01




あのハリー・ポッターが同じ汽車に乗っているらしい。コートニーがとっていたコンパートメントに入って来た友人は、久しぶりの挨拶も飛ばしてそう教えてくれた。

「あのハリー・ポッターが?イザベル見たの?」
「少しだけ。双子が大声で話してるの聞こえた」
「……確かに大騒ぎしそうね」

目の前に座っているのは、イザベル・ハルフォード。ダークブルーの瞳と、少しくすんだアッシュブロンドの髪を肩のあたりまで伸ばした、整った面立ちの少女だ。コートニーも容姿を褒められる事があるが、イザベルの子供ながらに近寄り難い美しさとは格が違うなと思っている。そのイザベルが言うには、小柄な男の子の後姿を指差して騒ぐ赤毛の2人が居たらしい。目に浮かぶようだ。あの2人は、騒ぐ事が好きだし、そういった話題にすぐに飛び付くから。

「どこの寮に来ると思う?やっぱりグリフィンドール?」
「そこが1番可能性が高そうね」
「やっぱり?うちには来なそう」

イザベルは、いつもはつまらなそうに見える涼しげな目を見開いて、分かりやすくキラキラとさせていた。コートニーはイザベルのその発言に、少なからず驚いた。彼女はあまりそういった話題に関心が無いと思っていたから。コートニーの中の彼女は、流行好きのミーハーというよりは、自分の感性で物事を判断する人だからだ。

「もしかして、一緒が良かったの?」
「そりゃあちょっとは。コートニーだって、少しくらいは気になるくせに」

さっきまで表情豊かだったイザベルが、少し拗ねたように目線を動かした。確かに、魔法界なら誰もが知っているハリー・ポッターだ。無関心でいる方が無理がある。

「……そうね。少し、どんな人か知りたかったわね」

生き残った男の子。あの暗黒の時代を終わらせた張本人。想像でしか知らない男の子。どんな顔で、どんな風に話す人なのか。でもコートニーがいくら知りたくても、自分には縁の無い話だろうと少し残念に思った。だってコートニー・グロウズの所属する寮は、あの悪名高きスリザリンなのだから。



・・・



コートニーとイザベルが話していた通り、ハリー・ポッターはグリフィンドールに選別された。くしゃくしゃの髪をした男の子が赤毛の一団に歓迎されているのを、コートニーは遠くから見ている他なかった。

そうなるだろうと思ってはいたが、これで自分とハリー・ポッターが在学中に話す可能性は零に等しくなった。学年も性別も、寮も違う。コートニーだって、寮で全てが決まるほど世の中単純じゃないと思ってはいるが、それでもスリザリンとグリフィンドールは別だ。歴史的に見ても彼らは仲が悪い。実際にホグワーツでスリザリン生として生活してみると、グリフィンドール生との溝の深さは絶望的だと思う。その溝は最早崖と言っていいだろう。更に、お互いがその崖の対岸で大声で罵り合っているような状況だ。

コートニーとしては、仲良くやろうなんて無理な事は言わないから、せめてこの2つの寮生が互いに無関心で居てくれたらな良いのに、と思っている。
コートニーは誰がどこの寮でも基本的に構わないと思っている。しかしこの考えはスリザリンでは少数派だった。スリザリンでは純血の多い我が寮こそ価値が高いと考えている人間が多い。コートニーは彼らにはあまり近付き過ぎず、イザベルのようなあまり拘りの無いあっさりとしてる友人と行動しているが、それでも同じ寮の仲間だ。他寮よりは話す機会も多いし、そうすれば仲良くなってしまう。スリザリンは他寮から孤立しがちだという事もあって、コートニーもイザベルも側から見たらスリザリン生らしいスリザリン生ということに違いはなかった。
今は興味深そうにあちこち見回している男の子が、1年後にはスリザリンなんか見たくも無いといった顔をしているだろう。これではハリー・ポッターと話すなんて、夢の中でも実現できそうもない。

まあ、それはそれで良いか。でも。本当はやっぱり、少しくらいは話してみたかったけど。
心の中で呟いて、一度息を吐いた。コートニーは自分なりにスリザリンが好きだし、ここに入った事に後悔は無い。周りからの嫌われように戸惑う事もあるが、3年目となれば愛着も湧くものだ。今はただ、あの男の子が楽しく学校生活を送れるように願うだけだ。
気を取り直して、コートニーは隣のイザベルと休暇中の出来事を話し合った。




・・・




「あの、すみません」

ハリー・ポッターと話すことなんてこの先無いだろう。そう諦めたコートニーの元に、その本人がやって来たのは新学期が始まってから一週間も経たない時だった。
数占い学の教室に行く途中、背後から声をかけられ振り返ったら、その人が居たのだ。くしゃくしゃ頭に丸い眼鏡と、綺麗なグリーンの目をしている。間違いなく、あの日に遠目から見た男の子だった。隣には赤毛の背の高い男の子。どことなくうるさい同級生を思い出すのは、勘違いでは無いだろう。

「なにかしら」

ほんの少しの動揺を無表情で誤魔化すと、ぼうっとしていた赤毛の男の子が、何かに気付いたような、マズいとでも言いたげな顔をした。「この人スリザリンだぜ」とこっそり耳打ちしているようだが、当然こちらまで聞こえていた。失礼な意味が含まれる耳打ちに注意しようと思ったが、とりあえず初対面だからと思ってこらえる。次にもっと酷いことを言われたらどうするかは分からないが。

「用がないなら失礼するわ」
「あ!待って、魔法薬の教室ってどこですか?」

立ち去ろうとしたコートニーをハリーが呼び止めた。どうやら2人は迷子らしい。近くの動く階段にでも惑わされたのか、この広い校舎ではよくある事だ。自身も2年前はしっかりと迷った記憶がある。しかもここは人気の無い廊下で、コートニーが居なくなれば2人は人影を探してまた走り回る事になるだろう。

「……あっちの階段から一つ上がって、右手の階段から降りると大広間の方へ出るわ。そこからならそのまま行って地下まで降りるだけよ」

他にも早い行き方はあるが、その道は気まぐれな階段を通る。新入生なら遠回りでも分かりやすい方がいいだろうと思った。
2人はスリザリンからの助けに不安に思うものの迷っている余裕は無いと判断したのか、短くお礼を言ってからコートニーが指差す方へ向かった。

「急いだ方が良いわよ、少し遠いから。」

それが聞こえたのが、2人は顔を合わせてから大きな足音を立てて廊下を走って行った。

それを見送ってから、コートニーはそっと息をつく。
びっくりした。まさか話せるとは思ってなかった。あの子が例のあの人を打ち破った、生き残った男の子……。
眼鏡をかけた、普通の男の子だった。額にあるという傷跡は前髪で見えなかったし、少し話しただけでは人となりも分からない。少年らしい幼い顔と高い声で、澄んだグリーンの瞳が印象的だったが、それだけだ。見た目だけなら赤毛の方がよほど目立つだろう。

「……」

コートニーは待っていた本を握りしめて教室へと歩き出した。まだ廊下には2人のバタバタとした足音が響いてるきがした。




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