて、マルの片思いはきっと叶うはずもない無謀な片思いでもあった。
そんなことはもう、マルやって知っとるに違いないのに。それでも必死に自分の中に生まれた想いを大切にして、抱えて生きているその姿は眩くて、もの悲しい。
「……まるぅ、お前ってほんまMやな」
「えっ、なに!急に…」
「…べっつに。…で、家やったっけ。別にええよ、誰がおるわけでもないし」
「ほんま!すばるくん、ありがとう!」
「うっわ、べたべたすん…やめ!マル!」
マル、言うことは絶対にないけどな。
でも、俺、ほんまは心の奥底で思ってんねん。お前のそのひたむきな片思い、いつか報われる日が来たらええなって。
成就の可能性は0.1%もないかもしれへんけど、ちょっとでも可能性があるなら俺は応援したいって、そう思っとる。